第5話
街道から少し外れた地点、小川と森の中腹辺りに腰を落ち着かせ、ジンは、というより魔剣が白陽教に所属しているというサンを問い詰めていた。
成人男性よりも高い背を縮こまらさせて魔剣を見つめているが、それでもジンよりも大きい。もっとも、これに関してはジンの背が低いことも一因ではあるのだが。
「それじゃあ何か。オレサマのこと誰も知らねぇの?」
「残念ながら……」
「イヤイヤイヤ待てよ。さては別の呼ばれ方してるだけだろ? そうだなぁ、ある時には覇王剣だとか、絶影剣とか呼ばれてた時代もあるぞ」
「…………ごめんなさい」
「ハァーーーーーーーーー!?」
余りにも申し訳なさそうに目を伏せて答えるサンを前にして、魔剣の絶叫が再度響く。
しまいにはジンの意思に反して自分から顕現する始末だ。
「嘘だな! あるいはオレサマの力を妬んだ
「ちょっと魔剣さん! 言いすぎだよ!」
「黙れ小僧! これはオレサマにとって重要な問題だ!」
ぎゃーぎゃー騒ぐ魔剣を無理矢理胸に押し込めようとするジン。傍目には自刃しているように見えるだろう。
幸い周囲にはジン達のほかに誰もいないが、もしこの場を目撃でもされていたら間違いなく頭のおかしい連中に思われたことは想像に難くない。
いや、すでに遅いか。
「おねぇちゃんとおにいちゃんは誰とお話してるの?」
おずおずと会話に入ってきたのはサンの後ろで様子を伺っていたもう一人の女の子。
少し舌足らずなしゃべり方と、魔剣を見つめる無垢な瞳は見た目通りの幼さを感じさせる。
声の主を探す女の子はやがて魔剣をまじまじと見つめ
「なんだぁ? このお子様は?」
「ちょっと魔剣さん。さすがに失礼だよ」
「もしかして剣が喋ってるの? すごいね! 私はじめて見た!」
「…………中々見どころのある奴じゃねぇか」
「割とあっさり絆されてる!?」
流石の魔剣も純粋な眼差しと称賛の前にはたじたじとなるばかりだった。
それからはもう女の子のなすがままにベタベタ触られる始末。
一応、魔剣も自身の刃をなまくらにすることで怪我をしないよう気を付けているあたり弁えてはいるようだった。
そんな微笑ましい光景を遠巻きに眺めてサンはぽつりとつぶやく。
「良かった。少しだけでもマナちゃんが元気になって」
「何か事情でも?」
「えぇまぁ。ここまで二日ほど歩き詰めでしたからね。最初は旅行気分だったのでしょうけど、疲れと不安もあったのか段々と口数も少なくなっていって……」
そう口火を切って訥々とサンは話し始めた。
「この道をずっと行った先に大きな街があって、私たちはそこを目指していたんです。マナちゃんのお父さんのお願いで、弟がいるからそこにあの子を預けてほしいって」
(そういえば修行中って言ってたっけ。やっぱり姉妹ってわけじゃないのか)
独り合点がいきながら、それにしても妙な話だとジンは思った。
弱者救済を謳う白陽教で修行中の身であるサンがマナの父親の願いを聞いて同行するのは筋が通っている。しかし、両親が訳もなしに子を手放すのはおかしい。と考えたからだ。
(口減らしのためなら
「ご、ごめんなさい。助けてもらった人に言う話じゃなかっ――」
ぐる……ぐごるるるるるるうっる!
ジンの胸あたり、ちょうどサンのお腹に当たる個所からそれは聞こえた。
それは獣の唸り声のようであり、どこか切なさが滲んでいるようにも思える重低音。
一瞬、何が起きたのかジンには分からなかった。
顔を真っ赤にしたサンがその豊満な巨体で蹲ったことでようやく理解が追い付く。
「………………聞きました?」
「…………すみません」
「気にしなくて大丈夫ですよ! 『天聖術』を使うとこうなっちゃうだけなんです」
「そうなんですか?」
人間だけが扱うことのできる超常の力。それが天聖術と魔術だ。
どちらも、天に満ちる聖なる力、文字通りの「天聖力」を体内に取り込むことで効果を発揮するのだが、その後のプロセスがやや異なるため名称が異なっている。
魔術の場合は取り込んだ天聖力を魔力へと変換してから火や水、簡単な身体強化といった魔術として行使する。そうしなければ天聖力の強すぎる力に体が耐えられないからだ。
魔術の使用者はかなり多い。ロットン達をはじめとする冒険者のほとんどは使用できると言っても過言ではないだろう。
一方で天聖術は天聖力をそのまま力に変換する。純粋で原始的な力のため、魔術のようにバラエティーに富んではいないが、魔術のそれとは比べ物にならない規模の強力な治癒術や結界、解呪などが行えるのだ。
先のコープスウルフとの戦闘においてジンを守った半透明の壁がまさしく結界そのものであり、天聖術を扱えるのは才持つ一部の人間に限られる。
(天聖術ってそうなのか? まぁ魔術さえもまともに扱えない僕が言うのもなんだけど)
一応ジンも火おこしや清潔な水を出すといった簡単な魔術を扱えるが、おおよそ実戦で役に立つようなものはない。
ともあれ、ジンは少し疑問に思いながらも、それ以上追求することをしなかった。
「実は私だけなんですよ、どうにも燃費が悪いみたいで。あ、でも結界の強度とか規模には自信がありますから心配しないでください」
ぎゅるるる、ぐごるるるるるるう……
そうはいっている間にもサンの腹の虫が激しく主張をはじめ、再び顔を赤らめる。
気が付けば日がかなり傾いていたが、街までの道のりはまだまだ遠い。
コープスウルフと戦ったことによる疲労もあることから、少なくとも今日中の到着は到底無理であることは明らかであった。
少なくともジンはそう考えていたし、サンも薄々感じていた。
今ジン達がいるのは街へと続く小さな街道が見える場所だが、商人が駆る馬車など到底来る気配もない。
なら、どうするか。答えはおのずと絞られてくる。
「行く方向も同じみたいですし、良かったら同行させてもらえませんか?」
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