たんぽぽちゃん、迷子になる
少しずつ新しい町になれてきた春菜は、たんぽぽちゃんを連れてあちらこちらへ散歩に行きました。はじめのころは、お母さんの後ろをついてまわっていたのですが、知っている場所が増えていくにつれて、だんだん大胆になってきました。それになんといってもたんぽぽちゃんが一緒ですから、心強いのです。
春菜はずんずん歩きます。
「ここ、お母さんと来るねぇ。たんぽぽちゃん、こっちに行ったらどこに行くのかな?」
いつもお母さんといくお店の前を通り過ぎました。
「た~んぽぽちゃん。たんぽっぽちゃん」
かってに節をつけて歌います。
はじめは一緒に楽しんでいたたんぽぽちゃんですが、まったく見覚えのない風景にだんだん心配になってきました。
(春菜ちゃん、もう戻った方がいいんじゃないかしら?)
どきどきはらはらしているたんぽぽちゃんの気持ちなどおかまいなしに、春菜はスキップしはじめました。
(うん、うん。探検が楽しいのはわかるけど。帰れなくなっちゃうわよ)
「あ! あそこ! 公園があるよ」
春菜が駆け出しました。たんぽぽちゃんをかかえてすべり台にのぼりました。それからびゅう~んと勢いをつけてすべります。春菜がばんざいをした手でたんぽぽちゃんを持ってすべるので、まるで空を飛んでいるようで、たんぽぽちゃんは黄色い顔が青に変わてしまうんじゃないかと思うほどふるえてしまいました。
「つぎはブランコしようか」
たんぽぽちゃんに話しかけてくれるのはいいのですが、このブランコもまた、たんぽぽちゃんには恐怖でした。なんといってもだっこしてもらえないのですから。
「ここにいてね」
と、膝の間にたんぽぽちゃんをはさんでびゅんびゅんこぐのです。
(春菜ちゃ~ん!! ブランコはいやです~!)
必死のうったえも春菜には聞こえません。しがみつこうにもたんぽぽちゃんの手にはそんな力はありません。ただただ春菜が飽きるのをまつばかりです。
お昼前になって、どうやら春菜ちゃんはお腹がすいてきたようです。
「たんぽぽちゃん。もうおうちに帰ろうか」
(はいはい、そうしましょう)
「ねぇ、たんぽぽちゃん。おうちはどっちかな」
疲れ果てたたんぽぽちゃんがやっと家に帰れると思ったら、こんなことを言って春菜は首をかしげました。家に帰れないことに驚いて、たんぽぽちゃんはがたがたふるえそうなのに、春菜はけろりとしたものです。
「こっちかもね」
帰り道もわからないのに歩き出してしまいます。
(うわぁ~ん。まってまって。春菜ちゃん。反対方向だったらどうするの?)
たんぽぽちゃんが一人で焦っていると、どこか遠くで春菜を呼ぶ声が聞こえました。
「あ、お母さんだ」
春菜ちゃんがくるりと振り返ると、お母さんが走ってくる姿が見えました。
(ほら。反対だったじゃないの)
「勝手に一人で遠くまで行っちゃだめじゃないの」
お母さんは肩で息をしながら春菜の前に膝をつき、春菜の両肩に手をおいてじっと目を見て怖い顔をしましたが、春菜にはまったく通用していないようです。
「どうやって春菜の場所がわかったの? お母さんはすごいねぇ」
全く動じない春菜を見て、あきらめたようにため息をついて、お母さんが説明してくれました。
「たんぽぽのぬいぐるみってめずらしいのよ。それに黄色がとっても華やかだからよく目につくの。 だから、『黄色いたんぽぽのぬいぐるみを持った女の子を知りませんか?』っていろんな人に聞いたのよ」
それを聞いたたんぽぽちゃんは嬉しくなりました。
(私が目印になって春菜ちゃんが見つけてもらえたのね!)
「まいごのたんぽぽちゃんを探したの?」
(ちょっと待って! まいごは、春菜ちゃんよ?)
お母さんはあきれたように肩をすくめました。
「とにかく、一人で遠くまで行ったらダメよ。わかった?」
春菜はふんふんとうなずきました。
「ねぇ。早く帰ろう。お腹がすいたよ」
そんなことがあったのに、すぐまた数日後に春菜は一人で出かけました。今度は橋を渡って隣町へ。
「一人で遠くへ行っちゃダメって言ったでしょ?」
「一人じゃないよ。たんぽぽちゃんも一緒だよ」
春菜がもう少し大きくなって、町の地理がわかるようになるまで、それから何度もたんぽぽちゃんは迷子につきあわされたのでした。
その度に目印にしてもらって誇らしいやら、遠出を止められなくて情けないやら。
それでもどきどきはらはらがいっぱいの春菜との散歩は、実はたんぽぽちゃんも大好きなのでした。
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