ボクは偽物だった

みこと。

ボクは偽物だった


ボクは偽物だった


猫をしたぬいぐるみ

猫としてはもちろん偽物だけど

ぬいぐるみとしても偽物だった


だってまだ、誰にも抱きしめられてない

姿さえも、見せられていない




この家には幼い子どもがいた


彼が持っている猫のぬいぐるみ

その予備として、ボクは用意された


子どもはそのぬいぐるみを大層気に入っていて

とても大切にしている

どこに行くのも、いつでも一緒

必ずそばに持ち、手離さない


子どもの両親は、あまりの可愛がりようを目にし

ぬいぐるみが無くなった時のことを想像した


大悲劇の大惨状


彼らは事態を恐れ、全くそっくりのボクを購入した


ボクは厳重に隠され

スペアとしての出番を待ちつつ

今日も暗いクローゼットの奥に押し込められている


子どもは毎日、猫のぬいぐるみを可愛がる


そして数年


チラリと見えた


子どもの手の中のぬいぐるみは

すっかりボロボロになりながら

その表情はイキイキと輝いている


クタクタの身体は、フカフカのボクとは大違い


なのに、ボクのなんと無表情なことか


これほど違いが出てしまったら

もしもこの先、ボクが呼ばれたとしても

「これは違う」と叫ばれない?


「こんなの偽物だ」

そう、拒否されたら?


そしたらボクはどうなるの?

ずっと待ってたボクは?



子どもはいずれ育ち

ぬいぐるみに興味を失う年齢としになってくる


ボクはこのまま見向きもされないまま

いつかどこかに追いやられるんだろうか


フリマに出されたり

あるいはペット用おもちゃとして好き放題にまれ、振り回され

あっさりと壊れる


そんな未来を考えると絶望しかなかった


あんなに待ち遠しかった扉のあく日が

いまは永遠に来ないことを願うようになった


たとえ日の当たらない暗闇でも、この家にたい


でも出来るなら


ボクを見て笑って欲しかった

ぎゅっと抱き締めて貰いたかった

一度でいいから本物になってみたかった

愛される、本物のぬいぐるみに



ふいに扉が開き、ボクは取り出された


怖い! 捨てられたくない!




「わあ、猫のぬいぐるみ、おそろいだね! 僕たちみたいにきょうだいだ」


耳をうったのは、思いがけず明るい声


ボクの目にうつったのは、くったりとした古い猫のぬいぐるみを持つ、少し大きくなった子ども

その横に座る幼い女の子に、真新しいボクは、そっと手渡された


少女ははじけるような笑顔を見せて

小さな両手でボクを抱きしめた


宝物のように大切に


そして優しく、あたたかい眼差しで

ボクだけを見つめてくれた


ボクはもう偽物じゃなかった


彼女にとって本物の

唯一無二のぬいぐるみになった

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ボクは偽物だった みこと。 @miraca

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