第12話 オススメ本大賞とオヌヌメ本大賞

1月の末のことである。

オススメ本大賞候補作10作が発表された。その中の1作に、なんとゆいおっぷが入っていた。

さしす書房セントラル矢戸東の店内出入り口付近にオススメ本大賞ノミネート作が並べられている。その中で一際大きな山になっているのがゆいおっぷだ。本の帯には『祝30万部突破』と書かれている。河野はそのゆいおっぷの山を見てため息をついた。

本当にこの本をみんなが面白いと思っているのか?

河野はそんなモヤモヤした気分を抱えて店内奥のバックヤードへ向かった。

バックヤードにはダンボール箱や過去のキャンペーンの拡材のポスターなどが雑然と並んでいる。棚に並べられない本の在庫や、返本になってしまう本なども置かれている。

愛羅武優が山積みになっていた。全部で19冊。全て返本だ。ポップを作った日に売れた1冊以外はさっぱり売れなかった。河野はPDA端末で愛羅武優のバーコードを通すと、一冊一冊丁寧に箱に詰めていく。

「手伝いましょうか?」

丸がバックヤードに入ってきて、河野の姿を見るなりそう言った。

「ああ。そこの愛羅武優のところに積んであるやつ、全部返本だ。俺がPDA通すから、丸はダンボールに詰めてくれ」

「わかりました」

丸は返事をするなり、ダンボールに本を詰める作業を河野と代わった。河野は淡々とPDAで返本する本のバーコードを通している。

丸が唐突に口を開いた。

「オヌヌメ本大賞取ったらしいですよ」

「何がだ」

丸はダンボールに詰められた愛羅武優を指差す。

「この本です。愛羅武優」

「どうせネットだろ。誰も知らねえよ」

「ネットもバカにできませんよ。現にこの店の愛羅武優、全然売れなくて返本になってるじゃないですか」

河野は黙った。黙るしかなかった。俺が思う面白いって、もしかして、独りよがりだったのか?

河野は無言のままPDAで本のバーコードを通し続けた。


夕日がセントラル矢戸東の喫煙場所のスタンド式の灰皿を照らしている。河野はベンチに座り、タバコを吸っている。タバコを口から離し、ゆっくりと煙を吐く。夕暮れの空にタバコの煙が力無く棚引いていく。手元にある燃えさしのタバコを見ると、妙に気持ちが萎える。徒労感が癒えない。

自分が思う通りの仕事をしても、結果につながらない。反対に、自分が良くないと思うことが罷り通るが、それが店の大きな利益になっている。納得がいかないが、現実は覆らない。

河野は立ち上がり、燃えさしのタバコを灰皿に押し付けた。投げやりな気分をタバコと共に灰皿に押し付ける。

不意に河野の目の前に開いた本が突き出された。本はカバーの折り返しの近くにサインが入っている。

「なんだ」

「俺っす」

河野に本を突き出したのは陸だ。

「元気ないっすね」

「愛羅武優は今日、返本した。もう今は全部伝票を貼り付けた段ボールの中だ」

「マジっすか」

河野はベンチに座り込んだ。陸はその隣に座ると手に持った本を閉じて表紙を河野に見せた。愛羅武優だ。

「今日、著者の奈良木先生に会って、本にサインしてもらったっす。俺、天狗だから相当びっくりしてましたけど」

「そりゃそうだろ」

河野は力無く笑った。

「これ、あげるっす」

「いいのか?」

「河野さんだけじゃないっすよ、この本が面白いって思ってる人」

河野は陸の手からサイン入りの愛羅武優を受け取った。

「俺も、この本面白いって思ってるっす」

「お前は、天狗だろ」

「でも、100年生きてるっす。人間は100年で面白いと感じるものを変えちゃうっす。飽きっぽいっすよ、人間は。この愛羅武優もいつかはみんなが面白いと思うものになるかもしれないっす」

「そうだといいけどな」

河野は笑った。陸も河野と共に笑った。

夕日が笑い合う二人を照らした。


翌日、河野はいつものように出勤した。

昨日作ったオススメ本大賞ノミネートのコーナーのゆいおっぷが早速5冊減っていた。カウンターに行くと、若林店長がゆいおっぷのスリップを見て満面の笑みを浮かべていた。河野はその笑顔を気持ち悪いと思った。しかし、よくよく考えてみたら、ウチで売っているものが売れて悪いことというのは無い。全くない。むしろ、返本の嵐になり、店が潰れて、皆が路頭に迷う方が良くない。本が売れれば売り上げ目標だってクリアできるだろうし。いいことづくめだ。店長の本を見る目は確かだった。それでいいじゃないか。河野はそう考えて自分を納得させた。

「すいません」

10代くらいの男性客がレジの近くから、カウンターの中に声をかけた。

「なんでしょうか」

河野が男性客に近寄った。いつものような接客モードに入る河野に、男性客は驚きの言葉を投げかけた。

「あの、愛羅武優って小説、在庫ありませんか?」

河野は一瞬固まった。なんということだ。その本は昨日返本して、今頃はトラックの中か倉庫の中だぞ。河野は気を取り直して男性客に説明した。

「大変申し訳ございません。現在、その本は在庫を切らしております」

「ああ。そうですか」

河野の言葉を聞いた男性客は肩を落として店を出て行った。

返本したばかりの本をタッチの差で客が買いに来ることはよくあることだ。しかし、今日ばかりは何かの運命を感じてしまう。とてつもなく報われない運命を。

河野はため息をついた。ため息で吐いた息をタバコで吸い直したい気分に襲われたが、堪えに堪えて売り場へ出た。今日も河野には新しく届いた新刊本の品出しが待っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゆいおっぷ 大魚佳苗 @doramojak

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ