IK〇Aのぬいぐるみシャーク

@aiba_todome

ぬいぐるみシャーク

 20XX年、コロナでヤバい人類に、さらにヤバい災厄が襲いかかった!そう、サメである!


「ギャアアアアア!ぬいぐるみがあーっ!」


 血まみれで倒れる男!その上に乗っかっているのは、ゆるい面構えの青いぬいぐるみ。そう、サメのぬいぐるみだ!

 某家具メーカーが何かの気の迷いで作り出し、そのアヴァンギャルドなデザインセンスから瞬く間に人気となった例のぬいぐるみである。それが突如として凶暴化し、歯とも呼べない布の塊で人肉を食い千切り始めたのだ。


 ブームによって生み出され、忘れられると捨て去られたぬいぐるみたちの怨念か。はたまたそんな教育的な話など薬にもしたくない、単なる不条理か。

 いずれにせよ、全世界で数百万のサメが解き放たれたのだ。大混乱である。異様な機動力で飛び回るぬいぐるみには、軍隊も容易に対処できない。

 そもそも住宅地や都市部から湧いてくるのだ。強力な兵器など使っては余計に被害が出る。さらに悲劇のおこぼれを狙って無法国家が蠢動し、人類滅亡まで秒読みとなっていた。




「早く!こっちへ!」


「待ってジャック!あの人たちは!?」


「間に合わない!ベニー、早く入って!すぐに閉めるぞ!」


 二人組。男と女が駐車場を走る。車は使えない。どこにぬいぐるみが潜んでいるか分からないからだ。友人たちはそれで喰われた。

 二人が目指すのは郊外にあるショッピングモール。籠城するにはもってこいの、こういったモンスターパニックにおいてはお約束の場所だ。


「待ってくれ!置いてかないで、ギャアアアア!!」


 太った男の腹に、ぬいぐるみの尖った頭が突き刺さる。まるでドリルのように太鼓腹に潜りだした。もう助からないだろう。

 ジャックとベニーに着いてきていた数人の仲間たちが、次々追いつかれて喰い殺される。二人はジムで知り合ったカップルで、ランニングは毎日の趣味だった。こんなところで生死を分けることになるとは夢にも思わなかったが。




 ガラス張りのドアに飛び込み、震える手で鍵を閉める。

 数匹のぬいぐるみシャークが体当たりをしかけるが、所詮はぬいぐるみ。傷つくどころか音もしない。どうやって噛み付いているのかは分からないが、鋭い牙以外はぬいぐるみそのものなのだ。


 何度も扉に体当たりするが、無意味だと知るとサメたちは帰っていった。

 ようやく訪れた安全な時間。二人は長いため息をつく。


「助かった、みたいね」


「しばらくはね。まあ贅沢は言えないさ。あれだけいた仲間が、もう僕たちだけだ」


 へたりこんでいたジャックが立ち上がる。疲れてはいるが、とにかく水が欲しかった。


「ベニー、欲しいものはあるかい?幸い電気は通じてるみたいだし、何でもあるよ」


「そうねーーーーージャック!!」


「え?」


 ぬいぐるみの体に破壊力は無い。しかしそれは動きに一切の音を伴わないということでもある。

 ジャックの頭上には三匹のサメがいた。


「うわああああああ!」


 飛びかかってきた一匹を倒れながら掴み、残り二匹を脚でどうにか払いのける。

 しかし無理のある体勢だ。軽いぬいぐるみとはいえ、力は相応にある。ふわふわした牙がジャックの眼前に迫った。



「ちくしょう!こんなところで!」


 断末魔の叫びを上げかけたその時、ジャックの周りを泳いでいた二匹のサメが同時に弾けた。耳をろうする銃声。ショットガンだ。

 そして岩を削るような足音が駆けてきて、ジャックの眼前のぬいぐるみから、コンバットナイフの切っ先が生えた。


 動きを止めたぬいぐるみをどけて、ジャックは恐る恐る救い主を見る。

 筋骨たくましい大男がそこにいた。


「ようこそクソッタレ。ここは地獄だぜ」


 




 男はマックスと名乗った。このショッピングモールの警備員らしい。手際よくドアに鎖をかけ、バリケードを積みながらマックスは話す。


「馬鹿なことをしたもんだ。ここをどこだと思ってやがる?奴らの巣だぜ?在庫はごまんとある」


「言われてみれば、その通りだよ。本当に馬鹿なことをした。君が助けてくれなけりゃ、あのままエサだ」


「ねえ、まだサメが来るんじゃないの?」


 不安そうなベニーを、マックスは鼻で笑う。


「来るんならとっくに来てんだろ。あいつらはほとんどモールの中心にいる。俺がシャッターで閉じ込めたんだ。残りはああやって飛んでるが、もうほとんど始末した」


「すごいな」


 ジャックは素直に称賛する。実際、英雄的な活躍といえた。彼がいなければ二人はとっくに死んでいたのだ。


「ああ。ここには十年いるからな。土地勘がある」


「じゃあ、ここでしばらくは暮らせそうね」


 ベニーが安堵するが、マックスはそれを無情に否定した。


「無理だな。シャッターを見て回ったが、奴ら少しずつ削ってやがる。バリケードでも全部の道をふさぐのは無理だ。資材が足りねえ。三日ももたねえだろうな」


「なんだって!?」


「安心しろ。対策はちゃあんと考えてんだ」


 マックスの自信ありげな態度に、二人はひとまず納得する。マックスの実力は明らかだったからだ。

 案内されるまま、ジャックとベニーはショッピングモールの奥へと入っていった。

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