第8話

「リー…」

「ロン」

「チ……」

力也は自分が捨てた牌から指を離せず固まったまま、佑が倒して見せた牌を凝視した。

「は?」

「ぶ…ッ」

真澄が吹き出した。

勇也は転がって畳を手でバンバン叩いている。

夕食後、堀ゴタツの横にもう一つコタツを設置して麻雀を始めた。

これと同じことがさっきもあった。二度目。

力也はゆっくりと視線を上げ佑を見た。

“並べるくらい”と言った佑の言葉は嘘ではなさそうだった。

しかし、ポーカーフェイスと恐ろしいほどの引きの強さは、ビギナーズラックという言葉は当てはまらないだろう。

「良かったな、リキ。何も掛けてなくて」

真澄がまだ笑いながら言った。

「力也、おまえ、昨日のババ抜きでわからなかったの?」

勇也が目元の涙を拭いながら起き上がってそう言った。

前日のババ抜きでも、佑のこのポーカーフェイスと引きの強さは見た。見てはいたが力也は、ババ抜きと麻雀は違うと思っていた。

「まだまだ経験値不足だな、色々な意味で」

勇也がそう言って力也の肩を叩いた。

力也はもう一度佑を見る。佑は力也と目が合うと、その綺麗な顔にニッコリと笑みを浮かべた。


「まぁ坊」

佑と真澄がダイニングでコーヒーを飲んでいるところに、昨日羽つきで負けて洗濯と掃除係になっていた力也が、それらを済ませて顔を出した。

「オレ、勇也とちょっと買い物に出掛けてくる」

「ん」

「帰りは昼前くらいになる」

「わかった」

「あ、何か欲しい物ある?」

真澄は首を横に振った。佑も同じように首を振った。

「じゃ」

「行ってら〜」

佑はそう言って送り出した。

ドアが閉まり、二人が玄関から出て行き、車が発進する音が聞こえた。

真澄の視線を感じた。

「何?」

真澄がおもむろに立ち上がって、佑の横に立った。

テーブルに手をつき、佑の顔をのぞき込むようにする。

「わからない?」

「え⁉何が?」

「昼前まで、この家の中には俺とおまえだけってこと」

佑は真澄の瞳にとらえられ、鼓動が早くなるのを感じた。

「あ……」

真澄の手が佑のほおにかかる。

あたたかく大きな手が、佑の髪を梳き、耳をなぞる。

「真…澄……」

真澄の顔が近づき、唇が触れるか触れないかの距離で佑のほおをたどる。

「……はっ…。あ…」

佑は息をつめる。

「佑、おまえ、いつも声、殺すよな」

耳元に真澄の低い声が響く。

「今、この家の中、俺とおまえだけだって」

「うわ…っ」

佑の体がふいに持ち上げられた。

「ちょっと!真澄…」

「暴れるな。階段だ」

佑は真澄に抱えられたまま、二階の真澄の部屋に連れて来られた。

ベッドにおろされる。

「真澄、何!?」

起き上がろうとしたが、真澄に押さえつけられた。

「離せよ」

真澄が顔を寄せて来る。

「おまえの声が聞きたい」

耳元に低いささやき声。

「あ…」

真澄の指が佑の耳に触れた。

「何して…」

「ピアス外してる」

「なんで!?」

「舐めづらいから」

佑は真澄の体を押し返そうとした。

ピアスを外し終えた真澄の手は、あっさりとその抵抗を封じる。

「嫌がることはしない」

「こ、この状況がヤダ…っ」

一瞬の間のあと、ふわっと抱き起こされた。

「これならいいか?」

あぐらをかいた真澄に向かい合って抱っこされている形だ。

「……さっきよりは」

佑はボソボソと言った。

「うん」

真澄が優しく笑う。

「キスしていいか?」

「……うん」

真澄の手が佑の両ほおを包む。

キスの音がいつもより耳に響く。佑はそう感じた。真澄の息遣いも───

真澄の手が佑の服の中に入ってきた。指先がわき腹から背中を滑る。

「あ…」

つい、声が漏れた。

真澄の唇が離れ、その舌が佑の喉元をたどり、耳へと移る。

「あっ、や…」

「嫌?気持ち良くない?」

「ちが…」

「どっち?」

真澄は訊ねながら佑の耳を軽く噛む。

「ん…っ」

「佑、声、出して」

佑は首を振った。

真澄の指先は促すように佑の肌を滑る。

「頼む、佑。俺はおまえの声が聞きたい。お願いだから」

真澄の甘く優しい声に負けた。

「あ…、いい…」

「もっと聞かせて、佑」

佑の耳に真澄の甘い声がささやかれ、舌が縁をたどる。

「あ…っ」

腰から背中に走った快感に、佑は声を上げた。


「まぁ坊」

買い物から帰った時、真澄と佑の姿は一階には無かった。

力也は真澄の部屋のドアをノックする。返事はない。

「まぁ坊、昼メシ、どうする?」

ドアを少しだけ開けて、

「開けるよ」

と声をかけた。

部屋には抑えたボリュームで洋楽のバラード曲が流れている。真澄と佑の音楽の好みは似ていたはずだ。

力也はゆっくりとドアを開いた。

真澄はベッドの中にいた。

力也と目が合うと、人差し指を自分の口の前に立てた。

真澄の腕の中には眠っている佑がいた。

「すぐ行く」

真澄が抑えた声で答えた。

「あ……、うん」

力也は静かにドアを閉めて、階下へと降りた。

勇也がいるダイニングへと入って行く。

「どした?力也」

勇也がそう聞いてきた。

「え?」

「顔真っ赤」

力也は両手を自分の顔に持っていった。

「まさか、また二人の邪魔をしたとか?」

「ち、違う!」

力也はイスにすわると、テーブルに顔を伏せた。

「めっっっちゃ可愛かった」

「は?」

「たっくんの寝顔」

布団からわずかにのぞく真澄と佑の肩は二人とも裸だった。

だがそのことよりも、真澄の腕の中で眠る佑が、普段見ている佑より子供っぽく見えた。

その寝顔に力也は胸がキュンとしてしまったのだ。そして、そのドキドキはまだ収まっていなかった。

「最近のたっくんは色っぽいし、目力は強くなってるし…。なのにあの寝顔。ずるいだろ。あの寝顔、まぁ坊は毎日見てるのか…。羨ましすぎる」

力也はまた両手で顔をおおった。

「力也、それ、あの二人には言わないほうがいいよ。特に真澄には」

「え?」

顔を上げて勇也を見ると、苦笑いをしていた。

ダイニングのドアが開いた。

「わあっ」

力也は声を上げて思わず立ち上がり、勇也の後ろに隠れた。

「何してんの?」

佑がキョトンとした顔で力也を見ていた。


「あ〜〜〜」

勇也は今日何度目かの、うめきとも唸りとも取れる声を上げていた。

朝食後のコーヒーを淹れていた佑は、テーブルを拭いている力也を見た。

力也は苦笑しながら、気にしなくていい、と言うように手を振る。

食器を下げに来た真澄を見ると、佑に顔をよせ、

「俺たちが学校に戻る前日はいつもああなんだ」

と小声で言った。

「え?もしかして、寂しい、とか?」

佑も声を落として真澄に聞いた。

「間違いなく」


学校は明後日が始業式。

力也の家に滞在している間、四人で一緒に食事をして、家事を分担し、勇也の運転でドライブに出掛けたり、買い物に行ったり、勇也と力也は一緒に風呂に入ったりしていた。

それが、勇也は明日からまた一人になるのだ。

勇也と力也は当たり前だが、真澄も完全に家族になっている。

佑もこんな休みは初めてで、楽しかった。正直、佑も少し寂しいと感じていた。

佑がそんなことを思いながら風呂場に入り、髪を洗い、シャワーで流しているところに、ドアが開き三人がドドッと入って来た。

「え!?何?」

佑が驚いていると、

「まぁ坊がどうしてもたっくんと入りたいって言って、オレと勇也に泣きついたんだ」

力也がそう言った。真澄がその力也の首を締め上げた。

「佑くん、背中洗ってあげる」

勇也が嬉しそうに言った。その勇也の後ろで真澄と力也が、“ジャマだ”とか“泡飛ばすな”と言い合っている。

佑はおかしくて笑ってしまった。

「ねえ、佑くん」

佑の背中を流しながら勇也が言った。

「春休みもおいでよ」

佑は勇也のほうに顔を向けて、

「はい」

と答えた。

「やっぱり佑くん、綺麗だね」

勇也が唐突にそう言った。

「え?」

「いでで…」

佑が聞き返したのと、勇也が声を上げたのが同時だった。振り向くと、

「勇さん」

真澄が後ろから勇也の首に腕を回して締めていた。

佑と真澄と力也の三人は明日、学校に戻る。


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冬の芽生え 〜俺たちのあおはるストーリー’s Ⅱ〜 せい @say-1

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