第7話

「ねえ、真澄」

「ん?」

佑は朝食のあと食器を洗いながら真澄に話しかけた。

真澄は洗われた食器をフキンで拭いて、食器棚に収めていた。

田上と勇也は何やら騒ぎながら掃除をしている。

「真澄は初詣とか行くの?」

「いや、俺、神様とか信じてないから」

「そっか」

「初詣、行きたかった?」

真澄の問いに佑は笑って首を振った。

「実は俺も神様って信じてない。子供の頃は行ったし、家には神棚あるけど、俺は触ったことないし」

「ここんちは神棚も仏壇もないよ」

「お仏壇も?」

佑は少し驚いて問い返した。

「うん、あるのはあれだけ」

真澄はダイニングの棚に飾られてる写真と花に視線を投げる。写真は力也の母親で真澄の叔母にあたる女性だ。

「そっか…」

佑は真澄が母親似なのかも知れないと思っていたが、その写真の女性を見た時、そのことを確信した。

「ねえ、勇也さんて、何してる人?」

「何って、仕事?」

佑がうなずくと、

「作家だよ」

と真澄が答える。

「へえ、作家さんなんだ」

そう言って洗い物を続けていた佑だったが、

「えッ⁉」

と突然声を上げた。

「え、何?」

真澄のほうがその声に驚いたように佑を見た。

「ま、真澄は“Thirty four”って知ってる?何年か前にアニメ映画にもなってるんだけど…」

「知ってるよ」

「その原作がYUYAって作家で…」

「勇さんだよ」

「え……」

佑は数瞬、真澄を呆然と見つめ、

「えええーッ⁉」

と声を上げた。

「俺、映画も観たし、本も全巻持ってる。他の本も…」

「たっくん、どした?」

キッチンのドアから顔をのぞかせた田上と勇也を見て、佑はとっさに、

「なんでもない!」

と答えていた。

田上の後ろからのぞいている勇也をマジマジと見てしまった。

二人が姿を消すと、佑はため息をついた。

「全巻って、おまえの部屋の本棚には無かったじゃないか」

真澄の言葉に、佑は、

「クローゼットの中」

と答えた。

「外に出したら、陽に焼ける」

「そんなに好きなんだ?」

真澄の問いに、

「好き」

と佑は即答した。

「どうしよう。俺、YUYAと一緒にメシ食って、一緒の風呂入って、一緒の家の中に居る」

真澄はそんな佑を見て、

「勇さ〜ん!」

と勇也を呼ぶ。

「やめろ、真澄」

佑が止めたが、

「どした〜?」

勇也が顔を出した。

「YUYAのファンらしいです」

佑は固まった。


「よっしゃ〜!」

勇也がガッツポーズをした。

庭で絶賛羽つき中。今は真澄と勇也が対戦していた。

佑と田上は西側の和室に続く縁側にすわって、二人を見ていた。

「勇也は顔出し嫌いだからね」

田上がそう言った。

「うん…」

「インタビューとかはたまに受けるけど、写真も動画も音声も全部お断りってヤツだから」

「うん…」

佑はひざにひじを乗せ、ほおづえをついた。

「お袋いなくて、保育園や学校も勇也が来るからな」

「うん…」

佑は体を起こし、両手を後ろについた。

「YUYAの作品て、どれも優しいんだよな。背景っていうか、状況的にはすっげ悲惨でも、どこかに希望があったり、敵対してる人物同士でも、それぞれが背負ってる物や抱えてる過去をチラ見せするじゃん」

「ああ」

「なんか、どの登場人物も嫌いになれないっての…?てか、YUYAが全キャラ好きなんだなってわかる」

「アイツもそこそこ苦労人だし、人の情けとか、いっぱい人から助けられたって言ってたからなぁ。そういうのが出てんのかもね」

「うん…」

妻を亡くし、小さな子供を一人で育てる。

さらには母親に置いて行かれた甥まで引き取り、面倒を見る。どれだけの苦労があったのか───

「あ、あのさ、たっくん。話変わるんだけど…」

田上が改まって佑のほうに向き直った。

「ん?」

「まぁ坊のこと、真澄って呼ぶようになったよね」

「あ、…うん」

佑は改めて言われて、なんだか気恥ずかしさを覚えた。

「オレのことも、そろそろ名前で呼んでもらえたら、嬉しいかな、なんて…」

「え?」

「無理にとは言わないけど」

田上を見ると、珍しく顔を赤くしている。

「力也」

佑がそう呼ぶと、力也はさらに顔を赤くした。

そこに勇也が来た。

「力也、交代。僕少し休憩」

弾んだ息で言って、縁側にすわり込んだ。

「しょーがないな、これくらいで」

力也は赤い顔のままそう言いながら、羽子板を手に庭に向かった。

「あれ?アイツ今赤い顔してなかった?」

「さあ」

勇也の問いに佑は笑いながらそう答えた。

勇也は佑のすぐ横にすわり直し、大きく息をつくと佑を見た。

「力也から聞いてはいたけど、佑くんは綺麗だよね」

「は⁉」

勇也の突然の言葉に、佑は驚いた。

「い、いや、綺麗って…。イケメンっていうなら真澄でしょ」

動揺を隠せず、佑は早口で言った。

勇也は真澄のほうを見て、

「まあ、確かにね」

そして、もう一度佑を見て、

「僕が言ってるのは美しさ」

とそう言った。

「いや、この程度どこにでも…」

「完全に無自覚か…」

勇也は独り言のようにつぶやく。

「佑くん、君は自分の持ってる魅力をもっと自覚して、それを前面に出していいと思うよ」

「は?」

メガネの奥の勇也の瞳は真剣だった。その瞳に、佑は戸惑いを隠せずにいた。

「佑くん、謙遜や謙虚は良いことのように言われるけど、人によっては、それ、嫌味になる。自分に誇りを持つことと傲慢は違う。自分の魅力を出し惜しみしてると、いつまでたっても自分が納得出来る人生おくれなくなるよ」

「………………」

戸惑いながらも、佑は勇也の言葉を黙って聞いていた。

「佑くん、君は綺麗だし、色気がある」

「い、色…⁉」

思いもよらなかった言葉に佑はさらに動揺した。

「そ、それって、俺、もの欲しそう…とか…?」

「違う違う、そうじゃないよ」

勇也が笑って否定した。

「ん〜、表現が悪かったか。色香、というほうがいいのかな」

「はあ…」

佑が曖昧にうなずいた時、

「勇さん」

近くで低く勇也を呼ぶ声がした。

振り向くと真澄がそばに立って勇也を見おろしている。

「佑のこと、口説いてるんじゃないでしょうね?」

抑揚のない低い声で真澄は勇也に問いかける。

勇也は胸の前で両手を振って、

「そんなことしてない!」

と慌てた様子で言った。

「真澄、その目、怖いから…」

勇也が苦笑しながら言うと、

「四人で羽つきしよ。ダブルスで勝負」

と力也が真澄の横から顔をのぞかせた。

かくして、翌日の洗濯と掃除係をかけて、羽つきダブルス戦が開始された。


「しまった…」

力也が縁側に倒れ込むようにして言った。

「たっくんが以外に運動神経いいの忘れてた」

「それ忘れてるんじゃないよ」

先に縁側に座り込んでいた勇也が言った。

「あ、以外にって失礼だな」

佑が羽子板の先で力也の背中をつついた。

かくして、佑・真澄組と力也・勇也組の対戦は佑・真澄組の圧勝で終わった。

「勇さんの年齢を考慮してハンデもつけただろ?」

真澄がさらに追い打ちをかけるように言った。

「はいはい、そうですね。明日は働かせていただきますよ」

力也がムッとした顔でそう答えた。

「そうだ!」

力也が何かを思いついた表情で佑を見た。

「たっくん、麻雀出来る?」

「あー、並べるくらいなら…。でも役とかよくわかんないし、点数もさっぱり」

佑がそう答えると、

「十分十分。ちょうど四人」

と力也は嬉しそうだった。

「コイツ、寮でも時々やってんだ」

真澄が力也を親指で差しながらそう言った。

「あ」

佑は力也の寮の部屋にコタツがあることを思い出していた。

佑はそこで麻雀をしたことも見たこともなかったが、時々お邪魔させてもらってゴロゴロしたことはある。

力也が佑を見てニカッと笑った。

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