不思議な天の声(KAC)
しぎ
不思議な天の声
(聞こえますか――今あなただけに直接語りかけています――)
アニメキャラのような高い声が聞こえてきて、俺はあたりを見回す。
「お兄ちゃん?」
下から聞こえる妹の声。
10才の妹も年齢相応のはしゃぎ声だけど、さっきの声とは全然違う。
「お前、今何か言った?」
「え? 別に? それよりお兄ちゃん、お願いだめ?」
妹のあおいがそう言って視線を向けてくる。
もう10才なんだから、そろそろ兄にねだることは止めてほしいな……と思いつつも、逆らえない。
「……一回だけだぞ」
俺は目の前の台に向かう。
どこのゲーセンにも置いてある、ガラスの中の景品を上からアームで掴むアレ。
(あなた以外には聞こえていません――今あなたは、可愛い妹のために私の仲間を取ろうとしています――)
まただ。俺はもう一度あたりを見回す。
いつも来ている、駅前ショッピングモールの中に入るゲーセン。
土曜日の昼下がりとあって、店内はそこそこ混み合っている。
幼い子供に連れられているお父さん。
いちゃいちゃしているカップル。
俺のように、アーケードゲームをやりに来たと思しき手慣れた人たち。
……その中に俺の知り合いはいないし、俺に声をかけてくる人もいない。
(ここです、ここ――あなたがプレイしようとしている台の中です――)
……は?
俺は台の中のぬいぐるみに目を凝らす。
……正面の一体の尻尾が、わずかに動いた気がした。
***
――俺がこれから取ろうとしているのは、今小中学生の間で流行っているソシャゲのマスコットキャラクターのぬいぐるみだ。犬とも猫ともつかない身体に白い尻尾、うさぎのような大きな耳。ゲーム中では、不思議な力で主人公をアシストしてくれるらしい。俺はやってないからよく知らんけど。
あおいもこのゲームのプレイヤーであり、こうして俺がゲーセンに行くのについてきて、入り口すぐの台で目が止まって、俺にねだってきた。
……これだからあおいを連れてきたくなかったんだよ、今日は俺がいつもやってるゲームの新機能が実装されるから行かなきゃいけなかったのに、こういう日に限って両親ともに仕事だ。正直、あおいももう10才なんだから、一人で留守番ぐらいできるだろう。
というか、あおいだって小遣い渡されてるんだろう。
「お前、自分で取れよ」
「でも……あたし小遣い使い切っちゃったし……こういうのやったことないし……」
ごめん、俺もやったことないんだこれ。
友人のやるのを横目で見てたことはあったが。
「俺も別に何回もしたことねえよ……」
「でもお兄ちゃん、いつもゲーセン来てるじゃん」
そういう問題じゃねえんだって。
(大丈夫です――私がアシストしてあげます――)
また脳内に響く声。
「……本当か?」
あおいの……認めたくはないが可愛い妹の前で、失敗したくもない。
俺はわらにもすがる想いで、小声でささやく。
(はい――)
やっぱり、正面一体の尻尾がわずかに動いた。
うさんくさいが、信じるしかない。
俺も16才、それなりに世の中はわきまえてきたつもりである。
***
(さあ、100円玉を入れて――)
俺は財布の中から小銭を一枚握りしめ、投入口にチャリンと入れる。
台の内部がわずかに光り、アームが上昇していき、一定の高さになったところでストップ。
(私の右隣の仲間を狙ってもらいます――アームを横に動かして――)
手元のボタンを押し続けている間アームが横に、奥に動く、定番のやつ。
俺は「→」と書かれたボタンを軽く押し込む。
「……いいのか、仲間とやらを取って?」
(――大丈夫です――むしろ私達は、取られるために生を受けているのですから――)
うわ、本当に返事返ってきたよ。
冷静になったらおかしなことだらけだが、兄としての威厳を見せるためにも信じるしか無い。
(ストップ!!!)
脳内に響く叫び声で、手をボタンから離す。
「お兄ちゃん……?」
あおいがどうしたの、と言わんばかりに覗き込んでくる。
俺も今何が起こってるのか聞きたいよ。
(――次にアームをこちらへ近づけてください――もう少し――)
「↑」と書かれたボタンを押す。力がこもる。
(――ストップ!!!)
もううるさいよ。
俺の手が離れると、アームはその場で下降を始める。
そして、二本のかご状の突起がゆっくりと開いて……
――ぬいぐるみに付いているタグ、その輪っかをがっちり掴んだ。
***
(――ありがとうございます)
……こちらこそありがとうな。
不審に思う気持ちは、あおいの喜ぶ顔ですべて吹き飛んでしまった。
「で、お前はなんなんだ?」
……もう、返事は返ってこなかった。
そして、そのぬいぐるみをあおいが家に持って帰っても、何の声も聞こえなかった。
ついでに、もう一度ゲーセンでその台の前に立ってみても、何も聞こえなかった。
――なんだったんだろう。
不思議な天の声(KAC) しぎ @sayoino
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