ぬいぐるみが踊る夜

篠騎シオン

もう、わたしはしんじゃうんだ

「テディ、すごくいたいよ。それにしぬのはこわいよ……」


夜の病院内に小さく響く、すすり泣く声。

痛くて、辛くて、それでもなお彼女が人を呼ばないのは、自分の終わりが近いことを知っているから。


「わたしはだいじょうぶ」

そう大人の前で強がるのも、慣れたものだ。

でも、一人の時に、夜に。死の恐怖は彼女の心をむしばむ。


「こんなことはなせるのはテディにだけ」


弱音を吐いてぬいぐるみを抱きしめ、一人闇に耐える彼女を救えるは、誰もいない。


「え?」


そう、人間ものは。


その時少女は自分の頭をポンポンとなでる柔らかい手を感じていた。

目をこすっていた手をどけると、心配そうに黒い瞳で見つめてくる親友のテディの姿。

そしてもふもふの彼の手はまっすぐ自分の頭に伸びている。


「テディ、あなた、うごけたのね!」


少女の中の闇も、そして痛みも、吹き飛んでいた。


ぬいぐるみが夜動くという小さなファンタジーは、彼女の苦痛を幾分か和らげた。

両親の前で言う「だいじょうぶ」という言葉も、虚勢ではなくなっていった。


そうして。

少女は穏やかに最後の時を過ごし、天へと旅立つ。




「ゆっくり休むんだよ」


幸せそうに息を引き取った彼女を見守る存在が一つ――いや二つ。

おさげ髪の女性と、一匹の妖精。


「あなたは本当にもの好きね」


「私も入院してたし辛い気持ちわかるんだ」


ため息交じりの妖精に対して、彼女は髪を揺らしながらにっと笑う。


「もっと世界征服とかしてくれてもいいんだけど。この力って意外と強大だよ?」


「ううん、いいんだよ私はこれで」


そうして少女は、自分が力を得たあの”本屋”と呼ばれた場所を思い出す。

あの場所で自分のことを気遣ってくれた一人の少年のことも。


「さ、次の子のもとに行きましょ」


ぬいぐるみのほうきに乗って、彼女、ぬいぐるみの”魔法使い”は夜の空へと飛び立つ。

くるりと一回転踊ってから夜の闇に溶けていったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぬいぐるみが踊る夜 篠騎シオン @sion

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ