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 セシルの家の問題が片付きややしばらく経った頃…7月も終わりを迎える頃。俺達は、スーさんの喫茶店でいつもの様にを食べていた。


「じゃ、あれやこれや終わったのは昨日か」

「えぇ。時間が掛かる後始末だったし。お金は前金でご両親から貰ってたけど、ここまでかかるとはね」


 食後のデザートを持って来たスーさんと世間話ついでに、この間の件の報告を受ける。少々派手に散らかした上に、しなければならない人間も大勢いたともなれば、これでも十分に早く済んだ方だろう。


「すいません。ワタシの内輪揉めみたいな事に付き合わせちゃって」

「いやいや、問題が無ければ俺達はいないからね。意外と、ことだよ」

「そうなんですか」

「やはり、お金を持ちすぎると色々な人が関わってくる上に…家族仲も上手くいかない所が多い様で。特に、セシルちゃんのとこみたいな、1代で一気に大きくなった所はね」

「へぇ…」


 スーさんの言葉に頷くセシル。俺はモーニングセットのサンドイッチを齧りながら、2人の会話をジッと眺めていた。すると、スーさんは俺の方に顔を向ける。


「ま、ミナミさん。これでは全部片付いたよね?」

「そうだな。助かったよ」

「そうそう、銃の痕があった割りに、あの連中から銃が出てこなかったんだけど」

「処理が楽だったろ?色々と」

「やっぱりミナミさんの仕業か。フロア中ひっくり返す羽目になったんだぞ」

「悪かったって。全部アキさんの所に出して、そっちの処理も済んでる。はノーカンだろ?」

「確かに文句は言えないね」

「ま、そうなるだろうが…2割ってとこでどうだ?思った以上に高値が付いた」


 そう言って、俺は財布の中から2で済ませるには大きすぎる額を取り出した。流石のスーさんも、その額を見て目を丸くする。


「本当にこれで2割?」

「あぁ。イタリア製は高級品だったな」

「銃も残しといてくれれば良かったのに。ま、貰っておこう」


 スーさんは少し悔し気な顔を浮かべると、数枚の札を服のポケットに突っ込んだ。


「じゃ、あとはごゆっくり」


 そう言って去って行くスーさんを見送る俺達。元に戻ると、向かい側に座ったセシルが煙草を取り出して咥え、火を付けた。


「どうですか?煙草、慣れてきました?」


 煙を吐き出して一言。俺は肩を竦めて首を左右に振った。そして、スイングトップのポケットから煙草を取り出すと、まだ半分以上残っているパッケージを見せつける。


「ダメだわ、美味いと感じない。その癖にニコチンに慣れてきたもんだから困る」

「ダメですねぇ…それなら、無理に吸わなくても良かったんですよ?」

「いいや。なんか、体が煙草を求めるんだ。味ってよりは、ニコチンに惹かれてら」


 俺はそう言いながら、煙草を机の上に置いて、残っていたサンドイッチを全て口に入れた。今日のモーニングセットは、玉子サンドとカツサンド。既に玉子の方は食べきって、カツサンドの方も今食べ終えた。


「ふぅ…」


 カツとソースと、程よく甘いパンの味を堪能して…ウーロン茶で喉を潤す。


「暫く暇になるな」


 そして、雑談の取っ掛かりに話を振った。つい昨日までで、俺が持っている店の、溜まっていた雑務を全て終えられたのだ。セシルの件で構てやれず、それこそ、俺がセシルの両親並みに従業員を顧みない奴になる一歩手前まで行っていたが…なんとか踏みとどまって、場を収めて、今に至る。


「そうですね。溜め込んでいた事も片付きましたし…と行きたいところですが」

「ですが?」

「大学も夏休みに入ったので、明日からお盆過ぎまで実家に帰ろうと思うんです」


 何時もの様に、居酒屋梯子の夜になるかと思ったが、そうでもなかった。俺は急に真面目な話を始めたセシルに少し驚きつつ、小さく笑みを浮かべて見せる。


「いいじゃないか。行ってこい行ってこい」

「ヨウさんも…と言いたいですが、流石に昼夜逆転は辛いですもんね」

「まぁな。親には伝えてるんだっけ?」

「えぇ。その目との秘密は伝えていないですが」

「そうか…あぁ、それと、弟も居たっけか。久しぶりの再会に異物が居てもしょうがないだろうさ」

「そんなことはないですよ?ワタシ達、最早家族一歩手前みたいなものじゃないですか」

「まだ、何歩も手前だろ」

「夏休み明けから、ウチで過ごす人が何を言ってるんです!」


 大真面目なトーンで始まった会話は、いつの間にか、居酒屋トーク。俺は聞き捨てならないことを聞いた気がして、思わず首を傾げた。


「何言ってんだ?」

「ほら、この間、父がって言ってたじゃないですか!」

「そうだが、それはな、社交辞令というか、何というか、そんなのだろ!?」

「違いますよ。その後、父から連絡があって。部屋に住まわせてやればどうだって言われましてね?それもそうかと思って、準備はしてるんです」

「はぁ!?何勝手にそんなことしやがって!」

「仕方がないじゃないですか!口座にヨウさんの為の家具だの何だのって、話が来る前に振り込まれてるんですから!」

「え?…そうなの?」

「はい。なので、ヨウさんの部屋をなるべく再現出来そうな家具を既に見繕ってます。諸々の手続きもあるでしょうから…8月末には引っ越して欲しいなぁと」


 セシルはニヤニヤしながら俺の方を気持ち上目遣いで見てくる。俺はウーロン茶を飲んで場を誤魔化したかったが、そうはいかないらしい。一難去ってまた一難…とまでは行かないが、まさかこんな展開になるなんて思っても見なかった。


「それに、こう言うと…利用する感じになっちゃいますが。ここまでやって家に来ないってなると、また振り出しに戻っちゃうかもしれませんね?」


 悪戯っ気満載の声色でそう言ったセシルは、艶やかな表情で煙草を咥えて燻らすと、唖然としている俺の前で煙を吐き出し、そしてこう言った。


「まずは、実家でに変身してきます。引っ越すかどうかは…考えておいてくださいね?」

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MIDNIGHT MUTANT HOUR 朝倉春彦 @HaruhikoAsakura

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