おじいちゃんのティディベア

編端みどり

思い出のティディベア

「じゃあ、今日は海の本屋さんね!」


ショートカットの少女と、髪をハーフアップにした少女。二人は親友だ。同じ学校に通う、高校生。


本好きな女子高生二名は、放課後のお楽しみである本屋へ向かう。海の本屋は、海中にある。水圧を軽減する為様々な仕掛けが施された本屋は、透明な素材で出来ておりまるで海中を歩いているようだ。


「今日はサメ、来ない?」


「大丈夫だよ! ほら、店員さんもちゃんといるし!」


「そうだね。今日はなんの本買おっかなぁ。バイト代、入ったばっかりなんだ」


「いいなー。あたしは来週だから金欠でさ。あと千円しかないの。だから、本屋さん巡りは来週までお預けね」


「えー……良いじゃん。買わなくても行こうよ」


「見てるだけなんて我慢できないもん。絶対一冊は買っちゃうし」


「分かる! あーあ、もっとお金、欲しい」


「ほんとほんと。コスメも買いたいし、ティディベアも欲しいし」


「ティディベア?」


「うん。あ! 本があるじゃーん!」


ショートカットの少女が本棚から取り出したのは、アンティークのティディベアが表紙の本だった。


「コレ。このティディベアが欲しいんだ! 高いから、大人になったら買えるかなって。本なら買えるかな? いくらだろ……? げ……これ、二千円もする……!」


「足りないじゃん。今度にしたら?」


「だよねー……残念」


「あ! でもコレ雑誌でしょ? 次の号と入れ替わったりしない?」


「待って……店員さんに聞いてくる!」


少女はカウンターに本を持って行き、落ち込んだ様子で帰って来た。


「明日には入れ替えちゃうんだって……」


「そっか。なら千円貸そうか? これ、ラスイチじゃん。欲しいんでしょ?」


「駄目! 金の切れ目は縁の切れ目って言うじゃん! どうしても困った時ならともかく、自分が我慢すれば良いだけなのに大事な友達のお金を使うなんて駄目!」


「ホントに良いの? ちゃんと返してくれたら良いだけだし、来週くらいまでなら待つよ」


「……大丈夫。ありがとね。ねぇそれより、他の本探そうよ。千円で買える本、見つけよう」


それぞれ分かれて好みの本を探していたが、ショートカットの少女はいつの間にか先程の雑誌の前に戻って来てしまう。


しかし、買えないものは買えない。他の本を探していたがどうしても諦めきれず、何度も棚に戻って来てしまう。三度目に棚に戻って来た時、欲しかった雑誌は消えていた。


縁がなかったんだと諦め、好きな作家の小説を見つけ出し購入し、海の本屋でゆっくりと読書に耽っていると、大量に本を買った友人が話しかけて来た。


海の本屋は、閲覧スペースが複数ありうるさくしても良いスペースと、静かにしないといけないスペースがある。少女達は読んだ本の感想を語り合いたいので、いつも談笑可能な場所を選んでいた。海中の珊瑚礁が美しく人気のスペースだが、本日は人も少なく快適だった。


「ねぇ。ホントにあの本買わなくて良かったの?」


高価な学術書を読んでいた友人が、心配そうにしている。本好きな二人は、好きな本を見つけたらすぐに買う。特に雑誌は、タイミングを逃せば二度と手に入らない。


「良いの良いの。あたしが欲しいのは、ティディベア本体だし」


「あれって超有名なメーカーのティディベアだよね? 部屋にぬいぐるみなんてないのに、なんで欲しいの?」


「あのティディベアは特別なんだ。実はね、アレと同じやつ、子どもの頃持ってたの。おじいちゃんが作ったんだ」


「え、あの工場ってめっちゃ有名だよね? おじいさん、あそこの職人さんなの?」


「……うん。もう死んじゃったんだけどね。おじいちゃんが作ったティディベアは、足に刺繍がしてあって番号が振られてるの。あの番号……間違いなくあたしが持ってた物なんだ」


「あー……あのメーカーって、作家さんが分かるようにマーク付いてるもんね。おじいさんが亡くなったんなら値段吊り上がってるんじゃ……?」


本の表紙になるくらいだ。あのテディベアがいくらか分からないが、高価である事は間違いない。そう思った少女の疑問に答えるように、ショートカットの少女は自身の身の上を話し始めた。


「そうなの。うちにもおじいちゃんのティディベアがいくつかあったんだけどさ、お父さんリストラされちゃって……お金なくてさ。あ、今はもう再就職したし大丈夫。けど、あの時はホント貧乏でさー……おじいちゃん、俺が死んだら値段が上がるし、会社に話をしてあるから家にあるティディベアを全部売れって言ったらしいのよ」


「おじいさんなりに、家族の事を心配したんだろうね」


「そうみたい。かなり高値で買い取って貰ったみたいよ。おじいちゃんの最高傑作もあったし。それがさっき表紙になってたティディベアなの。あたしが産まれたお祝いに作ってくれたんだって。だから、すっごく泣いた。けど、おじいちゃんの遺言を破る訳にいかないしさ。売ろうって家族で決めたの。おかげで家とか売らずに済んだし、生活も楽になった……けど、あのティディベアは大人になってお金を貯めたら絶対買い戻すって決めてるの。お父さんやお母さんも、買い戻したいとは思ってるみたい。けど、めっちゃ値段上がってるし、生活第一だから……」


「そーだよね。なんだかんだ、私らって親に守られてるよねぇ」


「そうだね」


「ってか、そんなに大事なら言いなさいよ! 本で見れるだけでも嬉しいんじゃないの? お金、貸したのに!」


「それは駄目。お父さんさ、お金なかった時に親友にお金を借りたんだって。生活が落ち着いたらすぐ返したらしいんだけど……親友なのに、なんか距離が出来ちゃったって言ってた」


「そっか……お金を貸した事で上下関係が出来ちゃったんだね」


「そうみたい。今でも仲良くしてるけど、お金借りなきゃもっと仲良く出来たんじゃないかって悩んでる。だからね、少額でもお金の貸し借りはあんまりしたくないの」


「そっか」


「それにホラ、もう売れちゃってないし! あったら今もウジウジ悩んでただろうけど、無いものは仕方ないよ! そのうち、古本屋に並んでるかもしれないし」


少女は明るく笑い、二人の本好きな女子高生はいつもと変わらない日々を過ごした。


そして、二週間後……。


「あー……お金なーい!」


「ふっふっふ、あたしはバイト代入ったから……今日は買うわよ!」


「ねぇ、今日はさ、ウチに来ない?」


「なによ? 本屋さん行かないの?」


「本屋さんはまた今度! あのさ、金欠だからウチにある本、気に入ったのあれば買わない?」


「良いけど……そんなに金欠?」


本好きの少女達は、本をお互い融通しあう事も多い。定価の半額で譲り合う、それが彼女達が決めたルールだ。

来慣れた友人の部屋に入ると、まだビニールに包まれた本が机に置いてあった。


「オススメはね、これ!」


「これって……!」


それは、二週間前に少女が欲しくてたまらなかった祖父のティディベアが表紙になっている雑誌だった。


「まだ開いてないんだー! だから新品同様だよ。ねー、だからさ、半額じゃなくて定価で買ってよ! ね?」


「もちろん! 定価で買う! はい! 二千円!」


「毎度あり! これはお金の貸し借りじゃないから、セーフでしょ? それに、私は得も損もしてない。あーいや、得したかも。今マジで金欠なのよー! これでまた、本が買えるわ」


「こっちこそ、ホントにありがとう……!」


「大人になって、そのティディベア買ったら見せてね」


「うん! 最初に見せる!」


少女達の友情は、これからも続いていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おじいちゃんのティディベア 編端みどり @Midori-novel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ