ぬいぐるみに転生してみた

玄栖佳純

第1話 うさぎのぬいぐるみ

 ボクは異世界転生をしている。

 転生と言っても死んではいない。死なずにお試しで異世界転生をしていた。


 異世界に行く前の世界で薬局に花粉症の薬を買いに行くと、レジの横に小さな籠が置いてあって、「異世界転生ができる」というポップがあった。

 その下にジッパー付の小さなビニールパック。そこには紙とひとつぶの白い薬のような物が入っている。紙の下の方に試供品という小さな文字が四角で囲まれていた。


「これ、もらっていいんですか?」とレジの人に聞いてみた。

「どうぞ」と無造作に言って、持ってきた花粉症の薬をレジに通している。お金を払うと花粉症の薬をレジ袋に入れてくれた。そこに試供品を入れた。


 家に帰ると花粉症の薬を飲むことにした。最近、鼻がグスグスしてくしゃみが出る。目がかゆくて真っ赤になっているが、花粉症ではないと自分に言い聞かせている。でも、試しに薬を飲んでむることにした。違っていたら、それでもいい。

 食間に飲むらしいから、すぐに水で飲んだ。


 良くなったような気がした。ならなかったら花粉症ではない。治ったということは花粉症なのかもしれない。

 複雑な気分だが、異世界転生のパックが手に触れる。


 それを持ち上げて、中を見てみた。ジッパー付パックの中には紙と、衛生的にプラスチックパックに入れられた、丸くて平べったいラムネのような白い物。

 紙には手書きっぽいフォントで描かれたような規則的な文字で「異世界転生できるクスリ」と書かれていた。

 ただの洒落シャレで、子供だましにラムネでも配っていたのだろうと思った。大人が手にしていたから、店員も無表情だったのだ。

 お腹もすいていたし、ちょっとラムネを食べるのにちょうどよい感じで、プラスチックパックを開けて、白いクスリを口に入れる。本当にラムネのように甘かった。口に入れてから紙を読んだ。


 異世界転生ができるクスリ

 本当に異世界転生ができるので驚かないでください。試供品なので、寝ている間しか異世界転生ができません。起きたらふつうの日常に戻れます。

 戻り方は異世界で寝てください。

 お気に召しましたら正規品を購入してください。

○○製薬

電話番号○○○-○○-○○○〇


 細かいところは眠くなって読めなかった。

 とても眠くなって、そのまま意識がなくなった。


 そして目が覚めると異世界にいた。

 道具屋の棚に並んだ、それはそれは可愛らしい、うさぎのぬいぐるみになっていた。


 自分で選んだわけではない。

 少しだけ選んだのかもしれない。この世界に来て目についたのがうさぎのぬいぐるみだった。白くてもふもふで可愛いと思っていたら、うさぎのぬいぐるみになっていた。

 あれか? 異世界転生とは、はじめに見たものになってしまうのか?


 今年はうさぎ年だし、もふもふだし、悪いことだとは思わない。でも、ぬいぐるみは動かない。どうしたらよい? これでは異世界に来た意味がない。

 というか、まさか本当に来るとは思わなかった。

 美味しいラムネだったけれど……。


 そう思っていたら、かわいらしい女の子が店に入って来た。

「こんにちは~!」

 元気はつらつな異世界っぽい服装の女の子だった。笑顔がよい。

 そして、ボクと目が合う。

 その瞬間、彼女の瞳がキラキラと輝いた。なんて綺麗なキラキラ……。

 運命だった。出会うのが決められていたかのようだった。


 それからいろいろあった。

 後から入って来た母親がその子、メアリを連れて帰ってしまった。ボクは置いて行かれた。その時は絶望の淵に落ちた。さらに、毛むくじゃらのむさいおっさんがボクを買って、そのおっさんに愛でられるのかと思ったら絶望どころではない。転生を悔やんだ。あんなに自分の行動を後悔したことはない。


 しかし、そのおっさんはメアリの父親だった。ちゃんとメアリと血がつながっている実の父親だった。あの顔で綺麗な奥さんとかわいらしい娘を持つ父親って詐欺だ。母親は怒っていたけれど、父親はメアリに甘々だった。

 そのおかげでボクはめでたくメアリのぬいぐるみとなった。


「おはよう、ユッキー」

 あれから月日が流れ、メアリは可愛らしい少女から、美しい乙女に成長した。

 ボクはずっとメアリの一番大切なうさぎのぬいぐるみのユッキーだった。白いうさぎだったから、メアリはボクをユッキーと名付けた。異世界なのに、微妙に日本語なのは愛嬌だと思う。


 ボクはずっと異世界にいた。

 元々の世界で薬をもらったときの紙には、異世界ここで眠れば戻れると書いてあったが、うさぎのぬいぐるみは眠らない。だからボクは異世界にずっといた。


 でも、それで構わない。

 メアリと一緒にいられるのなら、ボクはこのままでいい。

 しゃべれないし動けないけれど、メアリはボクを大切にしてくれた。


 だから、ボクは幸せだった。

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