アホの子は転生してもアホでした

田舎師

アホの子は転生してもアホでした

 一ノ瀬モヨは、正真正銘アホの子である。


 家庭科の授業で小麦粉をまき散らして粉塵爆発させた直後、「これから転生するにあたって望むことはありますか?」という声に対して「お姫様になりたい!アイドルになりたい!魔法少女になりたい!」と言ってのけ、声の主を困惑させた剛の者である。




 岡マリカは天才である。


 家庭科の授業中に粉塵爆発に巻き込まれた直後、「これから転生するにあたって望むことはありますか?」という声に対して「何もないわ。だって私は天才だもの」と言ってのけ、声の主を困惑させた剛の者である。




 ロワーヌ侯爵家の令嬢であり、領地にファンクラブがあり、変身もできるという本当にお姫様でアイドルで魔法少女になったモヨは、栗色のショートボブに同色の大きな瞳、黙っていればかなりの美少女と言える。


 だが彼女は先程から試練に直面していた。尿意が波となって間断なく押し寄せているのだ。


「アイドルはおしっこなんてしないもん!つーかここで野ションなんかしたら人生終わるもん!」


 実は二時間ほど前から寒風吹きすさぶ時計塔の屋根の上で悪者が現れるのを待っているのだが、一向にその気配がないので困惑している。領民を守る貴族として、正義のアイドルとして、市民を守る魔法少女として、トイレに行っている間に悪者を見逃すわけにはいかない。


「あ、流れ星!」


 西の空に尾を引く流星を見つけ、モヨは尿意も忘れて携帯電話を取り出した。『星神のアプリコット』というアプリを起動して星空に重ね合わせる。


「ふんふん、ねこ座流星群っていうのかー。おもしろーい」




 一方マリカは長い黒髪に切れ長の黒い目、その美貌をもってしてもあふれ出る知性は隠しきれていない。

 その優れた頭脳から生み出された数々の発明で財を成した彼女は、近年勢力を増すピノン男爵家の養女となっていた。

 さらには侯爵家を追い落とすべく、ロワーヌ領内で様々な悪事を働いているのだ。


「早く運びなさい。時間がないわよ」


 マリカとその手下の十名は、小舟に乗せられた荷物を次々と運び出している。暗い路地に積み上げられたものは袋詰めされた粉のようだったが、袋の中身を取り出したマリカがにやりと笑う。小麦粉の中に隠されたそれは黒光りする銃火器にも見えた。


 黒いワンピースを着たマリカは自らそれを取り出し、照準器と消音器を装着すると、建物の屋上などに立てられているアンテナ状の機器を次々と狙撃していった。


「ふふふ、今夜でロワーヌもおしまいね」




 その頃。時計塔の屋根に寝転がってゲーム実況動画を見ていたモヨであったが、ふと画面の上部に目をやると『5G』と表示されているではないか。


「えっ、なんでWi-Fiじゃないの!?時計塔はフリーWi-Fiあるはずなのに!」


 これがマリカの恐るべき計画であった。


「あーっはっはっは!ロワーヌのWi-Fi基地局をすべて破壊してやるわ。月末に莫大な通信料を請求されて滅ぶがいい!」




「そうはさせないわ!」


 マリカが声がした方向を見上げると、時計塔の頂上で見目麗みめうるわしい少女が栗色の髪とプリーツミニスカートをはためかせていた。


「モヨ!またあなたなの?どこまでも邪魔をする気!?」


「当然よ!ロワーヌの平和はこの私が守るわ!」


「ふん、そんなこと言ってられるのも今のうちよ。みんな、あれを用意しなさい!」


「へい!」


「うわっまぶしっ」


 マリカの手下どもが構えたのは強力な投光器と、撮影機能付きの携帯電話だった。夜の中にモヨの姿が明るく浮かび上がり、シャッターを切る音が連鎖する。慌ててスカートの前を抑えたが、時すでに遅し。


「ふふふ、これであなたも終わりね。そんな場所でミニスカートを穿いていたおのれの身を呪うがいい!」


「くっ、卑怯な!こうなったらあれだ、変身!もにょてぃにょにょ……もにょ……もにょてぃもにょ!」




『説明しよう!一ノ瀬モヨは、なんだかよくわからない者のいい感じの力により、魔法少女モヨティモヨに変身するのだ!ちなみに変身による身体能力の向上、戦闘力の強化、その他一切の効果は全くない!』




 モヨの体を包むピンク色の光が消えると、そこにはピンクと白のワンピースフリルスカートをまとった少女が立っていた。どのような原理か髪の毛までピンクに変わり、いかにも魔法少女っぽい杖まで持っている。


「出たな、モヨティモヨ!さあ勝負よ、降りてきなさい!」


「うん!ちょっと待ってて!」


 魔法少女が時計塔の螺旋らせん階段を駆け降り、管理人のおじさんに怒られ、入口の鍵を開けてもらい、入り組んだ路地で迷って泣きそうになり、通りがかりのおばさんに道を尋ね、悪者達が待つ路地にたどり着いた頃には、マリカと手下たちは今流行りの携帯アプリ『ネズミートムトム』の対戦プレイで盛り上がっていた。


「はあはあ……待たせたわね悪人ども!さあ覚悟しなさい!」


「ちょっと、ガチャ引いてんだから待ちなさいよ……くっ、ノーマルピロじゃない。あなた達、やっておしまい!」


「雑魚なんて何人いても同じよ!【異界転移アナザーワールド】!」


 モヨは正真正銘のアホの子だが、転生時に獲得した魔法の力は絶大である。マリカの手下を十人まとめて異世界に転移させてしまった。


「何をしたの!?あいつらはどこ!?」


「ふふん、異世界に飛ばしてやったの」


「異世界ってどこよ」


「前に私達が住んでた世界だよ。だって私、他の世界なんて知らないもん」


「なんて事を……あなた自分が何をしたか分かっているの?」


「だから前の世界に飛ばしただけだって。生活保護あるし、スマホでエロ動画見れるし、むしろ最高じゃん」


「私達の前の世界はね!謎の伝染病でGDPマイナス成長になって、失業率上がるわ派遣切りされるわ、新卒の採用だって撤回されているのよ?そんな中に何のスキルも知識もないおっさんを送り込んだら、人生詰むに決まってるじゃない。鬼!悪魔!アホの子!貧乳!脳味噌お花畑!」


 モヨにはマリカの言っていることが二割ほどしか理解できなかったが、なんとなく罵倒ばとうされているらしいことは分かった。


「やかましい、これでも食らえ!【隕石召喚メテオストライク】!」




『説明しよう!【隕石召喚メテオストライク】は、衛星軌道上の隕石を地上に召喚して相手にぶつけるという最上級の攻撃魔法である。対象物は跡形もなく消し飛ぶことであろう!』




 しかしマリカの表情には余裕があった。右手をスカートのポケットに入れると、何やらスイッチを押す。


「あれっ?えい!メテオストライク!えい!なんでぇ!?」


「ふふふ、天才をめるんじゃないわよ。この【魔法無効領域アンチマジックエリア発動装置】があれば、あなたの魔法なんか恐れるに足りないわ」




『説明しよう!岡マリカが持つ【魔法無効領域アンチマジックエリア発動装置】は、一度スイッチを入れると一時間、半径五メートル以内の魔法を無効化することができるのだ!』




「形勢逆転ね。さあ、おしおきの時間よ」


 マリカは路地に置いてあった小麦粉の袋の中から長い筒状の物体を取り出した。表面についた粉を軽く払うと、それは鈍く鉄色に光った。


「私が開発した魔法発動器よ。【原子分解アトミックレゾリューション】の魔法が装填してあるの。ふふ、アホのかけらも残らないから安心なさい」


「くっ、これまでか!パパ、ママ、みんな、最期までアホでごめんなさい!」


「地獄で閻魔様にアホを治してもらいなさい。さらばモヨティモヨ!」


 マリカは迷わず引き金を引いた。モヨは思わず目をつぶる。


「あれ?」




『説明しよう!岡マリカが持つ【魔法無効領域アンチマジックエリア発動装置】は、一度スイッチを入れると一時間、半径五メートル以内の魔法を無効化することができるのだ!』




「……」


「……」


 モヨが小麦粉の袋を持ち上げ、マリカの脳天に叩きつける。空になった袋を奪い取ったマリカがそれをモヨに被せ、新たな袋を破いて武器を探す。もはや互いの必殺技が意味を為さない以上、物理攻撃に頼るしかないのだ。


 大量の粉が舞い踊り、モヨのピンク色のフリルスカートも、マリカの黒いワンピースも、分けへだてなく真っ白に染まっていく。


「そこだ!」


 マリカがピンク色の影を見つけ、中身入りの麻袋を叩きつける。しかしそれは木の枝に掛けられた魔法少女のフリルスカートだった。


「忍法セミの術!」


 おそらくこれは『空蝉うつせみの術』の誤りであろう。もはや魔法でも何でもなく、下着姿のモヨは新品の小麦粉をマリカの顔にぶちまけた。マリカがき込んだ隙にそのポケットから【魔法無効領域アンチマジックエリア発動装置】を取り出し、遠くに放り投げる。


「しまった!」


 モヨは先程まで鈍器として使っていた魔法少女の杖を拾い上げ、にやりと笑った。


「油断したね、マリカ。私だって考えてるんだよ!【炎の嵐ファイアーストーム】!」


「ちょっ、まって、このおバカー!!!」


 瞬間。川沿いの路地は爆炎に包まれた。周囲の荷車を、小舟を、塀を、屋根を宙に吹き飛ばし舞い上げる。

 その爆発によるキノコ雲は五キロメートル離れた市街地からも確認できたという。単発の魔法などとは比較にならない、災害レベルの爆発であった。




『説明しよう!粉塵雲、着火源、酸素の三条件が揃えば、一般に可燃物と認識されていない物質でも爆発を起こすことがあるのだ。これを【粉塵爆発】と呼ぶ!』




「いててて……あのバカ女、覚えてなさいよ。ロワーヌはこの天才にこそふさわしいんだから」


 そのマリカのつぶやきは、おそらく無理というものである。元々アホの子が爆発の衝撃で頭を打って、この日の出来事を覚えているはずがなかった。


「あれー?わたし確かマリカちゃんと戦って……あ、大変、火事だ!変身しなきゃ。服はどこ!?」


 アイドルはおしっこどころかお漏らしもしないはずであったが、爆発の衝撃で膀胱ぼうこうを刺激されたのは不幸であった。ただし本人が気づいていないからセーフと言えなくもない。




 うるわしきロワーヌの町を巡り、天才と紙一重のバカと正真正銘のアホの子の戦いは今日も続く。

 二人をこの町に転生させた者は、心底それを楽しんでいた。

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