第6話
奇しくも目的地が同じであったため、同行を提案したジンはもう一つの提案をサンへと打ち明けていた。
「じきに日も暮れます。今日は一旦休んで明日街へ着くようにしましょう」
「私とマナちゃんはそのほうがいいかもしれないですけど……ジンさんはいいんですか?」
「元々そこまで急ぐ用事でもありませんでしたし。構いませんよ」
「よく言うぜ。無一文のくせに」
こともなげなジンの言葉にケタケタと魔剣が笑いだす。
(すごいツボだったのかな……?)
サンがそう訝しむ。よく見ると魔剣の刀身が微かに震えていたからだ。
「荷物を置いていったのは魔剣さんでしょ」
「言っとくが、そのオレサマがいなかったらあそこでくたばってるのはお前だからな小僧」
「それを言われると耳が痛い……ごほん。兎に角、まずは食事にしましょう。丁度そこに食材もありますし」
「え”っ?」
サンがジンの視線を追うと、そこにはコープスウルフの死体が数体ほど。
背中に冷や汗がつつーっと流れるのを感じながらサンは自分の嫌な予感が当たってしまったことを悟ったのだった。
☆★☆
「という訳で魔剣さんに協力してもらって解体してもらったコープスウルフの肉がこちらになります」
「…………このオレサマを解体用のナイフとして使い倒したのはお前が初めてだよ」
「それって褒めてる?」
「褒めてねぇよシバくぞテメェ!?」
街道から少し外れた小川のほとり、頬の汗をぬぐったジン。
気が付けば地平線に日が沈む少し前になっていた。
げんなりとした魔剣の刀身には血と脂肪分がぬらぬらとこびりついており、これぞ魔剣といった風貌となっていた。
もっとも、コープスウルフの解体を行っていただけなのだが。
血を抜き、皮を剥ぎ、骨を外す。そうして肉と臓物とに分ける心得を持っていたのはジンしかいなかったからだ。
それでも魔剣の協力もあり、想定よりは早く終わったのはジンにとっても僥倖と言わざるを得ない。
「ごめんごめん。脂肪とか血とかはちゃんと落とすから」
「そういう問題じゃねえっての! ……しかし、マジで食うのか? 魔物の肉を」
通常、魔物の肉は人体に対して極めて強い毒性を持つ。厳密にいえば魔物の肉にしみ込んだ魔物の因子が有毒なのだ。
故に一般人はおろか、飢えた冒険者でも魔物の肉は食べない。
魔物の肉を食らうのは同じ魔物か、その魔物を使役する魔人くらいのものだ。
唯一、天聖術が一つである「浄化」を用いることで魔物の肉を無毒化できるのだが、いくつかの問題点もある関係でそこまで一般的ではない。
そういう意味でも魔物の肉は食料としてはまず見向きもされない悪食も悪食だ。
「二人を守るためとはいえ殺しちゃったからね。殺した命には最後まで責任を持たないと」
「随分とお優しいこって」
「そういうのじゃないよ。単に僕の気が済まないだけだから」
小さく息を吐き、魔剣ごと川に手をひたすジン。手に付着したコープスウルフの血は瞬く間に清水の中に溶けていき、消えていった。
「すみません遅くなりました」
「おにいちゃん! 草とってきたよ!」
茂みの向こうから
その手に抱えているのは各種野草や果実、キノコ達だ。
「お疲れさまです。こちらも解体が終わりましたし早速調理をはじめましょうか」
「お肉食べられる? 楽しみー!」
はしゃぐマナをよそにサンはどこかそわそわとしたような動作だ。
「食べるん、ですよね。……魔物の肉を」
「そうですよ。ちょうどサンさんもいますし、お肉の浄化をお願いしてもらってもいいですか?」
「ええと……」
「? どうかしました? 浄化が難しいとかそういうのです?」
「そういう訳ではないんですけど……」
天聖術による魔物の肉の浄化が一般的ではない理由として、天聖術の使い手が少ないことと、もう一つは――
「浄化した魔物の肉って味がすごく落ちちゃうじゃないですか! 私、食べるなら美味しく食べたいんです……!」
「…………あー」
想定の外から外れたサンの発言に思わずジンは面喰ってしまう。
しかも、サンの口元をよくよく見ると、端からよだれだろうか、雫がぶら下っているのを見てしまった。
「決して! けっして! 食べたくない訳じゃないんです! むしろここ数日は頑張って携帯食で済ませてきてましたから、あれだけの量をいただけるのはむしろ光栄というか、そもそも食というのはただお腹を満たすのみにあらず、味わいによる幸福感、卓を囲んで食べる小さな幸せがですね――」
「そこまで顔を近づけないでください! わかりましたから! ……できる限り善処しますから!」
なんというか、あれほど清楚に思えてきたサンが急に人間味を帯びたような感覚さえ覚えるような光景だった。
☆★☆
「おぉ~! すごく……すごく美味しそうですよジンさん!」
日も暮れ、月が上り始めたころ、野営地に香草の香りを乗せた白煙が立ち上った。
ジンが作ったのはコープスウルフの香草蒸し。
石と土で簡単な器を作ってからそこに肉と香草、キノコを投入して蒸しただけの質素なものだが。
「さぁどうぞ。しばらくちゃんとした食事をとれていなかったみたいですし、召し上がってください」
「ありがとうございます! ――偉大なる白陽の主よ。本日のお恵みに感謝します」
指を組み、祈りの言葉を唱えるサン。流石と言うべきか、その所作は堂に入っていた。
隣でマナも同じように小さな手で祈りを捧げている。
そうして祈りを終えてようやく肉を口にしたサン。
一瞬、眉をひそめたように見えたがすぐに緩んだ。
「ん~~~~~~~!! 美味しい! お肉はともかくしてそれらを補うような草の香りが何とも言えない!」
「おいしいね! おいしいね!」
「お口に合ったようで何よりです。ささ、まだまだありますからいっぱい食べてください」
「えっと、ジンさんは食べないんですか?」
「僕はお二人が食べ終わった残りをいただきますよ。それにいつまた魔物が襲ってくるか分かりませんし、その警戒もしておかないと」
「そうですか……ではお言葉に甘えてしまいますね」
黙々とサンとマナは肉を頬張り続ける。
その光景にどこか微笑ましさを覚えながら、焚火を背にジンはひたすら視線の先の闇を見つめていた。
焚火のぱちぱちと弾ける音のせいか緊張の糸が崩れ、どっと疲労感に襲われる。
(本当に、今日はいろんなことがあったなぁ……)
死にかけて迷宮を脱出していたと思ったら魔剣と契約を結び、挙句の果てには女の子と一緒に夜を明かそうとしている。
濃密な一日は夢を見ているのかと錯覚してしまうほどだった。
「随分と物憂げな顔をするじゃねぇか。そんなんじゃ寝落ちしちまうぞ」
「だったら何か面白い話をしてよ魔剣さん」
「そうだなぁ……お前、あのコープスウルフに何か感じたか?」
「いや別に。ただ、あの手の魔物はもっと臆病だし、こんな開けた場所には出てこないとは思ったけど……」
ここまで口にしてはたと気づく。
「そういえば普通ならあそこまで狂暴化しているのは聞いたことないかも」
「普通ならな」
魔物とその他の野生動物の間で決定的に異なる点が二つある。
一つは体内に特有の因子を持ち、体躯はより大きくより頑丈に育つこと。
なかには魔術に似た能力を使う個体もいるという。
もう一つは――
「近くに魔人がいるってこと?」
「連中の気配はしないがまぁ十中八九そういうことだろうな」
魔人の放つ瘴気にあてられることで大抵の魔物は正気を失い、見境なく人間を襲うようになる。
魔物が魔物と呼ばれているのもこの現象が由来とされる説が今のところ有力だ。
逆に言うと狂暴化した魔物と遭遇した即ち魔人が近くにいるということになる。
「遭遇なんてことは御免被りたいね」
「あんまりそういうことを言ってるとガチで出くわすのが相場だぞ」
「嫌な予感ほどよく当たるっていうやつ?」
思わず苦笑いをしてジンは周囲の警戒に意識を割り振る。
胸中に少しの懸念を抱きながら夜は更けていった。
悪食の魔剣使い 有田 真 @makotoarita
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