魔女の甘言に乗ってはいけない・後編
「ウサギさん…何、言ってるの?」
「オレは、これでも元人間なんだ。魔女に捕まってぬいぐるみに入れられちまってな。
多分、魔女は最初からオレを手土産にして、”竜の涙”と交換させるつもりだったんだろうと思う。
エミリアーナが食べられたら”竜の涙”を持って返るヤツがいない。オレが食べられるしかないだろ」
ドラゴンは、それがとても良い案だと思ったようです。ご機嫌に鼻を鳴らし、応じようとしています。
「ああ、それもそうだね。それじゃ…」
「だっ………ダメーッ!!!」
恐ろしいやり取りを終えようとしたドラゴンに、エミリアーナは慌てて待ったをかけました。
「ダメ! ダメ!! そんなの絶対ダメ!!!
何で? 何でそうなるの? わたしはドレスが欲しいだけで、ウサギさんに死んでほしい訳じゃない! 何か他に良い方法はないのかな?!」
エミリアーナは懸命に説得しますが、ドラゴンには上手く伝わっていないようです。ぬいぐるみに困った顔を向けています。
「…彼女は何を怒っているんだい? すごくいい案だと思うんだけど」
「大した事じゃないさ。こいつもオレもあんたも、言われた事をやって貰えるもんを貰う。それがお仕事だ」
「それもそうだね。それじゃ」
ドラゴンはそれで納得してしまいました。するっと舌を伸ばし、エミリアーナのお腹にくくりつけていたぬいぐるみを器用に取って行ってしまいます。
「ああっ!! ウサギさん!」
「オレの名前はコルネリオだ。エミリアーナ、元気でな。気を付けて帰れよ」
舌に絡めとられて行ったウサギのぬいぐるみは最後にそう言い残し、ドラゴンの口の中へ入って行きました。
エミリアーナが呆然とへたり込む中、ドラゴンはおいしそうにもぐもぐもぐ、ごっくんと飲み込みます。
やがてドラゴンが満足した様子で、雲一つない青空に首を上げたのです。
「ああ………絶望、苦しみ、優しさ、愛しさで、心が満たされて行く………。
この心地良さ、美しさ、輝きは、魔法を超える奇跡を生み出すだろう…」
ドラゴンの黄色い目は閉じられて、そこから一つ、キラキラとした物が落ちてきました。光に包まれたそれは丸く虹色に輝いていて、エミリアーナの手の中に収まります。どうやらこれが”竜の涙”のようです。
「さあ、それを魔女のもとへ持ってお行き。その”竜の涙”なら、あらゆる願いを叶えてくれる道具になるだろう。
そして、君が望んだものと交換するといい」
がっくりと”竜の涙”を見つめているエミリアーナに微笑んでみせ、ドラゴンは大きな翼をばさりと広げました。
◇◇◇
(こんな事までして、ドレスが欲しかった訳じゃない…)
ドラゴンに山のふもとまで送ってもらったエミリアーナは、”竜の涙”を手にとぼとぼと城下町に帰ってきました。
出掛けた時はドレスの事で頭がいっぱいだったのに、今はウサギのぬいぐるみの事ばかりを思い出してしまいます。夜更かししておしゃべりした事、山登りしながら教わった事を思い出すと、つい涙がこぼれてきてしまうのです。
魔法雑貨屋まで来ると、ちょうど魔女がどこかの貴族らしい男女を見送っている所でした。
魔女がエミリアーナを見つけると、優しそうなおばあさんの笑顔が嫌らしい笑みに歪んでいきます。
「おや、帰ってきたようだねぇ。
でも残念だったねぇ。ドレスなら、さっき売れちまったよ」
はっとしてショーウインドウに顔を向けると、そこにドレスはありませんでした。きっと、さっき出て行った貴族に売ってしまったのでしょう。
仲良くなったぬいぐるみは食べられてしまい、欲しかったドレスもなくなってしまいました。
何もかもを失ったエミリアーナの目から、大粒の涙がこぼれていきます。泣けども泣けども、涙は止まりません。
「そんな…売らないでくれるって、約束を…」
「『考えてやろう』と言っただけさ。考えて、ドレスを売りたくなったから売ったのの何が悪いんだい?
さあ、約束だ。”竜の涙”をおよこし」
強い口調でにじり寄ってきた魔女から、エミリアーナはすぐに離れました。”竜の涙”を大事に抱え、魔女の手の届かない所でまくしたてます。
「うそつき!! 何が約束だ! ウサギさんも、ドレスも…最初から、こうするつもりだったんだ!」
「ほお…魔女との約束を違える気かい? 困ったお嬢ちゃんだ。
だったら…お前もぬいぐるみに閉じ込めてやろうかねぇ…!」
魔女はじりじりとエミリアーナに近づいてきます。魔女の手には魔法の杖が握られていて、今にも振り上げてきそうです。
その時エミリアーナは、ドラゴンが言っていた事を思い出しました。
『そして、君が望んだものと交換するといい』
(わたしが、望んだものは───)
エミリアーナは”竜の涙”を抱えたまま、自分が望んだものを言いました。
「ウサギさん───ううん。コルネリオ、戻ってきて!!!」
その瞬間、カッ───と音を立て、エミリアーナの目の前が真っ白に染まりました。”竜の涙”から光がたくさん出てきたのです。
「うわああ?!」
白い光の先で、魔女の悲鳴が聞こえてきます。光にびっくりして、町の人達の驚く声があちらこちらから聞こえてきます。
あふれていた光は、やがて縦に細長く形を変えて行きました。”竜の涙”が消えてなくなる頃には、金色の短い髪、少し日焼けした肌、貴族っぽい服を着た男の人が、エミリアーナの目の前に現れたのです。
(…だれ?)
初めて見る男の人でした。エミリアーナが知っている人に、こんなにきれいな人はいません。しかし。
「───まさかまた、こうして動ける日が来るなんてな」
その声は、さっき食べられてしまったウサギのぬいぐるみと同じものだったのです。
「コルネリオ…!? お前は、死んだはずじゃ…」
魔女の顔が、驚きに歪んでいます。ウサギのぬいぐるみに閉じ込め、ドラゴンに食べられたコルネリオが、今目の前に立っているのですから。
「よう。ド腐れ魔女。よくもオレをはめてくれたな」
「…はっ、何ならもう一回ぬいぐるみに入れてやろうか?」
「そいつは勘弁願うぜ」
魔女が杖を振り上げる前に、コルネリオの長い足が早く動きました。コルネリオの足が杖を勢いよく蹴り飛ばします。
そして、固い音を立てて地面に転がった杖をコルネリオは踏みつけ、先端を掴んでへし折ってしまいました。
「ああっ、杖がぁ!」
杖を折られたら、もう魔女には何も出来ません。
悲鳴を上げた魔女は、がっくりと肩を落としてその場にへたり込んでしまいました。
「───コルネリオ様!」
騒ぎを聞きつけてきたのでしょうか。兵士さん達と、パリッとした燕尾服を身に纏った中年の男の人が駆けつけてきました。
息を切らせてきた人達に、コルネリオは呆れた様子です。
「遅いんだよ、チーロ。今まで何してた」
「も、申し訳ありません。魔女がなかなか尻尾を出さなかったもので」
チーロと呼ばれた燕尾服の男の人は、申し訳なさそうにコルネリオに頭を下げるばかりです。
魔女を連れた兵士さん達を見送ったコルネリオは、目を丸くしているエミリアーナに声をかけてきました。
「エミリアーナ、ありがとな」
「あなたが、ウサギさんだったの…?」
頭をなでてくるコルネリオは、ウサギのぬいぐるみとは似ても似つきません。声としゃべり方はそっくりですが、こんなに大きい男の人があのぬいぐるみに入っていたとは思えませんでした。
「こ、こら、無礼だぞ小娘。
このお方は、コルネリオ=レナート=ダッラルジーネ様。
この国の第三王子で在られるんだからな」
「王子様…?」
チーロから語られたびっくりな事実に、エミリアーナはトンカチで頭を殴られたような気持ちになりました。
王子様というと、金髪で、色白で、品が合って、優しくて、頭が良さそうで、ダンスとか得意そうなイメージだったのに。
コルネリオは金髪で優しいのですが、それ以外に王子様要素が全然なかったのです。
「魔女が、良からぬ商売をしてるって噂が流れてな。国に害がないか、オレが調べてたんだがドジ踏んじまってさ。
北の山に連れて行かれた時は、さすがに死を覚悟したが…あのドラゴン、こうなるのを見越してたのかねぇ」
ちゃんと国の為にお仕事をしているようなので、王子様なのは確かなようです。
ですけど。
「………ぬいぐるみの方が、かわいかったなぁ………」
「おいこら」
「ふ、ふふっ、あははははっ」
本音に唇を尖らせるコルネリオがちょっと可愛くて、エミリアーナは笑いが止まらなくなってしまいました。
欲しかったドレスよりも、もっと素敵なものを見つけたような気がしました。
◇◇◇
───結局魔女は詐欺などの罪で逮捕され、当分の間牢屋へ放り込まれる事になりました。
そして、エミリアーナの家には時々第三王子コルネリオが来るようになり、お礼としてお金や服がたくさん贈られ、エミリアーナとお母さんの暮らしがちょっとだけ豊かになったそうです。
そしてコルネリオは、執事のチーロから『イエスロリータ、ノータッチ、ですぞ』と言われているとかなんとか。
めでたし、めでたし?
エミリアーナのドレス 那由羅 @nayura-ruri
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます