第40話 メロップちゃんと次なる方針

 平穏な海と空が広がる夢の世界。

 その静かな風景を眺めるは、ジェラルドとキリニー、そして私。


「精霊の支配からの脱却、ね。支配した覚えなんてないのだけど」

「見方によれば、支配に見えておかしくないでしょう。何せ私達はあまりにも簡単に世界を書き換えることができる」


 術式。

 世界を書き換えるこの技術には精霊が使われていると同時、精霊によって行使されるものでもある。

 

「術式の世界と人間の世界を完全に切り離したら、どうなるの?」

「さてねぇ。この世界は始まった時から隣同士にあった世界だから、そこを切り離したら……何かが損なわれることは確実でしょ。元々二つだったものをくっつけたんじゃなくて、二つで一個なんだから」

「そうでなくともアナタには術式が必要だ。切り離す気などさらさらないのでは?」

「まぁ、そうなんだけど」


 それを支配と言われたら、成程、と思う自分もいる。

 かといって脱却なんて思いには至らないけれど。


「『常に健やかにあれ』、ね。祝福としては割と普通な部類だけど」

「相当強い力を持った精霊が祝福をかけたのでしょうね、アレは。あるいは複数の精霊か。星雲規模の精霊が彼の健常を祈ったのでもなければ、寿命を越えてああも生き続ける呪いにはなりませんよ」

「……とにかく、これで環焉は瓦解した……と見て良い、わけないよね」

「あのライとかいう子。呪い関係だけでも相当だけど、インクを用いた転移術式なんてものを扱う精霊は聞いたことが無いから、彼女自身が作り上げた星に住まう精霊がそれを可能にさせているか――あるいは」

「精霊を嫌っているなら、全く違う力を使っているか、だね」


 環焉のボスがこちら側に着いたところで、環焉が崩壊したとは思えない。思えていない。

 ライとクォリエル。わかっている構成員二人がどこにいるか、リーポスは知らなかった。そもそも彼は環焉についてほとんど知らなかった。

 

 ライがあの時許可を取った相手も――リーポスではない可能性が出てきている。わざと伝達の接続先をズラしたのだと。


「コールッタまで行けば、キフティは動きづらくなる。船で空路、というのも諦めるべきかもしれない」

「その辺は好きにすればいいけれど、あんまり無理はしないように。今回のことだって、大立ち回りをしすぎじゃない? アナタ、特に最近だけど……なんでもかんでも一人で一人で、ってやろうとしているように見えるわ」

「実際しているでしょう。仲間も待たずに一人で首魁のもとへ突っ込んだわけですから」


 それは、だって。


「言わなくていいわよ。わかるから。彼らがあなたより弱いからでしょ」

「……」

「恐れるあまり、抗うあまりに恐怖を飲み込んだあなたにとって、あなたの術式干渉を跳ね除けられない者は最早敵ではない……だから、誰よりも我を貫き通す自らが動かなければならない。そんな感じ?」

「……そうだね。多分、そう思ってる。アトラスだった頃はそんなこと絶対に思わなかったけど、精霊の存在を知覚できるようになって、編める術式の幅が増えて……私は多分、調子に乗ってる」


 でも、やっぱり、わかるのだ。

 私の理想に、タイタンの戦士たちの全員が納得してくれているわけではないことくらい。

 盲目的に私を信じてくれるアレスでさえも――私の理想とは違う思想を持っている。


「いずれ、みんなとぶつかる。……守ってもらうだけの関係で築き上げられたタイタンの戦士たちって枠組みは、もう崩壊の途を辿っている。半数がいなくなって、残った半数も……アトラスの娘だから、という理由でついてきてくれているに過ぎない」


 本当の意味での信頼など、私と彼らの間には無い。

 私が悲しむから、殺していないだけ。

 私が苦しむから、効率的な手段を取っていないだけ。

 極大ともいえるその遠慮は、私がアトラスの娘でなければ存在しないもの。 


「キリニー。ジェラルド」

「……そっちは、いばらの道だけど」

「元より私は人形。この世界を維持してくれる限り、私はあなたについていきますよ」

「まだ何も言ってないんだけど」


 ついてきてくれる? という言葉は、紡がれずに消えて行った。

 

*


 一応捕縛という形でリーポスを連れて来た。

 彼の祝福は問答無用で周囲の生命力を奪ってしまうようで、私の「不壊」の祝福をみんなと船にかけることで惨事を免れる次第で落ち着きを得た。


 その後の開口一番が。


「娘子、なぜこのような弱者と共にいる?」


 で。

 開口二番が。


「我と共に新たな組織でも立ち上げようぞ。国を築くでも良い。我と共にいて死なぬ者だけで作り上げる大帝国を!」


 だったものだから、今三人とリーポスは険悪である。主に三人側が。

 リーポスの判断基準曰く、自分と共にいられないものは全て弱者らしく、そのお眼鏡に適ったのは私とライ、クォリエルくらいなものだそうで。

 ただし後者二人は十分に距離を取っての話であり、私程近づいてきたのは初めてだった、と。


「興味がない。私は今の国を守れたら、それでいい。……それがたとえ、あなたの言うような道筋を辿る結果になっても」

「むぅ、そうか。まぁ気が変わったら言え。我がお前を連れ出してやろう」

「変わらないよ、気なんて」

「変わるとも。ヒトは出会い一つで簡単に変わるものだ。我のようにな」


 会話できているようで、できていない。

 既にコールッタへ進路を伸ばしている船の中、雰囲気は最悪に近い。寒くなって来たからキフティには一度術式の世界に帰ってもらっているしで、あまり内側にばかり警戒を向けたくないんだけどな。


「……うん、やっぱり空路は限界があるかな。どこかの港に停泊させられたらいいんだけど」

「コールッタ近辺の港というと、デリスあたりはどうだ?」

「……ちょっと、弱いね。反抗勢力の事を考えると、もう少し攻め入れられにくい港がいい」

「ふむふむ。察するに娘子、お前はこの弱き者達と船を安全な場所に置いておきたいわけだな」

「わざわざ弱き者とか言わなくていい」

「そうか。すまないな、我はあまり他者との会話を行ってこなかった故距離感がわからんのだ。まぁそんなことはどうでもいい。……ふうむふむ。娘子、我に良い考えがあるぞ」


 言いながら、リーポスは術式を編む。 

 環焉のボスでありながら精霊を使うことについては……別に彼自身が精霊を嫌っているわけではないからいいらしい。


「空に港を作ればいい。空間を固める術式と、周囲一帯を水のような性質に書き換える術式。必要なのはそれだけだ」

「……それ、いいかも」


 そして、出てくる発想の的確なこと的確なこと。

 環焉においてもライは彼の事をボスとしてではなくアドバイザーとして使っていたのではないかというほどに、頭のめぐりが早い。

 三百年。その歳月を生き続けた文字通りの生き字引だ。敵うはずもないのだけど。


「大陸上空に港を作ろう。それで余計な勢力に狙われるのも防げる。問題は魔核生物だけど」

「魔核生物なら、魔除けの高花でも置いておけば良いだろう」

「魔除けの高花?」

「なんだ知らぬのか? 魔核生物の嫌う香りを出す植物だ。どのような環境でも育つが、種子を飛ばす知恵を持たぬために広がっていき難い植物でな。花や葉の方は無理だが、種であれば我でも触れられる程に高い生命力を持っている」

「知らなかった。それはどこで手に入るの?」

「……メロップ。その人が言っているのは、毒香の赤片のことですよ」

「え」

 

 それら知っている。

 自白剤などに混ぜて使う、限りなく臭いのキツい毒草だ。


「人間にも効くなら、ダメかも」

「ふむ? ああそうか、我は健やかにあるのでな、臭いを強く感じることがないのだ」


 多少抜けているところもある――けれど。 

 新たな仲間となたリーポスを中心に、残り二つ……いや、三つか。

 その反抗勢力を夢幻に誘って……争いが終わればいいなぁ。


「娘子、自ら叶わぬと思っている事柄については、たとえ脳内であっても言及せぬ方が良いぞ」

「いつかはできるって、信じてるから」

「そうか。余計なことを言った」


 タイタンの戦士たちとの、多大なるしこり。

 精霊と支配の話。環焉の話。

 当初よりの目的である反抗勢力。

 そして散り散りになった元タイタンの戦士。


 最後に――私が生まれ変わったその理由。


 解明しなければならないことは山積みだけど、まぁ、とりあえず。


「目指すはコールッタ、かな」


 船は、北へと進む――。



***

(23/04/09)作者都合により不定期更新化

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