エピローグ
エピローグ
那岐が世界に反旗を翻したあの日。
妖を前に、漆黒の鎧を身に纏ったウォーデッドが立ち塞がる。小鬼の妖性を持ったそのウォーデッドの名は
「やぁあああああ!」
気合一閃。振り下ろされた刃が妖の胴を裂いた。地面に血飛沫が広がる。しかし浅い。妖は慌てて舞夜から距離を取った。
「踏み込みが甘い! そんなことじゃ悪食にすら勝てないぞ!」
「すみません、師匠!」
どうやら相手は言葉も話せない弱小のようだ。これならば自分が出るまでもないだろうと颯は判断した。
「これならどうだ! 二段開放!」
舞夜の固有能力――二段開放。通常の開放と妖化の中間のような形態になることが出来る。理性を残したままより多くの妖性を引き出すことの出来るこの形態は、舞夜のとっておきだ。
より鬼らしい姿へと変化した舞夜が妖に踊りかかる。妖はそのスピードに反応することが出来ず、舞夜の爪によって霊核を斬り裂かれ、消滅した。
「やった! やりましたよ、師匠!」
開放状態も解かずにはしゃぐ舞夜。その様子を見て颯はため息をつく。
「馬鹿たれ。あんな雑魚相手に二段開放を使う奴があるか。こりゃ刀の扱いから再教育が必要だな」
「そんな~」
開放状態を解いて、舞夜が颯に駆け寄った。見た目はボーイッシュなショートカットがよく似合う、快活系美少女だ。そんな彼女の頭を颯はぽかりと小突く。
「頭は帽子を被るためにあるんじゃないんだぞ。ちょっとは物事を覚えろ」
「でも師匠。私には才能があるって言ってくれたじゃないですか~」
「才能はある。だが今のお前では宝の持ち腐れだ。もうちょいまともに刀を振れるようにならないとな」
そうこうしていると、二人に淡い水色の髪をした十六夜が近づいて来た。舞夜の十六夜である。
「いろいろとすまない。私の相方が迷惑をかけて」
「あ~。迷惑って何よ~! 私だって一生懸命やってるんだからさ~!」
「お前は勢いばかりで
この十六夜は、颯のことを様付けで呼ぶ。他の十六夜には見られない行動だ。それもそのはず。彼女は以前颯の十六夜が殺されて散った際、その残滓から転生した個体なのだ。それ故に不結に近い性質を持っており、颯のことを主人のように慕っている。
「ま~た師匠に取り入ろうとしてさ。十六夜ってば、師匠の前だとすぐにこれなんだもん」
「別に取り入ろうなどとはしていない。普通だ」
この手の姦しいやり取りにもだいぶ慣れたが、今はそれを眺めている場合でもない。颯は二人の頭に手を乗せ、ぐりぐりと撫で回した。
「はいはい。お前らの仲がいいのは充分わかってるから。さっさと門前町に帰るぞ」
颯が呪印を展開する。二人は大人しく颯の後に続いた。
門前町の屋敷に戻ると、入り口の辺りに
「おかえり、颯」
「ああ。ただいま、月音」
颯の姿を見て月音が微笑む。表情も人間のものと遜色ない。以前の基本無表情な十六夜とは全く異なっている。この五年で、だいぶ人間らしくなった。
「妖の方はどうだった」
「何てことはない。ただの雑魚だったよ。このところはだいぶ平和だな」
「そうか。それは何よりだ」
その時、屋敷の戸を開け、中から雫がやって来る。恐らく颯の気配を感じ取ったのだろう。
「颯、おかえり」
「ただいま、雫」
「舞夜と、十六夜も」
「うん。ただいま、雫ちゃん」
「ただいま」
月音が箒を持ち直し、屋敷の方へと向き直る。
「疲れたろう? お茶にしよう」
「わ~い。今日のお菓子は何ですか?」
お茶菓子目当ての舞夜がそれに食いついた。
「今日はシュークリームだ」
「やった~!」
「そんなにはしゃぐな。月音様の前で失礼だろう」
そう言う十六夜も期待に胸を躍らせているのが手に取るように分かる。颯はその様子を見て笑みを浮かべた。
結局大妖災以降、実家には帰っていない。颯の葬儀は無事行われたようだが、颯がこうしてウォーデッドを続けていることを、詩織を通じて家族達は知っている。今はどうしているだろうかと考えない日はない。口では戻る可能性を示唆したものの、実際に会いに行くことは躊躇われた。人とウォーデッドの道は交わらない。それが本来あるべき両者の姿である。
颯は空を見上げた。そこにはどこまでも続く晴天が続いている。同じ空ではないが、詩織達もきっと空を見上げているだろう。そう思うだけで、心が温かくなる気がした。
ここは狭間の町――門前町。今日も隠世へと続く門には長い列が出来ている。巡る命の輪は絶えない。この世は常に循環し続ける。大妖災を経て新たに生まれ変わった世界の平和を守るのは、
完
ウォーデッド C-take @C-take
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