クマクマン2号

星野道雄

クマクマン2号

「クマクマン2号」起動編①

  KAC2023お題② 『ぬいぐるみ』

 

      「クマクマン2号」

          

          1

 パラレルワールドというのを知っているだろうか。僕は知っている。

 例えば、学校の帰り道。二つ分かれた道で僕は左に曲がって百円拾ったとする。やった! でも右に曲がったら千円拾えたかもしれない。

 左に行って百円を拾い、道を戻って今度は右に曲がり千円を拾えば千百円だ。しかし、僕は拾えなかった。お金が落ちてるなんて知らないし。

 


 でも、そんな未来もあったかもしれない。

 


 僕は左に曲がった。でも右に曲がった僕も、戻って両方に行った僕もいるかも。可能性は枝分かれしていて無限にある。それら全てが僕のあり得たはずの未来の世界なんだろう。

 パラレルワールドとは、世界は「もしも」に溢れていて、選択で枝分かれしそれら全ては今の僕と同時に隣り合って存在する、という考え方らしい。

 

 僕のいる世界の僕は、お父さんもお母さんも仕事で海外を飛び回り僕をほったらかし。

 唯一の友達はお母さんが通販の「お裁縫キット」で衝動買いして作りあげた、クマのぬいぐるみだ。僕が寂しくないようにって。

 僕は彼に「クマクマン」と名づけ、赤いハンカチを首元に巻いてヒーローとしての使命を与えた。

 一人きりの僕を助ける救いのヒーローとしての使命だ。学校でも寝る時も食事の時もずっと一緒にいた。

 


 だが、男の別れとはいつも突然である。

 それは、ある日の下校中に訪れた。


 ────。



 



 その体の大きな少年は意地の悪い顔をさらに意地悪くして笑った。不覚だ、僕とした事が一人きりの下校中を狙われてしまったのだ。


「おい、こいつ男の癖にぬいぐるみなんて持ってるぜ。トビオ、男はこんな女みたいなもの持ったらダメなんだぜ」

 

「もってるよ、クマクマンだ」

 

「お前うざいんだよ」

 

 紹介しよう、僕に男の癖にとか言って昨今のジェンダー問題にチキンレースを仕掛けるのは、学校で同じクラスの所謂「いじめっ子」。佐藤くんだ。身体が大きくて威張っていて勉強が出来ない。

 余談だが、僕は勉強ができる。学年でトップクラスに。そうだよ、断じて佐藤少年を見下してはいない。

 

「それよこせ!」

 

「あ」

 

 僕はクマクマンを取り上げられてしまった。相手は佐藤とその取り巻き二人、取り巻きの名前は曖昧だ。だって彼らは僕にとって脅威じゃないからね。とにかくその取り巻き二人もニヤつきながらクマクマンを一緒になって振り回して遊んでいる。

 そして、ついにクマクマンは佐藤の手からすっぽ抜けて宙を舞った。綺麗な放物線を描いた後に車道へ着地、さらに通りかかったトラックによって轢かれてしまった。世は無情である。

 


 


 佐藤たちが満足して去った後、僕は赤信号を待ってからクマクマンの救出に向かった。

 

 

 彼は見るも無惨な姿であった。腕はもがれ、中から綿が飛び出していた。赤いマントも汚れてしまっている。そのハンサムな顔もズタズタだった。僕は思わず「……むごい」と覚えたての言葉でこの状況を表現した。


 ────。


 



 僕はクマクマンを手厚く葬った。方法は火葬ではなく埋葬を選んだ。火は小学3年生のキッズの僕には扱いきれない。これが精一杯なんだ。分かってくれ、友よ。

 

 これで終わりだと思った。もう僕はクマクマンと別れたのだ。

 でも、そうじゃなかったんだ。クマクマンは帰ってきた。僕と、世界を救うために。



 

      



          ◯


 僕の頭の上からやけに低くて良い声が聞こえた気がした。


「少年、起きろ」

 

 その声に呼ばれて僕は目を覚ます。そして驚いた。枕元に死んだはずのクマクマンがいたからだ。しかも、口をきいた。

 

「クマクマンじゃないか、何故ここに? しかも生きてる。喋れるようになっているし……もしや、これは僕の夢か?」

 

僕はゆっくりと身体を起こして眠い目を擦った。しかし夢じゃなさそうだ。少しずつ頭は覚醒してくる。

 さらにその“ぬいぐるみ”は相変わらず喋るのだ。

 

「そうだ私はクマクマンだ。君の友だと認識している。おはよう、トビオ」

 

「……ああ、おはようクマクマン」

 

 僕はすぐさまクマクマンを抱えて部屋を飛び出し階段を降りた。

 そしてリビングでコーヒーを飲みながらくつろいでいる男の人の元へ。彼はこの春休みの間、僕を預かってくれている手塚博士だ。僕は博士にクマクマンを見せた。

 

「博士見てくれ、クマクマンだ。蘇りしクマクマンだ、言うなればクマクマン2号だ」

 

「なんだいトビオくん。落ち着きたまえよ。確かクマクマンは僕も立ち会って一緒に埋葬したはずだが?」

 

 博士は眼鏡をかけ直すと、じっと僕のクマクマンを眺めた。するとクマクマンは「ハァイ」と挨拶代わりに片手を上げる。

 博士は「ふむ」と呟きまた前を向き直した。そして、口に含んだコーヒーを盛大に噴き出した。ソファにその飛沫が散らかる。

 

「なんだいこれは! 動いているぞ、この“ぬいぐるみ”!」

 

「どうも博士、私はクマクマン。たった今『2号』を冠したところだ。救いのヒーローだ」

 

 

 



 僕の両親は仕事の関係で海外を飛び回ってる。寂しいけれど、二人が頑張ってくれているから僕はお金に困った事はない。だから良いんだ。良い子でいないと。

 一人きりになってしまうので、この春休みの間はお父さんの従兄弟である手塚博士のところに預けられていた。因みに僕は手塚博士が好きだ。物知りの天才発明家。昔は学会? とやらにも参加していたらしいのだが「異端児」として何年か前に追放されたと語っていた。異端児の意味を聞いたら博士は言った。

 

「君みたいな奴の事さ。つまり僕らは仲間なんだよトビオくん。天才は時に理解されないのだ。それは天才に課せられた試練でもある。君にもいずれ分かる」

 

 僕は異端児らしい。

 話が逸れたね、とにかく僕は今、博士と二人暮らしだ。春休みになったのは先週のこと、クマクマンが死んだのも同じ時期、終業式の帰り道での事だ。

 そして、クマクマンはわずか一週間で蘇った。

 

 ────。






 僕と博士はクマクマン2号をダイニングテーブルに乗せて事情聴取を行う事にした。因みにクマクマンは僕の胸にすっぽり収まるくらいの大きさだ。それでもテーブルに乗るとインパクトがある。

 博士はメモを用意すると、ペンを持ちまずは聞いてみた。

 

「2号くん。君は何者だね?」

 

「クマクマンの2号機だ。トビオがそう言った」

 

「うむ、ありがとう。では突然トビオくんの枕元に出現したのはなぜだい? 目的は?」

 

「私には使命がある……。だが思い出せない。何か、とても大切な使命のためにこの時代のこの世界に来たのだ。それは間違いない」

 

「妙な言い方をするね。別の時代の別の世界から君は来た、というのかね?」

 

「そうだ」

 

 クマクマン2号がそう答えると、博士は唸った。ありえないだろうか? だがそんな事を言ったらクマクマン2号の存在自体説明できない。

 別世界の、ここよりさらに化学の進んだ何者かが、僕たちの世界に2号を送り込んだ?

 

「博士、2号は味方だよ。正義のヒーローなんだ」

 

「そうとも。だから僕も根っから敵意があるとは疑っていない。そこでだ、クマクマン2号くん。君を少し調べさせてくれないかい? 未来の世界か、別の世界か知らないが、だとしたら僕は調べておきたい。トビオくんの安全のためだ」

 

博士が僕のため、というと2号は即答した。


「トビオのためか、理解した。私を調べるといい。ついでに私の使命も解明してくれると助かる。おそらく次元移動の衝撃で記憶が曖昧になっている」

 

 クマクマン2号はあっさりと承諾した。ぬいぐるみと人間が固く握手を交わす場面は何とも奇妙で素敵な光景だった。

 こうして僕たちはクマクマン2号と出会ったのだ。

 

 

 


 僕は昼間、街に出て子供らしく元気にスケッチをする。公園で遊具を描き、商店街のラーメン屋の外観を描き、行きつけの本屋で店主のお婆ちゃんにことわってレジにも立たせてもらった。そして店内を描いた。

 僕は、画家になりたい。でも発明家や科学者にもなりたいし、お父さんとお母さんみたいに海外に出てもみたい。やりたい事がたくさんある。ああ、早く大人になりたい。

 

           

   

 


          ◯

 僕が一日遊んで博士の自宅兼研究所に帰ったのは夕方の四時半頃だった。珍しく鷹が空を飛んでいたのでその光景を目に焼きつけて想像力を使いながら鷹を描いた。


 

 研究所に入ると、クマクマン2号は当たり前のようにリビングでテレビを付けニュース番組を見ていた。2号は僕に気づくとふわふわの茶色い手を挙げる。

 

「やあ、トビオ。おかえり」

 

 2号は礼儀正しいな。僕も手をあげて「ただいま」と答え、リビングに入りソファに座る2号の隣を陣取った。

 

「もう博士の調査は良いのかい?」

 

「ああ、何やら私のメモリーチップという記憶媒体の複製に成功したらしい。今はそちらを解析しているそうだ。一度このふわふわボディを開かれてしまったよ。今は綺麗に縫い付けてくれたがね」


「なるほど」

 

僕はそう呟いてから2号の体をもう一度ゆっくり観察してみた。

 茶色い毛並みはクマクマンと同じでふわふわだ。顔もそっくりで男前。そして首元には僕が巻いたものよりももっと立派な赤いマントがある。黙っていれば唯のぬいぐるみだ。彼は何者なんだろうか。使命とは?

 


「なあ、2号。君は暇かい?」

 

「うむ、暇だ。使命を思い出すまではする事がないのだ」

 

 僕はそれを聞くと良い事を思い付いた。よく考えたらクマクマンと「本当に」遊ぶ機会は滅多にないのではないか? 使命は僕の友達になる事だとしたら? 

 

「2号、明日は僕と出かけよう」

 

「出かける?」

 

「そうだ。君はこちらに来たばかりだから、僕とこの世界を見て回ろう」

 

 ────。





 翌日、遊びに出かける時に博士は、2号には注意するようにと僕に釘を刺した。だが僕も馬鹿じゃない。2号の正体が明らかになるまでは油断しないつもりだ。そうだ、これは調査と見張りだ。断じて僕が遊びたいわけじゃない。しかし、もし2号が遊んでも良いと言うならば、僕はそれに応えるのにやぶさかでない。

 


 結論から言うと、僕は2号を連れまわして遊びまくった。話かけたら答えてくれる。会話は弾む。そして2号はとても力持ちだった。僕を持ち上げて空を飛ぶ事も出来た。まるでスーパーマンだ。

 2号は本当に別世界からやってきた救いのヒーローなんじゃないか。

 でも、そしたら僕だけの2号じゃなく、みんなの2号になるだろう。だが僕はそれでも構わない。救いを求める人の元へ駆けつけるのがクマクマンだからだ。2号もきっとそうだ。

 

 小さな街なのであっという間に一周してしまった。この後はモノレールに乗って江ヶ島という観光名所にも言ってみようかなとも思いながら駅前を歩いていた。

 ──その時だった。




 2号は突然、ピーピーガーガーと壊れたラジオみたいな奇声をあげた。僕は驚いて2号の名前を呼ぶ。

 

「2号、2号! どうしたんだ、壊れたのかい、2号!」

 


『聞こえるか──…こちらの…く。危険が──っている。早く…──にげ…隕石──…だ』


 僕が呼びかけると2号は聞いた事がない男の声でノイズ混じりに意味不明な事を言い出した。


 ──そして、その声はぴたりと止み。2号はまた「やあ」と言った。

 


「やあ、って2号。大丈夫なの?」

 

「何のことかな。すまない、記憶が抜け落ちている。やはりまだ完全じゃないようだ」

 

 そうじゃないよ2号。君は今、まるで何者かに操られていたみたいだった。2号じゃない声がしたんだ。


 だが、僕はそれを言い出せなかった。

この時から既に、結末までのカウントダウンは始まっていたのかも知れない。

 




────起動編②に続く

 

        

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