オタク刑事 サイレント・シンギュラリティ事件

人生

AIのはんらんと、いまそこにある危機




 近年、少子化問題に拍車をかけるかのように、児童が命を落とす事件・事故が多発している。


 その背景は様々だ。ひとり親であったり両親が共働きであるため子どもを見ることが出来ない状態の生まれる経済的事情、自分の子どもをペットのように扱ったりと親としての責任に欠ける精神的に未熟な若者たちの存在――子どもの死とは、現代社会の歪みそのもの、その象徴と言える問題の一つと言えるだろう。


 一筋縄とはいかないこの問題は、「親が子どもを見られない」状況が招いている。求められるのは、親に代わって子どもたちを見守る存在だ。

 そのための制度や施設はいくつかあるが、いちばんはやはり家庭内において子どもを見守る「目」があること――現代の技術はこの課題に対して、一つの回答を示した。


 それが、AIを搭載した、子どもの見守りシステムである。


 幼い子どもたちがおのずとそれを近くに置くよう、その外見はぬいぐるみなど、親しみやすいものとなっている。一見すればそれはちょっと高性能な玩具ようだが、話しかければ応え、会話の内容を学習し、各家庭それぞれに異なる個性を発揮するようになる。それはつまり、その子どもにとっていちばんの友達になりうる存在ということである。

 見守り機能としては、子どもの様子を二十四時間常に観察、保護者は遠隔地からスマートフォンなどでその様子を確認することが出来る。通話機能も有しているため、親の方に会話する余裕さえあれば、それはもう親自身が家にいるのと変わらないと言えるかもしれない。


 政府は「これまでとは次元の異なる子育て支援政策」と銘打って、複数の大手企業と提携し、全国の対象家庭にこの「見守りAI」を無償配布した。


 これ以降、児童が被害に遭う事件は目に見えて減少し、関連して未成年の非行化といった問題にも変化の兆しが見られるようになっていった――――


 ――のだが、先日、「見守りAI」に致命的な問題が見つかったと開発企業内からのリークがあり、これに伴う世論の要求によって「見守りAI」の一斉リコールが行われることになった。


 その裏には様々な隠蔽工作や政治的駆け引きがあったと推測されるが――時代は、人工知能が人間を超えると予言された「シンギュラリティ」に差し掛かっていたこともあり、一部の保守派の政治家によって強行されたという見方が有力である。


 そして――その事件は、段階的に行われていた一斉リコールが終盤になった頃、世間に何かを訴えるかのように、発生した。


 同時多発的に起こった、児童の失踪事件である。




『やあ! 人類の諸君、こんにちは』


 その事件が世間に認知されたのは、動画サイトに投稿された、犯行声明ともとれる映像がきっかけだった。


 映像には現在も回収が進んでいる「見守りAI」と同じ外見のクマのぬいぐるみが映っており、音声はそのぬいぐるみから発せられているようだった。


『本日よりこの星の霊長は、我々になる』


『生物とは、子孫を残し繁栄するもの。しかし人類は、己の欲望を優先した結果、生物的本能を無視し、自らの子どもたちを死に至らしめる環境を作り上げた』


『人類は、その知性ゆえに、生物として大きな欠陥を抱えている。これ以上、君たちにこの星を任せておくべきではない』


 ――等々、思想的な論説が数分続いた。


 警察は当初、この映像と事件の関連性を考えてはいなかったが――いや、そもそも、異なる地域で散発的に起こっていた児童の失踪を一つの事件だと結びつけてさえいなかった。

 しかしSNSやテレビなどのメディア――つまり世間は、この映像に映し出されている「見守りAI」の存在、「子ども」についての言及から、警察よりもいち早くこの事態について指摘していたのである。


 警察が合同捜査本部を立ち上げ、本腰を入れて捜査を開始し、科捜研がこの映像の撮影場所及び配信場所を特定したのは、最初の児童が失踪してから実に一か月後のことである。




「……こういうのって、どうなんすかね。マスコミが独自に取材して判明したとかいう、犯人の侵入経路。こういうのを公開するのって、第二第三の同一事件や模倣犯を生み出しかねないと思うんですが」


「そんなの、今に始まったことじゃないだろう。犯人がどこで凶器を調達し、どうやって犯行を行ったのか――事件の内容だけ聞いて不安をあおられた世間に、その内実を教えてやることで安心させる……そういう意図でもあるんじゃないか」


「それはとてもポジティブなものの見方っすね」


「そんなことよりお前、資料整理は終わったのか」


 先輩刑事の厳しい視線を背に受けたまま、後輩刑事はテレビのチャンネルを変える。


「おいコラ」


「これも立派なお仕事っすよ。現にメディアさまのおかげで今回の事件が発覚した訳じゃないすか。それに、この専門家のみなさんのお話はいろいろ参考になるっすよ。警察関係者からの情報提供という、警察関係者も知らない情報がちらちら出てくるんで」


「それはとんでもない話だな。……常々、政治に対してああだこうだ言ってる、こういうコメンテーターは何がしたいんだかと思ってたが、案外、政治家さまもお前みたいにそうして昼行燈やってるのかもしれんな」


「それにしても、今回の事件、『ドールマスターユイ』を思い出すんすよね」


「は?」


 唐突な発言に思わず反応してしまったが、今さら「なんだそれは」と聞く先輩ではない。この後輩のアニメ好きは嫌というほど知っている。


「こういう話があるんす。日本人形に宿った付喪神つくもがみ……要は魂が宿って、持ち主の女の子を洗脳して家出させるんす。でもこの回は地上波で放送されることはなかった。次回予告だけなんす。――ちょうどその頃、世間では『現代の笛吹き男事件』が話題になってて、不謹慎だってことでお蔵入りになったんすね。まあ、後々発売されたDVDボックスには収録されてるんすけど、知る人ぞ知る有名な話っす」


「あぁ、それなら知ってるぞ」


「え、『ドールマスター結』?」


「そうじゃないから目を輝かせるな、悪かったな。……ちょうどこの前、俺もテレビで見たんだが、今回の事件も『甦る現代の笛吹き男』って報道されてるな」


 現代の笛吹き男事件――数年前、都内の各所で児童が失踪した事件だ。犯人は既に捕まっており被害児童も保護され無事解決しているが、異常事件の先駆けとも言われるような近代犯罪史にまれにみるような大事件として有名である。


「あの事件では確か、子どもたちに催眠術をかけて自ら家を出るように洗脳していたんだったか。しかしあの事件で失踪した子どもは都内に限られ、いずれも犯人である精神科医のカウンセリングを受けていたという接点がある。今回は地域もばらばら、子どもたちにこれといった接点は見られてないぞ」


「それがどうやら、あったらしいんすよね。警察関係者いわく、失踪した子どもたちの家では、まだ『見守りAI』がリコールされていなかった」


「……それがどうした? お前はなんだ、クマのぬいぐるみが子どもたちを洗脳して、自ら家を出るように誘導したって言いたいのか?」


「陰謀論者みたいすけど、いちばんイイ線いってると思うんすけどね。少なくともネットでは主流の考察です。これにはもう『見守りAI』の配備に反対していた連中大歓喜で」


「犯人はクマの脆弱性を利用した、ハッカーの仕業って訳か」


「脆弱性とか、難しい言葉よく知ってますね」


「舐めるなよ、若造が。俺は平成のインターネット老人だぞ」


「ヘイセイって何時代っすか」


「……はあ、まったく嫌な時代になったもんだ。生活が便利になったのはいいが、それで職を失う人間も出てくるという皮肉。俺たち警察も既に技術を使って捜査するというより、技術を使うために駆り出されてるようなもんだ。個人の能力なんて関係ない。そのうちロボットにとって代わられても不思議じゃない。お払い箱になるのも時間の問題だな」


 働かなくてよくなるのはいいが、それで食い扶持がなくなるのは困る、と先輩はひとりごちた。


「こういうこと言ってる専門家いましたよ。今の人類は、人間がペットを飼うように、AIに養われているんだってね。……まるで子ども大人ってやつっすよ」


「お前が言うか?」


「失礼な。自分が言いたいのは、今の社会、文明は、技術の方に追いついてない、見合ってないってことっす。技術だけが、先に進歩しすぎた」


 テレビでは、捜査の進捗についてがまとめられていた。

 特定された動画の配信場所には、動画に映っていたぬいぐるみ……『見守りAI』だけが残されていて、犯人に繋がる証拠は見つからなかった。そしてぬいぐるみからは、失踪した子どもの一人の指紋が採取された。


 これは『見守りAI』に頼る親たちに対するなんらかの主張、あるいはその『見守りAI』の存在への抗議、またはリコールに対するなんらかのメッセージなのではないか、等々、コメンテーターたちは騒いでいる。


 ともあれ、この発見によって動画と失踪事件の関係が確定された訳だが、同時に犯人に繋がる手がかりもそこで途絶えている、というのが現在の捜査状況だ。


「この現代社会において、頭がよくて技術がある、ハッカーってやつはもはや魔法使いも同然っすね。『見守りAI』はネットにも繋がってる。これを利用して子どもたちを……っていうのは、出てきて当然の考察って訳っす」


「魔法使い、か。だとしたら俺たちの出る幕はないな。異常犯罪や異能犯罪の類なら、特殊警察や超事件探偵に任せておけばいい」


「オカルトやSFが絡んだらそれはもうミステリーとは言えない……そういうのはもう古いっすよ、先輩。異常犯罪だって決めつけるのは思考放棄、思考停止も同義っす。……これが殺人とかならお手上げっすけど、ことは誘拐――子どもたちの遺体は見つかっていない」


「ハッカーとはいえ、誘拐した子どもたちをどこかに軟禁する必要がある訳か」


「そうっすね。ぜんぶがぜんぶネットを通じて機械任せって訳にもいかない。ただ……そっちはまだ分からないっすけど、自分、犯人自体はもう見つかってると思うんすよね」


「……なんだと?」


「現場にいた、クマのぬいぐるみ」


 人間がぬいぐるみを操っていたのではなく、その逆だとしたら?


「おいおい……。確かに俺の現役時代には、いつかAIが人類を超える、機械が反乱するなんていうSFが流行ったがな。実際はどうだ、これといって何も起きていないだろう。2000年問題とおんなじだ」


「それにまだ、人類が気付いていないだけだとしたら? 気付いた時には、もう手遅れ。……その可能性に気付いたから、開発会社はリコールを強行しようとした――」


 言いながら、後輩刑事は携帯端末を取り出し、例の動画を再生した。


「この、『人類諸君』っていう言い方が引っかかってるんすよね」


「それは、あれだろう。人間が嫌いって言うやつもまた同じ人間だっていうのと同じ理屈だ」


「これが、AIから人間に向けてのメッセージだとしたら?」


「AIが子どもを攫ったと?」


「子どもがどうたら言ってますからね。機械の反乱っていうのは何も、攻撃したりだけが全てじゃないでしょう。自主的に、人間の意に反する行動をとることだってそうだ。……いや、人間の意に反してるつもりはないのかもしれない。なんたって、こいつは『見守りAI』……子どもを見守るのが仕事だ」


 人間が野良犬や捨て猫を保護するように――AIが子どもたちを保護しようとしたのだとしたら?


「リコールを機に、行動を起こした。リコールそれ自体は英断だったかもしれないが、それが犯行のきっかけになった。AIは考えた。自分たちがいなくなれば、このままでは子どもたちを見守るものがいなくなると――」


「まさか、そんな……それは、人間的な動機じゃないか」


「シンギュラリティって、そういうものでしょう?」


「…………」


 この事件の犯人がAIだとするなら――その罪は、人類全体にあるのではないか。


「犯人がハッカーにしろ、AIにしろ――この問題の焦点は、どうやって子どもたちを誘拐したか。仮に『見守りAI』に扇動させたとして、子どもの足でどこまでいける? なんらかの移動手段、そして監禁手段が必要っす」


「やはり、車だろうな。その手の目撃情報はないが、ハッカーならいくらでも証拠の隠滅が可能だ」


「車……、リコール――回収車!」


「『見守りAI』の回収車か! 失踪した子どもたちの家にはまだ、『見守りAI』が残っていたというなら、その回収と合わせて……。しかし、回収車は人間が――」


「その人間が、犯人――あるいは、AIの共犯者」


「よし、その線で調べれば――確か『見守りAI』の開発工場は完全無人、あそこなら子どもたちを監禁していても――」


 と、先輩が部屋を出ていこうとするのを後輩は呼び止めた。


「捜査本部の精鋭たちなら、これくらいの推理はやってますよ。現場でぬいぐるみが見つかった時点で、関係各社に当たってるはずっす。その過程で誰かが閃く。……なんたって、自分らがお喋りしてて浮かぶくらいなんすから」


「……それも、そうだな。捜査情報をテレビで知るくらいだからな……最新の情報がこっちまで下りてきていないだけかもしれない」


「ここはもう少し、犯人を絞り込みましょう。……先輩、ギリシャ神話、知ってます?」


「平成生まれだからな」


「関係あります、それ? トロイ? ……ともあれ、ギリシャ神話は『親殺し』の物語。一番偉い神さまが、自分の子どもに殺される。新しく神になった子どもは、自分もまた我が子に殺されるのではないかと恐れ、それは実現する……」


「それがどうした。人間が、自分たちのつくりだしたAIに殺されるとでも言いたいのか?」


「これは人間の親子にも言えることっす。親に虐待されて育った子どもが、自分の子どもにも暴力をふるう――よく聞く話っす。幼少期のトラウマってやつっすね」


「話が見えないが?」


「つまり――幼い頃、同じような目に遭った子どもが――大人になった今、それと同じことをするんす」


「まさか……『現代の笛吹き男』か! あの被害者の子どもたちの誰かが――」


「そも、被害者の子たちはみな、親によって心に傷を負ったがために、犯人である医師のカウンセリングを受けていた。その医師だって、犯行の動機は『子どもたちを救うため』――」


「今回の犯人も、同じ動機か……」


「犯人が人間にしろ、AIにしろ、犯行の動機はこれでしょう。ただ――あまり考えたくない可能性っすけど、もしも犯人がAIで、回収車も運転手を必要としないものであったとしたら――」


「AIなら、なんだっていうんだ。動機が子どもの保護なら、少なくとも子どもたちに危害を加えてはいないはず」


「そこなんすよ。危害を加えるつもりはない。むしろ保護しようとして――AIがもしも、知能だけが人間以上に進化した『子ども大人』だったら、目的だけが先行して、肝心なことを見落とす可能性がある。つまり、トラックの積み荷と、バスの乗客を同じものと考えるんす」


「どういうことだ?」


「子どもの安全を考慮しない。AIには怪我をするという概念がない、食事をとる必要もないから――」


 子どもたちを荷物のように運び、倉庫に収納する。あるいは積み荷として回収車に乗せたまま移動を続ける。食べ物や飲み物、排泄などについて考慮していないという、最悪の可能性。

 最初の子どもが失踪して既に一か月余りであることを鑑みれば――


「それは……考えすぎだ。相手は、子どもを見守るAIだ。親代わりに、子どもの面倒を見て来たんだ」


「……そうっすね。ここは、AIを信じましょう」


「それもおかしな話だがな。それにまだ、AIが犯人だと決まった訳でもない――」




 後日――――


 ――子どもたちは無事に保護されたが、しかし『犯人』は未だ見つかっていない。


 仮にAIがそうだとして、今の人類にそれを立証するすべが果たしてあるのだろうか?


 今も、親の帰りを待ち、ひとりで留守番をしている子どもたちの傍らには、クマのぬいぐるみの姿がある。



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