わた毛ちゃん、宇宙へ行く

 アメリカにたどり着いたわた毛ちゃんは、鉄道を乗り継いでマリーの家に行きました。窓からの景色は日本とはずいぶん違います。鉄道に乗っている人の髪や目の色もいろいろです。わた毛ちゃんは、旅に出るのも面白いな、と思いました。


「この子、ほわほわちゃんっていうの。私のお友だちよ」


 マリーはどこへ行くのにもわた毛ちゃんを連れて行きました。自慢のお友だちです。動物のぬいぐるみはたくさんいますが、花のぬいぐるみをもっている友だちはいませんでした。ましてや、たんぽぽのわた毛なんて、だあれも持っていません。


「日本から一緒に旅してきたのよ。わた毛は、空を旅して新しいところで幸せの黄色いたんぽぽを咲かせるでしょう。私のラッキーアイテムなの。この子といたら、どこに行っても幸運が待ってる気がするわ」


 いろんなところへ連れて行って、いろんな人にそんなことを言うものですから、ある時、とんでもないお願いをされてしまいました。


「ねえ、そのわた毛のぬいぐるみ、貸してくれない?」


 声をかけてきたのは、そんなに仲のいい友だちではなかったので、マリーはびっくりしました。


「えっ。ダメよ。ほわほわちゃんは、私の大事なお友だちだもの」


 言ってしまってから、マリーは後悔しました。その子がとっても悲しそうな顔をしたからです。マリーはわた毛ちゃんをぎゅっと抱きしめました。わた毛ちゃんにはマリーの不安が伝わってきました。


「……理由を聞いてもいいかしら?」


 そろっと尋ねると、少しでも希望があると思ったのか、その子の顔がぱっと明るくなりました。


「あのね、私のおじさんが、今度、宇宙に行くことになったの」

「宇宙!?」


 突拍子もない話に、マリーの声が裏返ってしまいました。


「心配なことなんてない、安全だっていうけど、やっぱり心配なの。そのわた毛のぬいぐるみを連れて行ったら、無事に地球に帰ってきて着地できそうよね。ラッキーアイテムなんでしょう?」

「それは、……そうだけど」


 マリーは言葉につまってしまいましたが、胸に抱かれているわた毛ちゃんは、ものすごく興奮していました。


(宇宙だって? 地球から飛び出して行っちゃえるのか? そんなことしたぬいぐるみなんて、今までいないんじゃないかな。ぼく、初の宇宙飛行ぬいぐるみになるかも!)

 

 でも、マリーの心中は違っていました。


(いくら安全だっていっても、心配だから貸してほしいって言ってるんだよね? 縁起でもないって言われそうだけど、万が一ってこともあるよね? そうなったら、わた毛ちゃんは、もう帰ってこないかもしれないんだよね?)


「ちょっと、考えさせてくれる?」


 その晩、マリーはベッドの上でわた毛ちゃんを正面に座らせて話しました。


「ねえ、ほわほわちゃんは、宇宙に行ってみたい?」


(もちろん! 行きたい!)


 マリーの目には、いつも通りわた毛ちゃんがにこにこ笑顔でいるのが見えるだけです。


「危険かもしれないよ?」


(それでも行ってみたいよ。ぼくは旅に出るのが好きなんだ)


 マリーは、自分がわた毛ちゃんを連れてきたときのことを思い出しました。


(あのときのほわほわちゃんの持ち主だって、本当はきっと離れたくなかったよね。でも、日本から遠く離れたこんなところまで私が連れてきてしまった。ほわほわちゃんにこんな話が舞い込んできたのなら、行かせてあげるべきなのかな)


 わた毛ちゃんは、にこにこにこにこ笑っています。

 マリーは決心しました。


「ちゃんと、帰ってきてね」



 それからはバタバタと日が過ぎていきました。わた毛ちゃんは、他の飛行士さんと一緒に訓練も受けました。

 そうしてあっという間にわた毛ちゃんが宇宙に飛び出す日が来ました。


 「よう。パフ。これから地球に帰ってくるまで、しばらくの間よろしくたのむぞ」


 宇宙の無重力は不思議な空間でした。わた毛ちゃんは、どこかにふわふわ浮いていってしまわないように固定されました。機械だらけの空間で、みんな忙しそうに仕事をしています。

 一度、船外活動にも連れて行ってもらいました。

 宇宙から見る地球の景色はとても美しく、わた毛ちゃんは胸がじーんと熱くなり、その荘厳な情景に見入りました。真っ暗闇にぽかりと浮かぶ青い星。


(ぼくはこの景色を見るために、ここにつれてきてもらったんだ)


 興奮してその夜はなかなか眠れませんでした。

 

 わた毛ちゃんは、普段は固定されたままでしたが、ときどき船員が遊んでくれました。パフ、と呼ばれてみんなにかわいがってもらいました。

 



「おかえり~!」


 帰ってきたわた毛ちゃんを、マリーが抱きしめてくれました。とてつもなく貴重な経験をさせてもらったわた毛ちゃんは、大きく成長した気がしましたが、こうやってマリーに抱きしめてもらうと、そんなことはどうでもいいことのような気がしました。


(ただいま! マリー。無事にみんなと一緒に帰ってきたよ)


 マリーのいるところが、わた毛ちゃんの帰るところなのでした。

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たんぽぽちゃんとわた毛ちゃん 楠秋生 @yunikon

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