雪やこんこ

香久山 ゆみ

雪やこんこ

 向かいのホームに立つセーラー服が線路に飛び込む。

 あ! と思った拍子に、飛んできた頭を蹴飛ばしてしまった。ちょうどこちらと目が合った、あの真紅の唇をした白い顔を忘れることはできないし、足が捉えたずしりと重い感覚さえはっきり覚えている。けれど、呆然とホームに立ち尽くす私の前を快速電車が通り過ぎた後、誰一人騒ぐ人はいなかったし、線路にもホームにも骨片一つ落ちていやしなかった。ただ、私の足元にはホームの屋根からどさりと落ちてきたのであろう、白い雪のかたまりと一粒の南天の朱色の実があるだけだった。真冬にも関わらず、つーと背中を冷汗が伝い、どきどき動悸が止まないまま電車に乗っていつも通り登校した。

 よく考えてみればおかしな話なのだ。あんな冷えた雪の日に、コートも着ずにいるのも変だし、彼女が立っていたのは学校へ行くのとは反対方向のホームだった。

 その日学校に着くと、彼女の姿はなく、追って教師によって「彼女は家庭の事情で転校した」ということが告げられ、私はほっと息を吐いた。下校時に、花壇の脇を通ると、数日前に親友と作った小さな雪だるまは、すっかり崩れてしまっていた。

 先日、卒業以来十年ぶりの同窓会に出席することにしたのは、彼女に会えるかもしれないと思ったからだ。

 本来なら出たくもなかった。いなくなった彼女に代わって、次にいじめのターゲットにされたのは私だったから。なのに、同級生達はそんなことすっかり忘れたみたいに笑顔を向ける。

 彼女の姿はない。会って謝りたかったのに。

 彼女を嗤う同級生達に「ねえ?」と同意を求められて、追従して一緒に笑ったこと。それきり口を聞かないまま、彼女は転校してしまったのだ。親友だったのに。

 幹事に彼女は欠席なのか訊くと、苦い顔を返された。いわく、彼女が転校したというのは教師の詭弁で、実際は亡くなったのだと。

 噂話に過ぎず、真実は分からない。けれど、それを聞いた私の背を冷汗が伝う。あの時、飛んできた頭を蹴ったのは、瞬時に足を踏み出したからだ。線路に落ちた彼女に駆け寄ろうとした。落ちてきた雪が行く手を阻まなければ、私は快速電車の餌食になっていた。

 雪だるまを作る時には、必ず南天の実を一粒埋め込んだ。雪だるまの心臓として。そうするといざという時に身代わりになってくれるのだと。教えてくれたのは彼女だった。だから、私は彼女が呼んだのではなく、止めてくれたのだと信じている。

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雪やこんこ 香久山 ゆみ @kaguyamayumi

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