第39話 メロップちゃんと環焉のボス
業火は古城を消し飛ばす。
総称をつけられたことでやる気のさらに上がった火の精霊達が、彼らの慕うアレスの「全力でいいぞ」という言葉によって鼓舞された――恐らく世界最強の一撃。
その放出地点を目安に、テウラスとプレオネは彼のもとに集合できた。
できた、が。
「メロップは?」
「おい、一緒じゃねえのかよ!
「弾かれてしまって……」
三人が三人とも悟っている。
守られた。自分たちが守るべきはずの少女に。
また、守られた。
いつもの結界とは根本から違う、またぞろ新たなる力で、船も三人も無傷だった。
「段々、本当にアトラスに似て来たな」
「ああ、俺達まで守るようになってきやがって……」
「弱いから、でしょう。私達が。結束力もなく、複雑な事象にも対応できない。あの人やあの子自身が強くなるしか安心ができない」
大皇帝アトラス。
初めは「命を奪うこと」を恐れるだけの性質だった。けれど戦火が舞うにつれ、「仲間が傷つくこと」や「喪うこと」も酷く怖がるようになって行った。なって行った結果が、あの空間術式だ。
そしてそれは、今のメロペーも。
「つぅか、敵は何が目的なんだよ。……プレオネ!」
「船内の二人は無事ですよ。特に何かされた気配もありません」
「無事かどうかはどうでもいいけどよ、敵を内側に入れているようなもんだ。シレナってのならともかく、アニーには細心の注意を払えよ」
「フ、今の言葉、メロップに聞かれたら嫌われそうだな」
アトラスと違って、タイタンの戦士たちは敵に容赦がない。
容赦する気が一切ない。ただメロペーが悲しむから抑えているだけで、環焉を名乗る式者や戦士は殺せばいいと本気で思っている。反抗勢力は力で潰すに限る――メロペーの掲げる理想の方が横道であり、こちらの方が正しい圧制であると言えるだろう。
「さっき声は聞こえたが、メロップは……大丈夫なんだろうな」
「今精霊が来た。無事だそうだが、敵と対峙しているらしい。応援に行くか――もう一人いるらしい敵を潰しに行くか、どちらにする?」
「プレオネは俺と来い。テウラスはメロップの方に行ってくれ。そもそも俺には精霊が見えないからよ」
「私は見えますが、まぁアレスは調子に乗ると怪我をしますからね。あの子の前に姿を見せる時、擦り傷でもあったら彼女が悲しむでしょう。治療薬として同行しますよ」
決まった。
決まったなら行動は早い。テウラスはキフティの霧を辿って、プレオネも指示された霧を辿って、真逆の方向へ駆けだす。
即断即決即時判断。悩む時間など、戦地で戦士の持つべきものではない。そういうのは参謀だったゲルアやアトラスがやればいい話なのだから。
前で戦う戦士は、ひたすらに敵を倒せばいいだけだ。
*
私の大陸統一宣言に、ライは少し呆気に取られて……そのまま、クスクスと笑い出した。
「ああ、ごめんね。貴女の理想を笑ったわけじゃないの。ウチのボスと同じようなことを言うから、やり方が違うだけでこんなに心象に違いが出るのね、って」
「環焉のボスは、どんな思想を?」
「支配からの脱却、といっても、別に帝国の支配を跳ね除けようとしているわけじゃない。私達が消し去ろうとしているのは、精霊。ボスは全身全霊を以て精霊をこの世界から排除し、人間の世界を作る、と言っていたわ」
精霊を、排除する。
……相容れないな。
「だから異族を攫って使い潰しているの?」
「わ、すごい。そこまで飛躍して考えられるのね」
「魔核生物や精霊の混血である人間の子供。……仮にこの世から精霊を排除できたとしても、それらがいる限り新たな隔たりが生まれる」
「ええ、そういうこと。どう? タイタンの大帝国に歯向かう気は無いから、こっちと手を組まない?」
環焉の敵は精霊だから、帝国の敵ではないと。
よくもまぁそんな軽口を叩けるものだ。
「タイタンの戦士たちにも異族はいるし、私自身が精霊に密接な関係を持っている。だからその手は取れない。だけど、聞きたい。何故環焉の頭は精霊を排除したいと思っている? そもそも支配なんかされていないのに」
「そう? 今の世界は、何をするにしても術式術式。式者とそうでない者の間には大きな隔たりがある。抵抗も出来ずに呪いをかけられたり、内容も確認せずに契約を結んだり。でもそんなこと、精霊がいなければ起きなかった話でしょ?」
「悪意が無ければいいだけの話。精霊だろうが取引だろうがそれは同じ。精霊は関係ない。――だけど、わかった。和解の余地はないと判断した」
「判断が早すぎない?」
「ライ、貴女は屁理屈しか言わない。本心が何もない。貴女との会話は時間の無駄」
術式を編んでいく。
探知の術式。それは、先ほどライが使った伝達の術式を辿るためのもの。
「酷いことを堂々と言うのね。――じゃあ、やっぱり全面戦争?」
「戦争にすらならない。全てが夢幻に誘われ、結果帝国が、あるいは人類が傾きゆくのだとしても、私は命を奪わない」
「結果的に全世界を殺すことになっても、ってこと?」
「うん。……多分、それが"精霊の愛し子"の辿る運命だから」
騒動の中心にいて、その一挙手一投足が世界の命運を担う。
それが"精霊の愛し子"。……確かに、この世界が精霊に支配されているという話は私の存在が裏付けになっているようにも見えるけれど。
――捉えた。
「ライ。――おやすみ」
「その前にばいばい!」
ばちゅん、と。
ライがインクに変わる。いや、はじめからインクだったのだろう。夢幻の術式は空を切る。
残されたのは、ただ虚ろな表で立つヴィルディだけ。
「メロップ! 無事か!」
「あ、テウラス。丁度いい所に。ヴィルディ任せた。夢幻にいるから危険はないよ」
「いや待て、どこへ行く気だメロップ」
「環焉の頭の所」
「な、待」
て、までは聞こえなかった。
私が転移術式を使ったからだ。どうにも、地続きにない場所のようだったから。
――そこは、あらゆる植物の枯れた場所。泉は干上がり、動物も白骨化している。
ここは、結界の中、か。
「……結界をすり抜けて転移してくるとは、中々の技量だな、娘」
「自分から穴を開けたくせに、何を言っているの?」
「ほう、わかるか。良い、良い。……名を名乗れ、娘」
「メロペー」
「では我も名乗ろう。リーポスという。以後よろしく頼む」
尊大に言う青年。
見た目は普通の人間だけど、周囲がこれほど死に絶えているのに、彼だけは生命力にあふれているのが異質だ。
異族、という感じもしないが……。
「娘。これから我と共にいないか?」
「五歳児を口説くって、そういう趣味の人?」
「それを言われては、我は誰も口説けなくなる。齢は三千を超えるのでな」
異族ではない。もう一度確認する。
だけど、これは。
「我の近くへ来て、生命力が吸われない人間は初めてだ。メロペー、お前がいれば、我はもう孤独を感じずに済む」
「……呪い。いや、祝福?」
「ほう! 慧眼だな。そうだ、我には精霊の祝福がかけられている。『常に健やかであれ』という祝福がな。それのせいで我は健やかであり続けなければならない。周囲から生命力を吸い上げてでも、人間の寿命をとうに通り越してでも、だ」
……無理だ。
この祝福は、解除ができない。解除したらこの人が死ぬ。自然死ではなく、あまりにも深い所にまで術式が入り込んでしまっている。
祝福と同化している……に近い。
「環焉を作った理由は、何?」
「おお、いきなり話を変えるな。環焉。環焉か。別に我が作ったわけではない。勝手に集った連中が勝手に名乗っているに過ぎん。環焉の構成員は、その誰もが精霊によって不幸を背負った者達だ。だからこそ結束力も高い」
精霊によって不幸を背負った者達。
……成程、だからライは私を誘ったのか。
「私は今、精霊の力でこの大陸を再統一しようとしている。その目的の前に、あなたたち環焉が立ち塞がっている」
「精霊の力で、再統一とは、意味が分からんな。既に支配されているものを再度支配するのか?」
「この世から争いを消すために」
「消してどうなる。いや、何になると聞くべきか。我もそこそこ長い間生きてきたが、ヒトというのは争うことでしか発展を望めない生き物だ。平和は停滞を生み、膠着は不満を生む。争いのない世界など、ヒトのいない世界くらいだろう」
「そうなるというのなら、そうしてみせる」
たとえ全人類を夢幻に誘っても。
そこにタイタンの戦士たちが含まれていても。
私はそれを実行する。
「……面白い。それは面白いな、娘子。よし、気が変わった」
リーポスは、私の目をじっと見る。術式の干渉があるわけでもないのに、深淵のように深い瞳。
「我、環焉のボスをやめるぞ! そしてお前についていく! お前の作る世界を見たいからな!」
「――え?」
そんな思慮深そうな瞳に反して、口から出たのはなんとも言えない……取り繕わずに言うと、アレスよりも馬鹿っぽい発言だった。
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