Re.Re.

茶里

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「おめでとうございます!片道タイムマシンの旅に当選されました!」


インターホンが鳴り玄関の扉を開けると、スーツを着た男がテンション高く話しかけてきた。

誰?タイムマシンの旅?当選?

10秒にも満たない案内だったが、普通に生まれ普通に育ち普通に生きている私にとってそのインパクトは、脳をフリーズさせるのに十分だった。


「日本国民1億3000万人の中からの審査や調査を経て、世界で初めてタイムマシンに乗れる方にあなたが選ばれたのです!実におめでたい日ですね!」


「……えっと、よく意味が……」


フリーズから復活しつつあった脳が抵抗の意を兼ねて、何とか言葉を発する。

するとスーツの男は私のことを見て首を傾げた。


「うーん、混乱しているのですかね。では改めて説明させていただきますが、その前に上がってもよろしいですか?聞かれるとまずい話もありますので」


声を潜め顔を近づけながら男は言う。


普段ならこんな怪しい男を家に上げるわけがないのだが、人は混乱しているときに勢いで許可を求められるとNOとは言えないらしい。


結果として、俺は家の中に男を招き入れることになった。


「では失礼します。あ、おもてなしは大丈夫です。すぐお暇致しますので」


勝手知ったりといった風に床に座った男は、私が対面に座るのを待って話し始めた。


「あなたは、タイムマシンに乗れます。タイムマシンは一度だけ好きな時代に行くことができますが片道です。戻っては来れません。過去にいる自分に意識と知識の同期を行うためやり直したいことなどありましたら、過去の出来事を変えるチャンスですので現在よりもよい生活をすることも可能です。逆もまた然りですがね……概要としては以上ですが、最後に一点、タイムマシン使用後一時的に記憶の混濁が起こる場合がありますが数時間たてば元に戻るのでよろしくお願いします。」


これ以上ないほど胡散臭い説明をした男は、言葉をつづける。


「なのであなたには行きたい時代を選んでいただきたく思います。そしてその時期をうかがうために私は出向いたわけです。私にこの時間、時代に戻してくれと言ってくださればいつでもお連れ致しますよ」


胡散臭いとは感じる。しかし、男の発言には説得力があり嘘を言っているような雰囲気はなく感じた。しかし答えを出すには時間が足りなかった


「……少し時間をください」


その反応は当然であろうと予想していたように、男はうなずき、腕時計を確認した。


「承知いたしました。失礼ですが、刻限を設けさせていただきます。……1時間後にうかがわせていただきますのでよろしくお願いいたします。それでは失礼します。」


男は立ち上がり、玄関から出ていった。玄関が閉まるのを確認し、考え始める。

1時間で乗るかどうか決め、どの時代に行くかも決めなければいけないらしい。


『まず、どうせなら行く方向で考えたいよな』


胡散臭いとは散々感じているが、やはりロマンは捨てきれない。

私は軽く現在に至るまでの”良いところリスト”を作成した。


『やっぱ戻るなら高校時代かな。正直一番楽しかったし、修学旅行とか部活とかさ、まさに青春って感じだよな。でも大学受験したくない気持ちもある。』


意識や知識が同期されるといっていた。現在の俺の学力じゃ、入れるところはどこもないだろう……死ぬ気で勉強するのであればアリかもしれない。候補とはしておこう


『中学時代……うーんあまりいいイメージがない。正直ここも学力面から高校に行ける気しないから見送りかな。いや、待て、中学校時代には俺がずっと片思いしてた女の子がいるんだよな。その娘と仲良くなれるのであればアリかもしれない……』


『小学校時代、問答無用で楽しかった時期、戻る候補地としては大いにアリだ』


小、中学時代も候補入りだ。


『そして大学生時代、社会人時代、自由度や金銭面から色々できることが増えた時期だ、就職活動のうまい立ち回りができたり、事前に起こるミスとかわかってたら無双できるんじゃないのか?これも候補だなぁ』


思い描いたすべての時代が候補となった私は、さらに頭を悩ませることになった。

小学校時代か中学校時代か高校時代か大学時代か社会人時代か。


考える。考える。考える。考える。


考えているとインターホンが鳴る。時計を確認するとどうやら1時間たっていたみたいだ。


『まだ決まってないぞ……このまま勢いで決めるか?でもせっかくの機会だししっかりと選びたい!あともう少し時間があれば、満足いく答えが出せたのに……時間が……あ、れば……』


そこで一つの考えに至る。不正みたいなものだが発想の勝利だ。


「お約束の1時間が経過しました。お伺いしてもよろしいですか?」


答えはもう決まった!よくわからない胸騒ぎを除けばベストな選択だと思う。


「はい……私を、あなたが来た時間の手前まで戻してください!」


自信満々に答える私に対して男は、目を閉じ嘆息する。


「・・・・・・承知いたしました。次回は記憶の混濁が起こらないことを願います。」


「は?」


男の腕時計が光り、私の視界がゆがむ。ゆがんだ視界の中で男が発した言葉の意味を考える。そういうことだったのか。男の言動に妙な納得感を覚えたのも、男の振る舞いが勝手知ったりだったのも、答えを決めたときの胸騒ぎも全部そういうことだったんだと気づいた。


ゆがんだ視界がもとに戻る。インターホンが鳴る。


玄関の扉を開くと男が立っていた。


「おめでとうございます!片道タイムマシンの旅に当選されました!」


誰とも知らない男はテンション高くそう言った。










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Re.Re. 茶里 @frescanab77

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