さらばぬいぐるみシャーク
奇妙な状態だった。シャッターや防火扉で廊下は迷路のように区切られ、それを補強するように土のうのようなものが積まれている。
「あれがバリケードかい?」
ジャックが聞く。
「いいや。バリケードはもっと奥だ。ありゃあ別のもんだな」
「別って?」
今度はベニーが尋ねた。
「爆薬さ」
「え?」
「は?」
平然と答えたマックスを、二人は呆けたような顔で見る。唐突かつ自然すぎる態度で、意味を測りきれなかった。
「硝酸アンモニウムを使った爆薬だ。レバノンの大爆発の犯人さ。威力はTNTに劣るが、とにかく量が容易できる。元は肥料だからな」
「ああ、つまりサメたちがシャッターを突破してきた時に使うんだね?」
「それじゃあ遅えだろ。奴らが来る前にこのショッピングモールを粉微塵にするのよ」
「ちょっと待ってよ!」
ベニーが叫ぶ。ヒステリックになってはいたが、それも当たり前だった。
「それじゃ私たちはどうなるの!?」
「どうだろうな。運が良けりゃ生き残れるんじゃねえか?」
「待ってくれマックス。なんでそんなことを?生き残るならもっといい方法がありそうなものじゃないか。一緒に考えて」
「生き残る?お前らは見てねえから言える。ここに何万のサメ野郎がいると思ってる?そいつらが全部外に出たら?どうせ人類は終わりかもしれんが、せめてそれを遅らせるのがヒーローってもんだろ?」
「ヒーローですって?」
「そうさ。俺あヒーローになりたかったんだ」
マックスは振り向くことなく迷路を歩き続ける。その目は見開かれ、血走っていた。
「こんな場末で燻っちゃあいたが、いつか時が来ると思ってた。それが今だ。俺はみんなを救わなきゃいけない。そうだろ?」
ジャックはベニーの手を取って引き返そうとする。
「無駄だぜ。お前らが入ったドアが最後の出入り口だ。他ももうふさいである。サメに逃げ出されちゃ困るからな」
そうだった、とジャックは気づく。ぬいぐるみの侵入を防ぐのに、わざわざ鎖をつけて鍵をかける必要はない。あれは人間の移動を阻止するためのものなのだ。
「これもきっと運命さ。偉業には見届ける人間が必要だからな。そら!着いたぞ!」
マックスが鉄扉を開けると、警備員の控え室に出た。テレビには監視カメラの映像が映る。広々とした空間で泳ぐ無数のぬいぐるみシャークと、床に転がる多数の白骨死体。
「これって」
ベニーがマックスを怖々と見つめる。
「感染症対策でな。あいつらきれいに食べてくれるぜ。ああ、心配すんな。俺が殺したのは二人くれえだ。お前らは今さら殺さねえさ。時間の問題だしな」
一斉に起爆するためだろう。部屋には起爆用のコードが蛇のように這っている。マックスは本気だった。
ジャックはどうにかマックスを抑え込もうとするが、ショットガンを持つ彼は隙を見せない。もし銃を奪い取れても、あの大男相手では絞め殺されるのがオチだろう。万事休すか。
焦りを隠して目を動かすジャックが、天井の隅でもぞもぞともがく何かを見つけた。
「マックス!上だ!」
「おいおい、いくら俺の学歴が低くても、そんな見え見えのーーーーぐあっ!!」
音もなく舞い降りたぬいぐるみが、マックスの首筋を裂いた。血が吹き出す。
マックスはさすがの根性で反撃し、ぬいぐるみをナイフで真っ二つにした。白い綿毛が散って、すぐに血潮で赤く染まる。
「見て!まだ出てくるわ!」
天井の隅、老朽化で開いた穴から、青いサメたちが体をよじって出てくる。相手はふわふわのぬいぐるみ。少しの隙間があれば、変形しながらでも通れるのだ。
「クソッタレのボロ屋め!クソっ、やってやる!やってやるぞ!見とけよお前ら!」
無数のぬいぐるみに囲まれ、血まみれになりながらも、マックスは起爆装置を掴む。
「ジャック!」
ベニーの悲鳴。ジャックは弾かれたように彼女の手を握って走り出した。
「もう遅いぞ!どこへ行っても同じだ!」
マックスの呪いのような言葉に送られて、二人は控え室を出る。
「どうするのジャック!?あと十秒くらいで」
「あいつは死体を投げ捨ててた。近くにモール中央への扉がある!」
「中央!?行ってどうするの?まさかサメたちの中に飛び込むっていうんじゃないでしょうね!?」
「そのまさかだ!」
中央に通じる両開きドアには、大きめの家具がダクトテープで止められて置いてあるだけだった。ぬいぐるみシャークの侵入を防ぐだけなら、これで十分だったのだろう。
全力の体当たりで突き抜けると、吹き抜けを埋め尽くす大量のぬいぐるみが宙を泳いでいた。
「飛び込め!」
「そんな……ええい!」
ベニーも覚悟を決め、二人は殺人ぬいぐるみの海に見を踊らせた。
同時に全方位からまばゆい輝き。ショッピングモールは一瞬膨れ上がると、大爆発と共に消えた。
「……なるほどね。ぬいぐるみをクッションにしたわけ?」
ベニーがサメの中でつぶやく。ぬいぐるみは衝撃波と瓦礫を受けてズタズタになり、もう動かない。
「賭けだったけどね。これしかなかった。爆破の中心だからこそ、瓦礫も吹き飛んで潰されない」
「でもこんな都合よくサメが全滅するかしら?クッションになるなら生き残りもいそうだけど」
「ああ、それは僕にもよく……」
消耗しきって動けない二人の上を、ヘリが横切った。風を叩く轟音に続いて、放送が流れる。
『市民の皆さん。安心してください。災害は終わりました。ぬいぐるみを動かす特殊な電波をジャミングする方法が見つかったのです。各地のサメのぬいぐるみは鎮静化しつつあります。軍の指示に従って……』
唐突な救い。二人はぼうっとしながらそれを聞いていた。
「……彼は、無駄死にってことかしら?」
ベニーの疑問。だがジャックはそれを否定した。
「いや、彼がここでぬいぐるみたちを押さえていなければ、被害が拡大したことは間違いない。それに僕たちも死んでいた。彼はヒーローさ。僕たちだけでも、そう思っておこう」
「そうね……」
日はまだ高かった。一人の英雄の活躍は、こうして終わった。
IK〇Aのぬいぐるみシャーク @aiba_todome
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