【KAC20234】書店員はコラボグッズのために深夜のコンビニに行く
宇部 松清
第1話
私の名前は遠藤
いやもうその色づきっぷりがえげつないというか、もう何だろ、色の洪水っていうか、寄せては返す波のようにっていうか、ずっと寄せて来るっていうか、むしろ押し寄せて来るっていうか。とにかくもうすごいのだ。
この何ともしがたい感情をぶちまける場所がなく、ついつい弟に電話をかけては当推しが如何に尊いかを語る日々。これが漫画やアニメ、あるいは三次元のアイドルであれば友人にも話せるのだが、いかんせん彼らは一般人。下手に人気が出てしまえば彼らに迷惑がかかる。それだけはあってはならない。
そう熱弁していると、弟の
「姉ちゃんがいつも話す推しによく似たアニメキャラがいるから、友人にはそっちのキャラの体で話せばいいんじゃないか?」
と、なかなかナイスな提案をされたのである。
その、お勧めされたアニメキャラというのが、週刊少年チャンプで連載中の『
とりあえず、一期・二期のDVDは即買いである。その足で漫画喫茶に行き、漫画の方も読んできた。もちろんそっちも大人買いしたいところではあったが、悲しいことに先立つものがない。こっちは次のお給料まで待つとして、返す刀でそのまま職場に駆け込んで店長の胸倉を掴み、シフトガンガン入れてください! と叫んでしまったのは我ながらやり過ぎたと思う。
とまぁそんなこんなで、もちろん学業の方もおろそかにするわけにはいかないからそっちも全力で取り組まなくてはならないのだけれども、さらにバイトの方も頑張らなくてはならず、心の方は潤いまくって釧路湿原か私か? ってくらいなんだけれども、身体の方はまぁまぁぼろぼろである。完全に若さでカバーしている感じ。お前それ、10年後には出来ないからな、って未来の私からの声が聞こえてくるよう。大丈夫、その時はその時で何とかします。
それで、だ。
どうやら
私は財布を握り締めて夜のコンビニへと向かった。
市内の24は粗方回り、残すはこの近所のコンビニである。これはもういわば自分との闘い。近場は疲れが出る終盤にと残しておいたのだ。何という完璧な作戦。
討ち取ったり!
今日の私、勝ち確ゥ!
そんなホクホク気分でお店を出た時のことだ。
んんんんみゃあああああああああああああ!?
ちょ、推し②! そこにいるのは我が推し、金剛君似の②ではないか?! 今日はお一人なんですね?! 深夜ですもんね?!
ていうか私、ドすっぴんだし、辛うじてコートだけはお出掛け用のやつだけど、下は部屋着の高校ジャージなんですけど! そのコントラストがもう死ぬほど恥ずかしい!
で、でも、幸い、私にはまだ気付いていないようだし、このまま反対方向からそーっと帰れば何とか……。と思ったけど、畜生、自転車あそこじゃん! 何で私自転車で来たのよ! 近いんだから歩きなさいよ! 20分前の私よ! 滅せよ!
仕方ない。
もうなるべく気配を消して彼の後ろを通る感じで――、って、いや、何?! あの幸せそうな顔何?! スマホ見つめて何そんなニヤニヤしてんの!?
あ――――――――っ、もう! 見えちゃった! ごめんなさいマジで、見えちゃいました! あの、
ていうか、推し②もね、別に隠しもしねぇんだこれが。すぐ後ろを多少疚しい気持ちを持った女が通ってんのに、隠しもしねぇんだ。逃げも隠れもしねぇんだわ。さてはお主、陽の者ですな?! 往々にして、陽の者はそういうところあるから。コソコソしないから。己の行動に一点の曇りもないと思ってるから。そんで実際曇ってねぇから。眩しい! 陰の者にはそれが眩しい! こりゃあ光属性ですわ。
もうね? 私だって悪いなーとは思ってる。
こんなね? LI-NEのCMみたいなね? 『あなたの大事な人にメッセージ送ってみませんか? そのメッセージ、LI-NEなら無料です』みたいなね? そんな時にこんなアンデッドが通りがかっちゃってほんとすまんって思ってるよ? 大丈夫? 私カメラに映り込んでませんかね? ちゃんと編集で消せる?
だけどね、こんな時に限って、ポケットに入れたはずの鍵が全然見当たんないの。おかしいな。さっきお会計の時にポケットから財布を出して――、
落としたんじゃない? 店内に落としちゃったんじゃない?
よし、戻ろう。
そしたらきっとさすがに推し②も帰っているだろう。もしかしたらタクシー待ってるとかそういうのかもしれないし。
そう思って、またそーっと彼の後ろを通った時だった。
「いっけね」
そんな声が聞こえて、私は足を止めた。
恐る恐る彼の方を見ると、腰をかがめて、何やら四角い箱を拾っているようである。
「ぃやあああああああああああああっほううううううう!」
「――ぅえっ?! な、何だ?!」
いつもなら心の中にどうにか押しとどめられていた声が、この時ばかりは我が声帯を通過して外へ出た。
だってもうこんなの100%指輪じゃん……。
推し②、プロポーズの準備出来てるじゃん……。
某人気ゲームの配管工がステージをクリアした時のような声と共に鼻から勢いよく血を吹き出す。ごめんなさいね、これはもうあれだから。心のクラッカーがちょっと間違ったところから出たみたいなアレですから。何も心配いらないやつですから。
そこまで言いたかったが、何せ尊さの過剰摂取に加えて連日の疲労、さらには鼻から深紅の
良いんです。もうこのまま地面とキッスさせてください! もう私、いっそそういう
そう叫びたかったが、それも叶わない。そして、恐れていたことは起こってしまったのである。推しが! 私を抱きとめてくれている! むしろそれにとどめを刺されたといっても過言ではない。どうにか体勢を立て直して自転車も荷物も放り出して逃げ去りたいところだったが、それも出来ない。
誰か、誰かこの場にお医者様はおりませんか――?!
ぼたぼたと止まらぬ鼻血を垂れ流していると、「あーっ!」と推し②が叫んだ。何だ何だ。次は何だ。
「夜宵! 良いところに! 助けてくれ――っ!」
え?
夜宵って確か、あなたのラバーでは? つまり、当推し①では?
いや、オーバーキルでしょ。控えめに言って、オーバーキルでしょ。
「ちょ、まずこっち来て! 早く早く!」
いやもう呼ぶな呼ぶな。推しが集結するって気配だけでも死にそうなんだから。私のライフ、とっくに0だから。
そこから先のことはあんまり覚えていない。
夢見心地で彼らと一言二言会話をしたような気もするが、朧気である。
気付けば私は両鼻にティッシュを詰め詰めした状態で、手にはしっかりと荷物を持ち、アパートの前にいた。
もちろん自転車はそのままだ。
そしてぼんやりとした頭で部屋の鍵を取り出そうとした時、鞄の奥底に、小さな鈴のついた自転車の鍵を見つけたのである。
【KAC20234】書店員はコラボグッズのために深夜のコンビニに行く 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa
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