ファミリエ・デュエル!~落ちこぼれミリィと黒い羊~

いいの すけこ

黒い羊の反逆

 澄み渡った青い空に、赤と青の旗がはためく。

 青い旗に輝く太陽と月は、大陸随一の魔術教育機関と名高い魔術学園の校章だった。

 五百年を超える伝統と、由緒の正しさ。名だたる魔術師を輩出し、優秀な人材を育ててきた学園には大陸中から魔術師の卵たちが集う。

「試験、緊張しちゃうなあ」

「僕はワクワクしてる。この日を目指して今日まで励んできたんだから!」

 校舎を遠くに望む、学園最南に位置する競技場に生徒たちは集合していた。

 競技場には、赤い旗が掲げられる。黄金の獅子が鎮座する紋章が描かれた旗。

 通常の校内行事で掲げられるのは、青の学園旗の方だ。けれど今、この場では、一匹の獣を描いた赤い旗こそが意味を持った。

 学園の創始者にして史上最強と謳われた魔術師の、その使い魔ファミリエの姿を描いたものだという。

 『決闘デュエル』がある時は、決まって獅子の旗が掲げられた。

 敷石が碁盤のように敷き詰められた広い決闘場、それを囲む石造りの観客席。決闘場内では二人の決闘者が向かい合い、中央上空には二枚の旗が浮かんでいた。二人の決闘者たちを月と太陽が照らし、獅子が睨みつける。

「勇敢なる魔術の徒よ、強き気高い獅子さえ己の友とせよ」

 決闘者たちは口上を述べる。

 共にまだ幼さの残る声。張りのある堂々とした声は少年のもの。対してたどたどしく言葉を並べたのは、小柄な少女だった。


「よく逃げ出さなかったなあ、落ちこぼれのミリィ」

 意地悪く吐き捨てた少年に向かい合った少女ミリィは、ローブをぐっと握りしめて堪えた。

 少女と少年は揃いのローブを纏って相対する。学園旗と同じ青い生地の仕立ては、魔術学園初等教育科のものだ。胸元に留めた太陽と月のブローチが銀色に輝く。

「何とか言えよ!」

 荒っぽい挑発にミリィが身をすくませれば、傍らの教師兼審判員が少年を制止する。

「おやめなさい、ここは神聖なる決闘場ですよ」

 女性教師――魔女とも言う――は、旗を示すように手を高く掲げた。

「皆さんがこの誉れ高き魔術学園に入学し、日々勉学に励み魔術を研鑽すること三年。初等教育過程の半分を終えた皆さんは、ここで一つの成果を披露することになります」

 縮こまるミリィに反して、少年は自信溢れる態度で仁王立つ。

「なぜ初代学園長が史上最強と呼ばれたか、知っていますね」

 その言葉に、少年は声を上げる。

「誰よりも強い使い魔を従えたから!」

「その通り! そして初等科四学年への進級試験の内容は」

 ミリィは震えた。課せられた試験内容は、とても自分には乗り越えられそうもないと、ずっと思っていたから。

 だけど、今は。

 高鳴る胸を押さえて、大きな声でミリィは答える。


「『使い魔ファミリエ決闘デュエル』で戦うことです!」

 風が吹いた。

 頭上の旗が、ばたばたと音を立てて風に踊る。

「来い! 『灰の牙』アッシュファング!」

 少年が右手を突き出した先に、光の線が走った。光は空中で瞬時に円を描き、図形を、模様を、文字を浮かび上がらせる。

 完成した光の魔法陣から、咆哮とともに現れたのは。

「狼だ!」

 観客席の生徒たちがざわめく。

「こいつが俺の使い魔だ。すごいだろ?」

 少年の呼びかけに応え、現れた使い魔の狼。冷たい金の瞳が、ミリィを貫いた。本能的な恐怖に背筋が凍る。鼻面に皺を寄せて唸る狼の口には、鋭い牙が並んでいた。

「あいつ、狼なんて使い魔にしてたのか」

「精霊かな、本物の狼かな? どっちにしたって、あれを従えちゃうのはすごいや」

「これじゃあミリィに、勝ち目はないわね。落ちこぼれじゃ、もとより勝算なんてなかったけれど」

「落ちこぼれミリィだもの」

 子どもたちは好き勝手に囃し立てる。

 落ちこぼれミリィ。

 魔力を貯めようとしても、魔術を磨こうとしても。どんなに努力しても、ねずみ一匹使役できなかった。精霊や獣と心を通わすどころか、対話すらできなかった。

 無力で弱いミリィだったけれど。

 今は、もう。


「『黒い羊ブラックシープ』さん、来て!!」

 ローブを翻して、ミリィは叫んだ。

 抱きかかえていた何かを開放するような仕草で、ミリィは両腕を広げる。腕の中でぽんっと軽快な音がして、それは放たれた。

 ぽよん、と独特の足音を立てながら、二本の蹄が着地する。

 観客がどよめく。

「ひつじ?!」

 ミリィを守るように立ちはだかったのは、ふっわふわもっこもこの羊だった。

 しかも、ぬいぐるみの。

「なんだよそれ!」

 目の前に現れた黒い羊のぬいぐるみに、少年は声を上げた。

「ぬいぐるみ?」

「なんでぬいぐるみ?」

「ぬいぐるみって、使い魔になるの?」

「ぬいぐるみで戦うの?」

「え、かわいいんだけど」

 子どもたちの戸惑いの声が、さざ波のように決闘場を包む。

 きっとこれでまた、ミリィは周囲の子達から浮いてしまうだろう。

 ミリィは才能に乏しくて悪目立ちする自分のことを、白い羊に一匹だけ紛れ込んだ黒い羊のようだと思っていた。

 ぬいぐるみでもいいから、自分と同じようなお友達が欲しい。

 だから顔も手足も、羊毛までも真っ黒な羊のぬいぐるみを作った。この子が、自分の使い魔だったら素敵だなと、夢に見て――それが叶ったのだ。


「ミリィ・リリー。あなた、今日の試験の内容がわかっていますか?」

 教師の言葉に、ざわめきが収まる。しんとした場内に、教師の硬い声が響いた。

「使い魔として使役するのは精霊や聖獣、もしくは猫や鳥といった動物という決まりです。少なくとも、学園の授業ではそのように指導します。授業の総仕上げとなる決闘に、教えていないやり方で臨まれては評価のしようがありません。零点になりますよ」

 出来の悪いミリィは、教師の説教や追求がいつも恐ろしい。それでも小さな少女は、今回ばかりは必死に抵抗する。

「人形遣いの魔術師は、います」

「それでも授業と今回の試験内容には沿っていませんから、認めることはできません」

 教師の冷ややかな目線。

 ミリィはようやく、心を繋いだパートナーを得たのだ。それがたとえ、ぬいぐるみの姿をしていても。

「だけどこの子は、戦う気満々です!」

 ミリィは腕を広げて、ぬいぐるみの姿を群衆に示した。

 二本の後ろ足で立ち上がった黒羊は、綿の詰まった柔らかそうな両前足を構える。ミリィの腰ほどの背丈をしたぬいぐるみは、両前足の拳、ならぬ羊蹄を、しゅっしゅと繰り出し交互に打ち込んだ。


「おまえ、ふざけるなよ! なんで俺の使い魔を、間抜けなぬいぐるみなんかと戦わせなくちゃならないんだよ、頭おかしいんじゃないのか!」

 少年がミリィに食ってかかった。傍らの狼が、威嚇するように吠える。

 ミリィが肩を震わせた、その瞬間に。

 どごぉん! と大きな衝撃音が響き渡った。

 キャインと悲鳴を上げて、狼が倒れこむ。

「な、な」

 少年は言葉を失った。足をもつれさせながら立ち上がろうとする己が使い魔と、一足飛びで近づいてきた羊のぬいぐるみを見比べる。

 ぬいぐるみが、両前足の羊蹄同士を付き合わせて打ち鳴らす。その音は、ぽふぽふとかぱふぱふとか、そんな可愛い音ではなかった。ごっつんごっつんと岩同士を打ち付け合うような重い音がする。

 布と綿でできたぬいぐるみの体に、魔力が流れているのだ。

 羊の重い一発を食らった狼は、爪で地面をしゃかしゃかとかきながら後退した。


『人の主人マスターを頭おかしい呼ばわりするとは、良い度胸してるじゃないかクソガキが』

 ぬいぐるみから、声がした。

「しゃべった……」

 目を見開いて、少年は凍り付く。

 声を発したのは、口の造形すらないぬいぐるみ。その一切変化のない顔面に、光が浮かび上がった。青い光が、ぬいぐるみの真っ黒な顔に紋様を描く。青く輝く光は複雑怪奇な形を成して、唐草のようにも文字のようにも見えた。

「その模様は『反逆の角ブルーホーンズ』のシンボル……! おまえ、まさか」

 そう言った教師は、すぐさま携帯していたタクトを構えた。

『おお、教員のオネエちゃんは知ってるじゃないの。そうとも、俺は『反逆の角』と呼ばれたお尋ね者の魔術師だ。大陸を統一する腐った老魔術師どもに反逆して、その首を取ってやるあと一歩のところで捕まって……まあ、そんなつまらん話はどうでもいい』

「逮捕されて監獄に収監されていたはずのおまえが、なぜこんなところに?」

『監獄にいるのは体だけだ。魂だけになれば、あんなおんぼろ要塞を抜け出すのは容易いね』

「なんてこと……。それでうちの生徒の所有物を依り代にして、あまつさえ子どもを誑かしたということね?」

『名家のガキの体を乗っ取って、新しい体兼人質にしてやっても。アンタみたいな使いどころのありそうな魔術師の中に、入り込ませてもらっても良かったんだがなあ』

 ミリィは己の使い魔と教師の応酬を、はらはらと見つめていた。あの子の主人として何かすべきことがあるかもしれないのに、黙っていることしかできない。


「ミリィ・リリー。やはりこのぬいぐるみを、決闘に参加させることは許しません」

「で、でも」

「お黙りなさい。今がどんなに危険な状況か、わからないのですか」

 危険。あの子が。

 初めて得た、自分だけの使い魔が。

 ミリィは自分が作り上げたぬいぐるみを、その中に入り込んだ、『精霊』と思いこんでいた反逆者だという魂のことを想う。

「外側のぬいぐるみはあなたのものかもしれないけれど、中身の薄汚い魂はあなたとは何の関係もないわ。あなたが命令を下し、操っているわけでもないのに、いったい何を評価しろというの」

 教師は反逆者に、杖を突き付けた。

「安心なさい、ぬいぐるみは無傷で解放してあげます。憑りついた『反逆の角』を消し去るだけよ」

 杖の先に、まばゆい光が集まる。

「だめええええ!」

 ミリィはぬいぐるみの前に飛び出した。

 魔力を流しても、自分の腕の中では柔らかいままの体をぎゅっと抱きしめる。

「ぬいぐるみだって、悪い魂だって、この子は私の大事な使い魔で、お友達です!」

 もの言わぬぬいぐるみだったあの子が動き出してから、いっぱいお喋りをした。いっぱい魔法の練習に付き合ってもらった。

 使い魔として命令を下すのは、あまりうまくいかなかったけれど。一緒に眠ってとか、本を読んでとか、ちょっとしたお願いなら聞いてくれた。使い魔の決闘に参加するというお願いだって、聞いてくれたのだ。

「いい加減になさい! こんなものは、使い魔では――」


『俺の主人は、確かにミリィだけど?』 

 ミリィの腕の中から顔を出して、ぬいぐるみが言った。

「は……?」

『魔術師と精霊が契約をするように、ミリィは俺の魂と確かに契約をしている。魂と精霊は似たようなもんだし、動物を使役する時だってその魂と結びつくものだからな。だから俺は、間違いなくミリィの使い魔ってことになる』

 口のないはずのぬいぐるみが、ため息を吐いた、気がした。

『ガキの持ってるぬいぐるみに魂が入り込んじまうなんて、想定外だったんだがなあ。どういうわけか、ぬいぐるみに魂が吸い寄せられて。その上『ミリィの使い魔になってくれる?』なんて可愛いお願いごとに、俺の魂は応えちまったってわけだ』

 ほんとに意味が解らん、そう言いながらぬいぐるみは短い前足で頭を掻いた。

『『反逆の角』改め、魔術師ミリィ・リリーの使い魔『黒い羊』。主人の命を受け、使い魔の決闘に参戦する。着ぐるみを着て、だがな』

 黒い羊はフェルトを縫い付けた両前足の羊蹄をがつん、とぶつけあって周囲を威嚇する。周囲の者たちを、ガラスの瞳で睨みつけた。

『俺がミリィの命に応じて戦うなら、試験のルールには沿ってるよな?』

 問われた教師は杖を下ろさないまでも、ふるうことすらできずに唖然としている。

「『落ちこぼれミリィ』改め、『黒い羊』のあるじ、魔術師ミリィ・リリー。どっ、どんな強い使い魔でも、かかってきなさい! 私の使い魔が、一番強くて可愛いんだから!」

『可愛いは余計だ』

 どこからどう見ても可愛らしい、ふわふわもこもこの黒い羊のぬいぐるみ。小さな少女手ずから作り上げたそれには、悪と呼ばれる魂が宿っている。その彷徨える魂と契約をした、落ちこぼれと蔑まれた少女。

「勇敢なる魔術の徒よ、ふわもこ可愛いぬいぐるみさえ己の友とせよ!」

 黒い羊のように異質の魔術師と、その使い魔。歪ながらも奇妙な絆で結ばれた二人の、史上最強伝説の幕開けであった。






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