「クマクマン2号」起動編②

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 僕らが遊んでいたその時、博士はずっと研究室に篭って2号の解析をしていたらしい。博士は頭を抱えていた。

 2号はロボットだった。しかも動力エネルギーは未知の物質で、そのメモリーを解析すると2号が製造され起動したのは五十年後の未来だった。

 

 博士は少し考えを改めた。2号は危険だ。もし何か武器、もしくは攻撃的なプログラムが組み込まれていたら……。

 未来のテクノロジーには敵わない。きっとそれを防ぐ事は出来ないだろう。だからこそ解析を急いだ。記憶を読めばきっと2号の目的もその送り主も分かるだろうと思ったからだ。

 

 

 

 僕は2号の異変に気づきながらも彼を疑ったり距離を取る事はしなかった。いや、正直に言うと「できなかった」。僕はもう2号が大好きで、親友だと思っていたからだ。

 

 食事の時も、勉強の時も、寝る時も、僕たちはずっと一緒に過ごした。僕は楽しかった。2号もそうだったら嬉しいと思う。春休みの日々は、僕が2号と過ごす毎日は、どんどん過ぎ去っていった。

 そして、その日も一緒に遊びに出かけるところだった。研究所を出るとき、博士が僕と2号を呼び止めた。

 

「トビオくん。2号くんとはどうなんだい」

 

「どうって、僕らは友達だ」

 

「私はトビオと遊ぶ事が必要だと感じている」

 

僕と2号が答えると、博士は何か呟いた。僕には聞こえなかった。

 

「機械のぬいぐるみが……か。やはり素晴らしいな。しかし同時に危険だ」

 

「何か言った? どういう意味?」

 

「いや、なんでもないさ。いっぱい遊んできたまえ、今日はいい天気だからね。気をつけて」

 ────。




 博士は何を言ったのだろう。僕を心配してるのかな。でも少し博士の気持ちも分かる気がした。それは、「違和感」だ。

 2号のいる毎日はとても素敵に違いないのだが、何か引っかかりを感じる。これが野生の勘というものなのか。僕の中で誰かが言うんだ、一生続く事はないぞと。

 

 

 その日も一日中2号と遊んでいた。そしてあっという間に夕日の出る時間になってしまった。


 僕は寂しくなる。そうだ。何故だかとても、寂しくなった。

 

 2号と共にぽつぽつと他愛のない事を話しながらの帰り道。僕は佐藤の声を聞いて立ち止まった。丁度、商店街の外れにある公園にさしかかったところだった。

 

「トビオ、どうしたんだい?」

 

「……いや、宿敵の声がしたんだ」

 

僕はこっそりと公園入り口の生垣に身を潜め、覗き込んでみた。2号も僕に倣っている。

 そこには、佐藤と例の取り巻き二人。そしてその三人と向かい合うように仁王立ちした女の子三人組が言い合いの喧嘩をしていた。

あのゴリラ小学生・佐藤とやり合っているのは、同じクラスの夕奈ちゃんだ。

 

 僕は彼女に対してちょっとだけ興味を持っている。ちょっとばかし運動ができて、ちょっとばかし僕より勉強ができる。そして、ちょっとばかし可愛い。あの肩まで伸ばした栗色のふわふわなくせ毛を見ると、何だか触りたくなってしまう。僕は自分を限りなく紳士だと信じているけれど、彼女の前だと「へんたい」になってしまうのかも知れない。

 

 そして彼女は可愛いけれど、大変気が強い。佐藤とは学校内で何度も衝突している。やはりそれは学校の外でも健在のようだ。

 

「どうする、あの女の子たちを助けるのか? トビオ」

 

「や、ここは状況を見極める」

 

「なぜだ、加勢するべきだろう」

 

 怖いんじゃない、だってまだ分からないじゃないか。佐藤はキライだが悪いと決まったわけじゃない

 


「先に手を出したのはそっちでしょ佐藤。ヒナちゃんに謝って!」

 

 夕奈ちゃんがぴしゃりと言い放った。なるほど、悪いのは佐藤だ。しかし佐藤はヘラヘラとして謝る気など毛頭ないようだ。

 

「女が公園で遊んでるんじゃねえよ。家でお絵描きでもしてろ、トビオみたいにな」

 

おっと、流れ弾だ。しかし佐藤、ジェンダー問題に毎度鋭く切り込むはいいが理屈が苦しいぞ。

 

「トビオくんは関係ないし、男が絵を描いても良いじゃない」

 

 対する夕奈ちゃんは僕を庇った。僕は顔が熱くなるのを感じる。ちなみに照れてなんかいない。

 しかし、それを聞いた佐藤は「ははあん」とやらしく笑うのだった。小学生ってあんなにいやらしく笑えるのか。

 

「お前、トビオの事が好きなんだろ」

 

「違う!」

 

「じゃあ何であいつを庇うんだよ。女男のくせに好きな奴がいるなんてよ。しかも男女のトビオかよ」

 

「違うってば!」

 

もう喧嘩は罵り合いだ。決着はつかないだろう。僕が立ち去ろうとしたその時、2号が静かに言った。

 

「もう、限界だな」

 

今なんて言った? 僕が2号に聞き返そうとした時、既に2号は飛び出していた。

 そして素早く低空飛行で佐藤に接近し、その横っ腹に体当たりした。佐藤は「ぐえ」とうめき声をあげて倒れる。

 



 着地した2号の赤いマントは風になびき、本当のヒーローのようだ。見かけはクマのぬいぐるみに違いないが。

 佐藤は横っ腹を手で押さえてのたうち回っている。後は夕奈ちゃんも女の子たちも取り巻きも、全員がぽかんとクマクマン2号に釘付けだ。

 

「佐藤よ、“1号”は君に随分と世話になったと聞いている。早く立て、たっぷり礼をしてやろう」

 

「な、なんだよコイツ。ぬいぐるみが喋ってるぞ」

 

「コイツではない、私はクマクマン2号。救いのヒーローだ」

 

 2号が名乗りをあげていると、取り巻きの一人がその隙に2号を踏み潰そうとした。

 取り巻きのスニーカーが2号を上から踏みつけ「ぐにっ」という形になる。だが潰れることはない。何せ2号は僕を持ち上げて空を飛ぶ事もできるくらい強いのだ。

 


「う、うわああああっ」

 

 2号はそのふわふわの小さな片手で踏み付けてきた足を押し返した。その取り巻きは、空中を一回転、叫びながら飛んで地面に叩きつけられた。

 

 あんな叫び方をされたら、さすがに僕も飛び出さない訳にはいくまい。クマクマン2号の元へ走っていき、彼を止めた。

 

「よし、その辺で良いだろう2号。い、一旦やめて」


そして僕は泣きっ面の佐藤と取り巻き一人にちらりと視線をやった。

 

「こ、これからは弱い物いじめするのをやめろ。僕と、2号が許さないぞ」

 

 僕が非常に格好良く言い放つと、佐藤たちは何も言わず怯えているようだ。さっさと逃げてくれ。僕はこういうのに慣れてないんだ。困った僕は2号にこの場を収めてもらおうと視線を送った。


 ──その時だった。

 



「トトト、ビビ……──オ、オ──……」


2号はまたいつかの時のように奇妙な機械音を発しながら小刻みに振動している。まさか今度こそ壊れたのか?

 

「2号? 君、大丈──……」


 

 僕が言いかけた瞬間、2号の目から突然「光線」が放たれた。それはまさに光線としか表現できない代物であり、真っ赤なレーザービームだった。

 その赤い光線は、まだ2号にやられていない取り巻きの一人の足下に「バチュン」と甲高い音を響かせ着弾した。その着弾点は真っ黒に焦げて白い煙を登らせている。

 僕は思わず呟いた。

 

「……熱光線ビームだ」

 

「うわあああああ!」

 


すると佐藤たちは慌てて起き上がり、半べそをかきながら走って逃げ出した。僕も呆然としてしまう。

 


 そして、佐藤たちが公園から走って出ていき、見えなくなったあたりで2号の振動は収まり、またいつもの調子に戻るのだった。

 

「……──む、また記憶がショートしてしまったようだ。どうなった、奴らは逃げたのか、トビオ?」

 

「うん、君が追い払ったんだよ2号」

 

僕はそう呟いた。それしか言えなかったからだ。

 まいった、整理がつかないぞ。あの熱光線は一体なんだ? 地面に着弾して焦がすほどの威力だ。もしあれが人間に当たっていたら……。想像するのも恐ろしい。

 

「トビオくん……」

 

 僕ははっとした。そうだ、夕奈ちゃん。僕は振り向いてやはり怯えたような視線を送る女の子三人と向かい合った。

 

「や、やあ。怪我はなさそうでよかった」

 

「そのクマなに? 前にトビオくんがランドセルに入れてたやつに似てるけど」

 

「これは2号さ。大丈夫、心配いらないよ。彼は良い奴なんだ」

 

そう言いつつも、僕はなんだか自信が無くなった。夕奈ちゃんにはきっと僕の不安も見透かされてしまうんだろうな。

 やっぱりだ。夕奈ちゃんはその瞳で僕の心の中を覗き込むようにじっと見た。

 


「助けてくれたんだよね。でも、弱いものイジメじゃないから。私は弱くなんかない」

 

「え、いやそんなつもりじゃ」

 

 夕奈ちゃんは「それじゃあ」と言うと、友達の女の子たちとさっさと帰ってしまった。

 

 

 

 僕は2号と二人きり、日の暮れかけた公園に残された。夕奈ちゃんの事もだが、とにかく僕の胸の違和感は肥大していく。

 


 あの熱光線はなんだ? ああいうのは悪の怪人や宇宙人やモンスターに撃つものだ。悪者向けの技だ。ちょっと嫌な奴ら程度に撃つものじゃない。当たったら死んじゃうじゃないか。僕は佐藤や取り巻きたちに死んでほしいとまでは思ってない。

 


「トビオ」

 

「え、なな、何?」

 

僕は我ながら情けない奴だ。2号に不意に声をかけられて返事に吃ってしまった。

 

「帰ったら話がある」

 

「は、話ってなんだい?」

 

 僕が恐る恐る聞くと、僕のクマクマン2号は僕と目を合わせた。ぬいぐるみなので表情というものは分からない。でも、少し悲しそうなのは分かったんだ。

 

「思い出したのだ、私の使命を──…」

   


 僕は2号の事を今日初めて会ったばかりの他人みたいに感じていた。あの楽しげな雰囲気はどこかへ消えてしまったのだった。




────完結編に続く

 

        

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