超能力者はビビりながら動くぬいぐるみに語り掛けてみる

赤川

超能力者はビビりながら動くぬいぐるみに語り掛けてみる

.


 ひょんな事から探偵と知り合った過去のある影文理人かげふみりひとは、超能力者、現代風に言うところの『マインドウォーカー』である。

 高校2年生、中性的な面立ちでやや小柄な体躯、少し影を帯びる表情。本人は知らないがお姉さんキラー。

 様々な肩書きを使い分ける立場だが、その中に『探偵助手』というモノがあるのは、そういうワケだ。


 しかし現在、雇い主である探偵の杉田凌一すぎたりょういちは、それまでの事件を基にした本の執筆で編集者に尻を叩かれ、また結婚に向けた新生活の準備で探偵開店休業中。

 主に来る依頼であるペット探しは、それまでに蓄積したペットの行動地図などの情報により、他のバイトでも回せるようになっている。

 影文理人が探偵助手になってからノウハウの構築に力を入れたことで、家賃を払うにも事欠いていた杉田探偵事務所は、今やコンスタントに依頼をこなせる探偵事務所となっていた。


 一方で、そういう過去の経験が活かせない特異な事例は、探偵助手の影文理人が直接出撃することになっている。


「う……動く、ぬいぐるみ、ですか?」


 だが、超能力者マインドウォーカーである影文理人にも、NG案件はあるという話。


「親戚の子供のお下がりだったんですけど、それが……誰も触っていないのに置いてあった場所から動いている、ということが何度かありまして……。

 最初は勘違いかとも思ったんですけど……その、私も……もしかしたら動いたかな? なんて気がしたことが…………。

 それであの、こちらの探偵さんは、そういう事も調べていただけると、知人からうかがいまして…………」


 こう言う応接チェアに座る若い奥様、今回の仕事の相談主は、話し辛そうに探偵助手の少年に語っていた。

 その様子から見て、迷いや気疲れ、遠慮といったモノが感じられる。

 自身信じられないし、他人に信じてもらえるかも不安な内容だと、理解しているのだろう。

 それでも探偵に縋るほど追い詰められているのだから、状況は深刻なようだ。

 理人は探偵助手・・だが。


 そして、幽霊とか心霊現象がダメな影文理人にも、これは深刻な内容だった。

 自分は超能力者であって、霊能力者ではないのだ。

 幽霊とか普通に怖い。


 しかし、多少上向いたとはいえ未だに杉田探偵事務所は仕事を選べる身分ではなく、またこの若奥様も結構いいところの家の方なので、迂闊にお断りすることもできなかった。


                ◇


 横浜関内にある老朽化した雑居ビル2階。なお1階は大家のおばちゃんが営む雑貨屋。

 杉田探偵事務所で聞いたのは、以下のような相談内容である。

 依頼人は、青木珠美あおきたまみさん28歳。既婚。夫と娘あり。地方に姉家族がいる。

 問題となったのは、その姉の娘から譲り受けた、ぬいぐるみなのだとか。


 中学生になった姉の娘が5歳の我が子に譲った、アメリカのキャラクターのぬいぐるみ。

 機械的なモノ、電気で動作するような仕組みなど無い手足の長いアニメキャラのそれが、目を離すと勝手に移動している、あるいは目の前で身動みじろぎするのだという。


『あの……おうかがいし辛いのですが、そのぬいぐるみに関して、ご親戚になにか変わった事とかは?』


『いいえ、おかしな事があったので、姉に悪いと思いながら私も聞いてみたのですが、そういう事は全くないそうで…………。

 ぬいぐるみ自体、ネットの販売サイトで買った新品だということですし』


 この手の話では多くの場合人形、今回の場合ぬいぐるみの来歴が問題になるのだが、そういういわくの付くエピソードとは無縁のぬいぐるみだったようだ。

 当然、姉家族には不幸や異常などは起きていない。ぬいぐるみの異常も、若奥様の家に来てからの事だという。

 これはおかしい、という確信を得た直後にぬいぐるみは処分しようとしたが、これまたこの手の話のお約束通り、ぬいぐるみは勝手に戻ってきている。


 やっべぇこれはガチな奴だ。

 影文理人は相談を受けながら内心泣きそうになっている。

 さりとて何もしないで追い返すワケにもいかず、何にせよそのおっかないぬいぐるみを、直に見てみなければならず。

 至る現在。


 そうしてやって来た横浜のお隣、川崎市某所の住宅街。

 坂道の左右に並ぶ、綺麗な新築群のうち一軒。

 青木家。

 長女の青木珠代たまよちゃん5歳は、くだんのぬいぐるみを抱き締め、見慣れぬ陰キャに警戒感もあらわだった。

 黄色い間の抜けたキャラクターの頭に半分顔をうずめ、上目遣いに影文理人を見上げている。

 陰キャの超能力少年は、ファーストコンタクトがかんばしくないことを悟り、備えてきてよかったと少し安堵していた。


「こんにちは、影文理人と言います。今日はぬいぐるみを見せてもらいに来たんですが……」


「ビッキーを捨てに来たの……?」


「いや見に来ただけですよ?」


 この言葉が嘘にならないことを祈りたい理人である。


 警戒感マックスな幼児の目線に耐えながら、とりあえず目的のぬいぐるみを前に出来た理人は、それを観察してみる事とした。

 影文理人は霊能力者ではない。

 しかし実際のところ、心霊案件に対しても、全く手立て無しというワケでもないのだ。

 超能力者である影文理人が感じ取れる、思念。

 時にひとつの異界を作り出すほどの力を持つ思念を、理人は感じ取るセンスを持っていた。


 ちなみに、超能力者マインドウォーカーなら誰でも感知できるというワケでもないらしい。超感覚ESP能力スキルにも優れる理人故の事だろう。

 理人が心霊案件に関わるのは、これがはじめてではない。不本意ながら。

 故に、物に思念が籠り、それが異常現象を引き起こすのも経験済みだ。


(でも、このぬいぐるみはなんも無いなぁ…………。ほぼまっさらだ)


 だが、パッと見では黄色い愉快な表情のぬいぐるみでしかなく、それらしい思念モノは感じられない。

 家自体に何か問題はないかとも思ったが、ぬいぐるみが来るまで異常は何も起こっていないという若奥様の話であるし、また理人にも何も感じられなかった。

 こうなるとやはり、ぬいぐるみをもっと詳細に調べたいところ。


「珠代ちゃん、オ……僕はー…………。

 そのぬいぐるみ、『ビッキー』って言うんですか?」


「うん、この子、ビッキー……。マリナお姉ちゃんからもらった。お友達なの……捨てないで」


「ちょっと見せてもらうことは…………あ、ダメっスね」


 母親にぬいぐるみを捨てられかけた経験か、5歳だてらに一切油断しないと言わんばかり。抱き締めて離さない。変形するぬいぐるみは、心なし苦しそうに見える。

 ある程度こんな展開も予想していた理人は、ここで用意しておいた切り札を出した。


 パーカーのフードに入れておいた、小さな黒猫である。


「わあー! ネコちゃんだー!!」


「『レター』、っていいます。少しの間でいいんで、ビッキーと交換してもらえませんか?」


 理人に差し出され、ぶらーんとぶら下がり無抵抗な黒猫、その名はレター。

 実は普通の黒猫ではない。とある事件で偶然理人が手に入れる事となった、『イドの怪物』である。

 つまり、理人の深層意識イドが形を成した存在モノ

 理人本人は、この憮然としてヒトの言う事を全く聞かない黒猫の形をした生き物を、自分の深層意識などと認めたくないのだが。

 断固異議申し立てる。


 とはいえ、見た目だけはかわいい黒猫。幼女相手に効果は絶大だった。

 あっさり投げ出される黄色いキャラのぬいぐるみ。子供は残酷に気まぐれである。

 そのタイミングを狙い、理人は幼女の注意をかないように、ぬいぐるみを確保した。


 と同時に、ぬいぐるみに対し即、思念視サイコメトリーを発動。


 サイコメトリー。

 物に残存する思念を読み取る、超能力のひとつマインドスキル

 ぬいぐるみに何かしら思念が残っていれば、そこから情報を得られると考えた。


 結論から言うと、空振りであったが。


 ぬいぐるみは可愛がられていた。

 家の中ではどこでも連れて歩き、良き遊び相手であり、寝る時は常に一緒だった。今は黒猫に夢中な幼女であるが。

 他方、元の持ち主である従姉の思念は、ほぼ感じられない。あまり関心を持っていなかったようで、手放したのもその辺が理由と考えれた。


                ◇


 その日、影文理人はぬいぐるみを預かった。黒猫のレターが人質ネコじちだ。頑張れ。

 家に置くのは怖かったので、ホテルで部屋を取り友人に監視カメラやセンサーを仕掛けてもらう。

 ぬいぐるみが動けば、すぐにスマホへ連絡が来る仕組み。持つべきものは機械に強い天才肌の友であろう。


 しかし、3日間の調査の間、ぬいぐるみは全く動かなかった。

 恐々と何度か直接ぬいぐるみを調べたりもしたのだが、やはり何も分からず。


 決定的だったのは、心霊と格闘術に強い友人にもスマホ越しに視てもらったところ、そっち関係の異常は確認できない、という話であった。

 最初から心霊絡みだろうな、とほぼ断定的に考えていたで、こうなるとワケが分からなくなる。

 ぬいぐるみを調べる為に3日だけ借り受ける、というのが持ち主の幼女との約束だったので、その時点で一度ぬいぐるみは返す事とした。


 ぬいぐるみが動いた、という連絡を若奥様から受けたのが、返却したその日の夜だった。


 心霊絡みじゃないのに、動くぬいぐるみ。

 ぬいぐるみ自体に異常や不審な点はない。

 影文理人は再び青木家へ赴き、今度は幼女の部屋に監視カメラを仕掛ける事とした。当然、母親の許可は取った。

 もっとも、ぬいぐるみが動く場面は、既に家族によって撮影済み。

 理人も見たが、ぬいぐるみが幼女の前でままごとの相手をする光景にドン引きする以上の感想がなかった。


                ◇


「なんでリヒターがこれで分からないのよ? あなたの専門でしょ??」


 こう言うのは、影文理人の学校の先生(補佐)にして、人生の恩師ともいえる人物の娘さん。

 沙和すなわミリア・ドレイヴンだった。

 イギリス人と日本人のハーフで、引き締まった体型も美しい勝気な金髪お姉さんである。


 なお、『リヒター』というのは理人のマスターが付けた愛称みたいなものだ。この娘さん父親のことを嫌っていながら父親が付けた呼称を使うのである。


 自分の仕事のことを無関係なミア先生に相談するのは気が引けたが、沼ったまま相談しないでいると、それはそれで後から怒られそう。

 そんな気がしたので、ぬいぐるみが動く録画映像含め意見を求めたのだが、返って来たのがそんな呆れ混じりなセリフだった。


「……どういう事です?」


「ユーゴが心霊関係の力を感じなかったんでしょ? でも動く。中に何も仕込まれていない。

 なら念動力サイコキネシスくらいしかないじゃないのよ」


「『サイコキネシス』って……え? ぬいぐるみが??」


「精神の無いぬいぐるみが超能力マインドスキルを使えるワケないじゃない。母親か娘よ。

 まぁ娘の方でしょうね。多感な幼少期、それに女の子、超能力を発現しやすいとわれるのが、この組み合わせだから。

 それに、あのぬいぐるみ、女の子が近くにいる時しか動いてないのよ。多分、女の子の方はぬいぐるみが動くのを疑問に思っていないでしょう。

 無意識にぬいぐるみへ精神を集中する。その状態で、ぬいぐるみが動くという想像や妄想を超能力に反映させているのね、きっと」


 幼女が超能力でぬいぐるみを動かしているのだろう、というミア先生の推理。

 それを聞いた直後は「そんな馬鹿な」、と思った理人だが、言われてみれば納得できない事もなかった。


 理人自身も超能力者であり、自分の能力について調べた事もある。

 超能力を発現させやすいのが小さな子供のころ、それも少女に特に多いというのは、聞いたことがあった。

 それに、幼女の周囲でしかぬいぐるみが動いてないというのも事実のようだ。保育園に行っている間は動いていない。少なくとも、家の中か周囲数十メートル圏内でしか動かせないのだろう。

 あるいは近所のゴミ捨て場ではなく、もっと遠くに捨てれば、簡単に片が付いた事件なのかもしれない。

 理人が念動力サイコキネシスの思念波を感じ取れなかったのも、幼女が人形と遊んでいた残存思念に紛れた為と思われた。


 だが、そうなるとまた別の問題が発生してしまう。


「まだ保育園児の超能力者マインドウォーカー……。え? それってどうすればいいんです? 放っておくのはマズい……ですよね??」


「どうかしらね。幼少期に超能力が発現しやすいなんていうのは、第二次大戦に前後した米ソの研究でとっくに分かっていた事よ。

 大抵は成長するにつれて無くなっていくものだし。

 リヒターみたいに少年期に入っても超能力が残ったら自意識で固定されるものだけど、それも稀なケースだからね。

 その娘の場合も成長と共に消える可能性の方が高いでしょうし、今のままならぬいぐるみの操作っていう思いっきり限定された能力になるから、それほど大きな問題にはならないんじゃないかしら。

 まぁどうしても心配なら、『アレクサンドラの店』で中枢結晶クリスタル製のタリスマンでも買いなさい。リヒター常連でしょ?」


 まだ幼い子供が超能力マインドスキルを暴走させたり、それが世間に露見してマズイ事になりやせんか。

 そんな懸念を覚える理人だが、ミア先生は深刻に考えていなかった。

 実際、ぬいぐるみが勝手に動いて心霊騒ぎみたいになって理人が雇われている探偵事務所にまで話が行くという事態になっているのだが。

 この程度なら平和な方、ということなのだろうか。


 確かに、どんな異常事態を目の当たりにしても、世間の人間は勝手に自分の尺度に照らして何の異常でもないように認識をすり替える、というのは理人もたびたび見てきた現象ではあった。

 現実なんてものは個人の頭の中にしか存在しないのであろう。


 そうはいっても幼女の超能力が今後どうなるかとか世間の目に触れたらどう思われるかなどなんら保証がなかったので、ミア先生のアドバイス通り、手段を講じる事とする。

 その道の玄人プロ、実際に効果のある魔除けや護符タリスマンを販売する店で、弱い超能力程度なら防いで見せるメダリオンを購入。

 黒猫を回収すると、青木の若奥様にぬいぐるみと共に手渡しておいた。

 幼女ちゃんは、


『レタちゃんがいなくなるのヤダー!』


 と大泣きし、尻尾を離してもらえない黒猫がうんざりした顔をしていたが。


 以降、ぬいぐるみが動いたという話は聞かない。

 だが、その後の様子を聞いた折に、最近妙に庭に猫が集まるようになった、という若奥様のセリフが気になってしまう影文理人である。

 もしや興味の対象がぬいぐるみから猫に移ったのでは。

 そんな超能力者マインドウォーカーの懸念をよそに、ぬいぐるみは今も平和な顔して幼女のベッドに転がっているそうだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

超能力者はビビりながら動くぬいぐるみに語り掛けてみる 赤川 @akagawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ