第2話 ある娘の思い

 先程まで口もないのに、饒舌じょうぜつに話をしていたぬいぐるみを強く抱きしめていく。

 隣で泣き崩れるママを見て、私は思う。


 ……冗談じゃない。

 こんなことが許されていいはずがないのだ。


 鬼の存在を信じないわけではない。

 だって私は知っているのだから。 

 病室のベットの上で、食い残された魂から見ていたのだ。

 ママがどれだけ私のために泣いてきたのかを。

 そしてある時は鬼に食らわれた魂の側で、忌まわしき鬼の目線で。

 パパがこの三年の間、その鬼のにえになるためにどれだけ準備をしてきていたのかを。


 パパに逃げて欲しいと、どれだけ願ったことか。

 けれどもそうすれば鬼は暴れ出し、この世界は滅びへと進むのみ。

 本当は死にたくないけれど、ママと私が死ぬよりはずっと良い。

 そうパパが白装束の集団に語っていたのも私は知っている。

 でもパパのいない世界なんて、ママと私にとっては滅んだと一緒ではないか。

 

 日々魂を磨きあげていくパパを、鬼は嬉しそうに見ていた。

 こんな奴のために、私の大切な人が奪われなければならない。

 私にはどうしてもそれが許せなかった。


 何か私にできないだろうか?

 3年間、私は考え続けた。

 だが結局は納得のいく答えは出せぬまま、今日という日を迎えてしまったのだ。

 けれども、このぬいぐるみが残した言葉から、私は一つの案を思いつく。

 パパは自身のことを『薬』と言った。

 同じ魂である私もその『薬』に間違えられたのだと。

 うまくいくかはわからない。

 けれども、このまま嘆くだけよりはずっとましだ。

 抱いていたぬいぐるみを、枕元に置く。

 じわりと襲い来る睡魔に抗うことなく、私は目を閉じた。


 ――このままで、絶対に終わらせない。



◇◇◇◇◇◇



 数人の白装束に囲まれ、僕は進む。

 明かりも何もない夜の山道を、僕も白装束達も迷うことなく道を進んでいく。


『我らと、かつてのお前の魂がそこへと導くだろう』


 彼らはそう僕に語った。

 なるほど、自分と同じ運命をたどった過去のにえたちが、僕にその知識を分けてくれているということか。

 この先には深い谷があり、それが鬼の口だという。

 そこに日の出と同時に飛び込むことにより僕の魂は食らわれ、それにより鬼と共に空へと消えていくそうだ。

 先を行く白装束達の足が止まる。

 道が開けられ、その先にあるのは暗くぽっかりとあいたゴール地点だ。

 見上げた先には明けようとする空。

 ふちに立ち白装束達へと視線を送れば、彼らはうなずき静かに祈りを捧げていく。

 それに伴いぽぅ、と小さな光が穴の底からやってくるのが見える。

 

 ――美晴みはるの食われてしまっていた魂だ。


 そのほのかな光に思わず笑みが浮かんだ。

 ようやくこれで彼女にも穏やかな生活が訪れる。

 僕の娘に生まれたばかりに、苦労を掛けてしまったがこれでもう大丈夫だ。

 目の前にまでやってきて、ゆらゆらと揺れるその姿に指を伸ばしたその時。

 美晴の魂が強く輝きだしたかと思うと、光は僕を包みまるで引っ張られるように僕は穴へと落ちていった。



◇◇◇◇◇◇



 落ちる落ちる、落ちていく。

 でも怖くない、だってパパと一緒だから。

 けれどもパパはそうでもないようだ。


「みっ、みみみみ、美晴ぅぅ」

「久しぶりだからって名前がちょっと多めだね、パパ」

「落ちるのは僕一人だけでいいっ、お前は来てはいけないんだ!」


 いつの間にか人の姿になっていた私は、パパを強く抱きしめていく。

 

「ねぇパパ、薬って飲みすぎると毒になるらしいよ。……知ってた?」


 突然の私の言葉に、パパは驚いた顔を見せる。

 けれどもその表情はにやりとした笑いへと変わっていく。


「いい着眼点だね、さすがは、……パパの自慢の娘だ!」


 私を強く抱きしめパパは叫ぶ。

 歴代でも特に強い力を持つというパパ。

 そして三年間、魂のみでここにいた私。

 二人分の魂を、しかもかなりの純度を上げた魂だ。

 鬼はさぞ私達を美味しく食べてくれることだろう。


 ――その正体が、毒だとも知らずに。

 

 落下していたはずの体はいつの間にか止まっていた。

 私たち二人の体から、次第に光が溢れていく。

 私達が発している光が、吸い込まれるかのように下へと移動していくのが見える。

 光が奪われることで、次第に襲い来る脱力感に耐え、私はただパパにしがみついていた。

 やがてその光に震え上がるかのように、足元からおぞましき声が響いてくる。

 声を聞かせないようにと、パパは私の体を包み込むようにさらに抱きしめてきた。

 パパから広がりゆく光は、私達を空へと押し上げていく。


 その浮遊感が突然に止まった。

 眩しさで閉じていた目を開けた先では、パパと白装束の一人が互いに手を伸ばして腕をつかみ合っているのが見える。

 白装束達から、さらに多くの手が伸ばされ、私達は地面へと引き戻されていく。

 やがて私達の体から光が次第に消え行くと、皆そろって地面へと座り込み荒い息を吐いた。


「ふ、ふふふっ。生きているよ、僕。信じられないや」


 私の頭をなでながら涙をぽろぽろと流し、パパは笑い続けている。

 そっと頭をパパの胸にすり寄せてから、私は空を見上げていく。

 パパが言っていたように、雲一つない澄んだ空が私達を見下ろしていた。

 二人で空を見上げ、私達は大きな声で笑いあう。

 そんな中、ふと自分の体に違和感を覚える。

 どうしたことか手がだんだん透けていき、急激な睡魔が私を襲ってきたのだ。


「そうか、体は病院だったね。心配しなくていい、もう少ししたらまた会おう」


 パパの言葉を聞き、私はそっと目を閉じていく。


 再び意識が戻り起き上がった私に見えたのは、涙で顔がぐしゃぐしゃになったママの姿。

 そして。


「おはよう。それともおかえりなさい、かな?」


 そんな言葉が私の枕元にいるぬいぐるみからではなく、隣から聞こえたことが嬉しくてたまらなくて。

 私は泣きながらパパに抱き着いていくのだった。

 

 

 

 


 

 

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