「クマクマン2号」完結編

          3


 どこかの明日、17:05。地球の日本という国の、金倉市凰船という小さな町に隕石が落ちてきた。その隕石は大体二十階建てのビルくらいの大きさだったという。

 その隕石には、世界中の誰一人として気がつかなかった。地球に接近している間も、大気圏に突入した時も、監視レーダーの不具合で本当に「偶然」にすり抜けてしまい、誰にも気づかれず落下してきたのだ。もはやそうなる運命としか言いようがない。

 隕石によって凰船は壊滅した。住んでいた約四万人の人々は犠牲者となった。有名な街のシンボルである凰船観音像は半分が倒壊し、像の顔は溶けたように焼け落ちた。街は跡形も無くなり、落下地点の駅前交差点は巨大なクレーターでその面影が一切無くなった。

 

 僕はその隕石事件の数少ない生き残りの一人、らしい。

 ──。





 ダイニングテーブルに乗っかっているクマクマン2号の語った話は衝撃的だった。

 

「──……私は、未来の世界から送り込まれたのだ。この隕石を防ぐために」


 僕は言葉がなかった。隕石だの崩壊だの生き残りだの、何の話だよ。まだ熱光線の話も終わってないんだぞ。理解が追いつかない。

 僕が黙っていると、手塚博士が補足した。

 

「僕も2号くんの事を調べた。製造されて初起動したのは今から約五十年後の未来だ。しかも、作ったのは君なんだよ。トビオくん」

 

「僕が、2号を……?」

 

「そうだ」

 

博士の言葉に2号が同意した。

 

「トビオ、君が私を作った。

 『私の作られた世界』の“君”は、隕石で故郷と家族を失った。だが世界中から寄付が寄せられてお金には困らなかった。そして落下してきた隕石には地球に存在しない、エネルギー利用可能な未知の物質が含まれていたのだ。そこで君は寄付金を元手にして隕石の研究を始めた。地球の化学は飛躍的に進歩を遂げる事になる。そして、私を作った。隕石の落ちてくる別世界を救う為に」

 

「僕はそんなの知らない」

 

「当然だ、こことは別の世界の君の話だ。こっちの君の両親は今は海外だろう? 同じ様でいて、少し違う。パラレルワールドの話だ。だから私は複数体作られた。隕石の落ちる世界もあれば、落ちない世界もあり、それらは無数にあるからだ」

 

 並行世界の僕が「隕石の落ちる世界」の僕を助ける為にクマクマンを寄越したっていうのか? 隕石を防ぐって、君はちょっと強いだけの“ぬいぐるみ”じゃないか。

 

「どうやって……隕石を止めるの?」

 

僕が確かめるように呟くと、博士が答えた。

 

「2号くんの体内は未知のエネルギーと技術で構成されていたが、一箇所だけ僕にも理解できる部分があった。それは僕も研究しているからよく分かる。2号くんそのものが、『時空間移動装置』なのだよ。だから初めて出会った日に突然トビオくんの枕元に出現したのだ」

 

博士の解説に2号も同意した。


「博士の言う通りだ。私そのものがタイムマシンやワームホールだと思ってくれればいい。私は地球に落下してくる隕石まで飛んでいき、体当たりする。そしてそのインパクトの瞬間に時空間移動装置を起動して私ごと隕石を別次元へ移動し消滅させる。そういう手筈だ。だが成功の確証は無い。私の別個体は何体か失敗しているという報告を受けた」

 

何故だろうか、僕の心臓はばくばくと音を鳴らし始めた。なんだ、怖いのか、僕は。声が少し震えてしまう。 


「言ってる事は僕にも分かる、けど2号。君はそれで良いのか。失敗するかも知れないのに……!」

 

「良いも何も、それが私の使命だ。人々を救うのが私の存在意義だ。やらねばどうせ皆死んでしまう。トビオ、君が私をそうやって作ったんだ」 


「僕は君を作ってない!」

 


 2号は何を言っているんだ? 僕は責められているのか? 何故か腹が立って、いてもたってもいられなくなった。僕は椅子を降りてリビングを飛び出す。何で博士も2号も冷静でいられるんだ、消滅するって「死ぬ」って事じゃないのか。2号、君まで僕をおいていなくなってしまうのか。

 

 階段を駆け上がって、僕は自分の部屋に閉じこもった。そしてベットに寝転んで毛布を被った。

 

 怖い。怖かった。死ぬのが怖いのか? 2号との別れが怖いのか? 分からない、なぜか怖くて体が震えた。

 ───。






 リビングに残った博士はたたずむ2号に聞いてみた。

 

「証明する必要はもはや無いが、君の言っている事は全て事実なんだね?」

 

「もちろんだ」

 

次の瞬間、博士と2号は同時に口をきいた。

 

「残念だ」

 

「残念だ」

 

博士は口を押さえた。まさか、次の言葉を読まれたのか。いや、

 

「まさか、だよ。並行世界と言ってもほぼ同じなのだから貴方の思う事は分かる。分からないのは、ここから先だ。

 隕石の落下までは確定している。この世界の運命だからだ。ただし私という『特異点』が干渉した結果だけは決まっていない。故に止められる可能性があるのは私だけだ」

 

「……分かった、2号くん。君を尊重し敬意を称す。どうか僕たちの世界を……。トビオくんを、救ってくれ」

 

 博士は言いながらテーブルに頭を擦りつけて願うのだった。すると、2号は「博士」と優しく声をかけた。博士はその声にゆっくりと顔を上げる。不安そうな目だ。当然だろう、2号は承知していた。

 だが、伝えておきたい事がある。

 

「私は機械なのに、ぬいぐるみなのに、今とても悲しいと。せつないのだ。だから私はもう失敗したも同然だ。明日、隕石と共に消滅するのが怖い。トビオと離れるのが怖い。消えたくないと思う。でも、だからこそやらねばならない」

 

「2号くん、本当は君は……──」

 

「良いんだ博士。私は救いのヒーローだ。だからせめて、最後に私の頼みを聞いてほしい」

 ───。



         


 僕が布団にくるまっていると、部屋の外から2号が声をかけてきた。

 

「トビオ、起きているか」

 

「うん、起きてる」

 

僕は布団にくるまったまま起き上がり、ベットから降りると閉まった扉の前に立った。

 

「トビオ、明日私は使命を果たす」

 

「うん」

 

「すまない」

 

扉の向こうの2号は悲しげな声で謝った。やめてくれ、僕が悲しくなるじゃないか。僕はもう、さっきから泣いていて目が真っ赤なんだぞ。

 

「2号は、何かなりたいものはないの? 明日死ぬって分かってたら後悔はないの? 君なら何にでもなれるじゃないか」


僕が聞くと、2号は静かに答えた。

 

「無い、使命だけだった。でも今は違う。

 ──そういう君はどうなんだ、トビオ。何かなりたいものは無いのか?」

 

「僕は、画家になりたい。科学者や発明家になりたい。お父さんやお母さんみたいに世界中を飛び回ってみたい。だから僕は、大人になりたい。まだ、死にたくない」

 

「トビオ、それが君の「未来」か。分かった、それが聞けたら私は満足だ。だから明日、私は消えるのだ。君の世界と未来を守る」

 

 僕は扉を開け放った。そして廊下で突っ立っている、ふわふわの僕の親友を抱きしめた。

 

   

   

    

          ◯

 翌日、16:45。僕はクマクマン2号、手塚博士と共に研究所の屋上から夕日を眺めていた。

 もうすぐ隕石がこの街に落ちる。世界中でそれを知っているのは僕らだけだ。

 2号は、これから飛び立って隕石を道連れに消滅する。地球からその光景は見えないらしい。

 

「では2号くん。さらばだ。僕は君ほど立派な“ぬいぐるみ”を見た事がない。頼んだぞ」

 

 博士は2号と二度目の固い握手を交わした。2号の方は「トビオを頼む」と力強く言って握手を済ませると、今度は僕に向き直った。

 

「トビオ、ありがとう。君との日々は楽しかった。後悔はない、後は任せてくれ。明日は全て終わっていつもの毎日になる」

 

2号はまた優しく告げた。僕も2号に向き直った。

 

「2号、未来の僕がなんで君を作ったのか、僕は分かったよ。それはずっと君が僕のヒーローだったからだ」

 

2号はうなづくと、僕の言葉を噛み締めるように一呼吸おいて、今度は別れを告げた。

 

「さよならだ、トビオ」


僕も答える。もう涙はない。笑うんだ。

 

「さよなら、僕のクマクマン2号」

 

 2号も微笑んでいたんじゃないか、それともそれは僕の勝手な妄想に過ぎないのか。とにかく、2号は夕日に照らされながら空を飛んだ。そして、少しずつ上昇して、ついに空に消えて見えなくなった。

 ──。

 



「君は何かなりたいものは無いの?」

 

 今はある、君の親友で在り続けたかった。

 

「後悔はないの?」

 

 あるとも、君の前だから強がったんだよ。願うことで叶うならば、トビオ、ずっと君と一緒にいたかった。もっともっとこの世界を共に見てみたかった。君が将来、何者になるのか、それを見届けてみたかった。

 

 

 何にでもなれるならば、何になるか。そんなの決まっている。

 私はクマクマン2号、救いのヒーローだ。

 ───。

 

 


 僕はずっと黙って空を見ていた。博士の方は時計を確認した。

 時刻は17:06になっている。隕石は17:05に落下する運命だったはずだ。

 


 ──僕の世界は、救われた。






          ◯

 春休みは終わり、僕は小学四年生になった。お父さんとお母さんは帰ってきて、僕も家に帰った。

 

「またおいで、プレゼントがあるんだ」

 

博士は笑って僕を見送ってくれた

──。




 帰り道、今日は始業式だけなので午前中で学校は終わりだ。僕はぷらぷらと寄り道をしながら時間をかけて歩いていた。

 

 そんな昼下がりに一人で帰っていると、不意に佐藤の声が聞こえた。丁度商店街外れの公園にさしかかったところだ。ここは先日、佐藤たちと夕奈ちゃんたちが揉めていた公園だ。

 


「お前、生意気なんだよ女男のくせに!」

 

「痛い、やめて、離して!」

 

僕は目を見張った。例の如く佐藤と取り巻き二人が、夕奈ちゃんとその友達二人と共に公園の縄張り争いをしている。だが、いつもと違うのは佐藤が手を出しているという事だ。佐藤は女の子に手を出すほどの奴ではないと思っていたが違ったらしい。乱暴される夕奈ちゃんを見た時、僕の心はざわついた。


 だが、僕に何ができる? あいつの方が喧嘩は強いに決まってる。無理だよ──。

 




「どうするトビオ、あの女の子たちを助けないのか。君は、何になりたいんだ?」

 



 佐藤は夕奈ちゃんを押し倒して馬乗りになると、あのふわふわの髪の毛を力任せに掴んで顔を叩いてるところだった。そんなとき、2号の声がどこからか聞こえたんだ。


 僕はもう走り出していた。何になりたいかだって? 2号、少なくてもだ。ここで逃げる様な男にはなりたくない。それはきっと、僕の「未来」じゃない。

 

 

 公園に入り、佐藤に向かっていく。取り巻き二人が僕に向かって何か言ったが、そんなの耳に入っていない。僕はランドセルを放り投げ、取り巻き二人を突き飛ばしてその勢いのまま佐藤に体当たりした。

 佐藤は何が起こったのか分からず、夕奈ちゃんから手を離して転げた。今度は僕が佐藤に馬乗りになって叩いた。

 

「夕奈ちゃんに謝れ! 女の子を殴るな! 夕奈ちゃんに謝れ!」

 

 僕は同じ事を繰り返し言いながら夢中で佐藤に攻撃した。許せない、あのふわふわな髪の毛をどうしてお前みたいな奴が掴んでいるんだ。どうして、お前みたいな奴の為に2号が消えねばならなかったんだ。

 

「分かったよ、トビオ! 俺が悪かった! やめてくれ!」

 

「お前はやめたのか! やめろと言われてやめたのか! もう二度としないと誓え! こんな事のために、2号は死んだんじゃない!」

 

僕は泣きながら佐藤を叩いた。こんな事をしても、2号は帰ってこない。こんな事をするために消えたんじゃない。僕には分かってるんだ。だから悲しいんだ。

 


「トビオくん、もういいよ!」

 

 その声が遠くの方で聞こえた。すると、いきなり夕奈ちゃんに抱き止められ僕はぴたりと動きを止める。

 その隙に佐藤は僕にしがみつく夕奈ちゃんごと僕を突き飛ばし、慌てて起き上がった。それから僕に向かって砂を掴み投げたのだ。口の中にざらざらの感触が生まれた。

 佐藤はそれだけやって僕のしかめ面を見た事で満足したらしい。後は取り巻きと共に公園から走り去って行ってしまった。

 


 佐藤たちがいなくなった後、砂をかけられしかめ面の僕は肩で息をしていた。でも同時に少し頭が冷静になってきた。僕は夕奈ちゃんの細くて白い腕が僕を抱きしめるように伸びている事にやっと気がついた。背中越しに夕奈ちゃんの体温を感じる。

 そしてこの時にやっと、僕は夕奈ちゃんがこんなにも繊細で、儚くて、弱い存在なんだと気づいた。夕奈ちゃんは強い。僕よりも。でも、弱いんだ。それが今やっと分かった。

 僕はこの子を守れたのだろうか。ふわふわの髪の毛は僕の鼻をくすぐった。

 


「あ、ごめんトビオくん」

 

夕奈ちゃんは我にかえると僕を離して、ぱっと立ち上がった。僕はバランスを崩して倒れそうになる。

 

「ああ、うん。良いんだよ」

 

なんとか踏ん張った僕はゆっくり起き上がった。そうだね、また怒られる前に帰ろう。


「守ってほしいなんて頼んでない」


とか言われそうだ。

 僕はランドセルを拾って背負い直すと、夕奈ちゃんたちに背を向けて歩き出した。

 その時だった。

 


「トビオくん、ありがとう」

 


“ありがとう”。僕は身体中に電気が走ったような錯覚を覚えた。ビリリと全身が痺れたんだ。夕奈ちゃんの「ありがとう」は、他の「ありがとう」とは違うようだった。

 僕は振り返って手だけ振ると、公園を出た。

 歩いていると、どこかから爽やかな風が吹いた気がした。

   

   

  



          ◯

 公園を出ると、僕は手塚博士の研究所に行った。忘れてたけど今日はプレゼントを受け取りに行く日だった。

 研究所に入ると、博士は優しく迎えてくれた。そしていつもは入れてくれない博士の部屋に特別に招いてくれたのだった。

 


「トビオくん。これは彼から君に、だそうだ」

 

 “彼”? 僕は博士が差し出した小さな箱を受け取り、すぐに開けた。

 それは博士曰く、マイクロSDカードに似た形状の記憶媒体らしかった。全部で二枚入っている。僕は顔を上げて博士を見た。博士の方は微笑んでいる。

 

「その二枚のカードは2号くんのものだ。一枚は2号くんを作るための基礎理論が記されている。そして、もう一枚はメモリー記憶だよ。彼が消える前に僕に頼んだんだ。これを複製してトビオくんに渡してほしい、とね」

 

「これが、2号の……」

 

「彼は消えたが、完全にいなくなったわけじゃないんだよ。君に託したんだ、いつかまた会おうと。彼は、君にまた作ってほしかったんだよ」

 

 僕は、2号が残したモノの入った箱をぎゅっと抱きしめた。

 

 ───。






 僕は、2号の守ったこの世界で大人になる。どんな大人になるのか、それはまだ分からない。でも2号に会うまでに僕はきっと立派な大人になっているだろう。

 

 いつか、時が流れて、僕がもっともっと立派になって。必ず辿り着く。

 

 君を作るよ、2号。

 

 そして、今度は一人で行かせない。

 僕も一緒に行くよ。

 この宇宙は無限に並行していて、たくさんの僕がいるのだから、そんな僕がいたって良いはずだ。隕石だって、誰も犠牲にならない方法がきっとある。

 

 ふわふわな僕のヒーロー。

 いつか、二人で世界を救いに行こう。





──「クマクマン2号」完

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クマクマン2号 星野道雄 @star-lord

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