たんぽぽちゃんとわた毛ちゃん

楠秋生

たんぽぽちゃんとわた毛ちゃん

 春菜が生まれたのは、その名の通りうららかな春の午後でした。

 ぽかぽかあたたかな陽気が降りそそぐ明るい部屋で、黄色いたんぽぽが描かれたおくるみに包まれて、春菜はすやすや眠っています。

 そのおくるみは、お母さんが生まれてくる春菜のためにひと針ひと針、心を込めて縫ったものです。はじめは真っ白なおくるみを作る予定でしたが、大きなお腹をさすりながら散歩をしていたとき、お母さんは早春の野原に咲き始めたたんぽぽを見つけました。


(あのたんぽぽみたいに明るく元気に育ってほしいわね)


 真っ白な生地に黄色い生地を重ね、黄色い糸で刺繍をして大きなたんぽぽを描きました。そして、ふと思いついてわた毛の図案もいれることにしました。真っ白な布に真っ白な糸での刺繍なので目立ちませんでしたが、お母さんはとても気に入りました。

 春菜も気に入ったようで、このたんぽぽのおくるみに包まれると、とても気持ちよさそうに眠りました。

 そうしてすくすく大きくなり、おくるみから手足がはみ出るようになっても、それは春菜のお気に入りでした。夜眠るときはもちろんのこと、お昼寝のときもお外に出かける時もはなしません。


 そんなある日、画用紙にクレヨンでお絵描きをしていた春菜は、おくるみのたんぽぽを描いてみたくなりました。

 真っ白な画用紙はおくるみのようです。黄色いクレヨンで大きく丸を描きます。それから何枚も何枚も花びらを。緑で茎と葉っぱを。白で丸を描いてわた毛を。

それからじーっと考えて、たんぽぽとわた毛の真ん中ににこにこ顔を書き足しました。


「あら。お顔を描いたの? お花なのに?」

「うん! たんぽぽちゃんとわた毛ちゃん」


 上手に描けたので、お母さんにたのんで壁に飾ってもらいました。

 その夜、春菜は絵を見ながらおくるみを抱きしめて眠りました。夢の中で、たんぽぽちゃんとわた毛ちゃんが踊っています。春菜も一緒になって踊りました。それから葉っぱのお手々と手をつないで、野原はかけまわりました。


 そんな夢を見たものですから、目覚めた春菜は朝からごきげんでした。


 ところがその日の夕方、大事件が起きたのです。春菜はとなりの家との境の塀におくるみをかけて砂遊びをしていました。夢中になって遊んでいて、ふと気づいた時にはおくるみがなくなっていたのです。

 塀の向こう側に落ちたのかもしれないと、お母さんと一緒に見にいきました。


 すると。


 お隣の犬が春菜のおくるみをくわえて遊んでいたのです。大慌てで隣のおばさんを呼び出し、取り返してもらいましたが、おくるみはあちらこちらが破れ、ぼろぼろになってしまっていました。

 それを見た春菜はわんわん泣きました。


「はるなのたんぽぽがぁ~~~」


 春菜はしゃくりあげながら泣き続け、夕ご飯も食べません。おくるみをにぎりしめたままはなさずいつまでも泣き続ける春菜に、お母さんは困ってしまいました。

 やがて、春菜は泣き疲れて眠ってしまいました。

 お母さんは、やっと眠った春菜を起こさないように、そう~っと手からおくるみをはずし、広げてみました。


「う~ん。思ったよりもひどいわね。……でも」


 そう呟いて、裁縫道具を持ってきました。とってもいいことを思いついたのです。



 翌朝。目を覚ました瞬間、春菜は昨日のことを思い出しました。またまた涙が浮かんできます。そしてにじんだ目で抱きしめて眠ったおくるみを見て、驚きました。


「たんぽぽちゃん!! あ! わた毛ちゃんも!!」


 春菜が抱きしめてねむっていたおくるみは、二つのぬいぐるみに変身していたのです。春菜のお絵描きのように、花のまんなかににっこり笑った顔があります。そして緑の葉っぱが手足のようについています。おくるみに描かれていたたんぽぽが、夢の中で一緒に踊ったあのたんぽぽちゃんになっていたのです。もちろんほわほわのまあるいわた毛ちゃんもです。


「お母さん! お母さんが作ってくれたの?」

「気に入った? わた毛の方はおまけもつけたのよ」


 春菜がよくみると、種のついた一本のわた毛がぶらさがっています。

 ぬいぐるみに生まれ変わったたんぽぽちゃんとわた毛ちゃんは、にこにこ顔で春菜を見ています。


「お母さん! ありがとう!」


 春菜はお母さんに抱きつきました。

 それから、たんぽぽちゃんとわた毛ちゃんにキスをしました。


 その時、たんぽぽちゃんとわた毛ちゃんにぽっと心が芽生えたのです。

 たんぽぽちゃんとわた毛ちゃんは、きらきらした目で見つめてくる女の子が一目で大好きになりました。

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