ぬいぐるみはかく語る
とは
第1話 ある父親の言葉
『むすめのはつぜっく』
うん、良い響きだよね。
知っていると思うけどさ、女の子の
僕たち二人とも親が早くに亡くなっていたからさ。
頑張って働いて、小さいけれどとっても顔のかわいらしいひな人形を買って、君と三人でお祝いしたんだよ。
幸せだったなぁ。
ほら、何せ『初』ってつくものだけに、それってたった一回しかないものじゃない?
最初で最後の大切な行事だもんね、初節句ってさ。
さて、そんな『初』を僕は今まさに体験しているってことだね。
びっくりしすぎて、何も言えなくなっちゃった?
いやー、これがまさに『娘の
……うん、そうだよねぇ。
美晴が小さい頃からずっと大事にしていたぬいぐるみから、パパの声がしたらそりゃそうなるか。
驚かせてごめんね。
でも他の方法がどうしても僕には思いつかなかったんだ。
今の君の記憶は13歳で止まっているのかな?
君は13歳になって間もなく、原因不明の病気で倒れ、3年眠り続けていたんだよ。
だから今の君は16歳になっている。
隣にいるママを見てごらん。
美晴の知っているママよりちょっと年を取ってしまっているだろう?
でも今もママは誰よりも
ちょっとこれから信じられない話をするけど、どうか聞いてほしい。
え、ぬいぐるみがしゃべる時点でもうおかしいって?
いい着眼点だね、さすがはパパの自慢の娘だ。
この世界には悪い「鬼」がいるんだ。
数百年に一度、そいつは現れ災いを引き起こしてしまう。
その鬼が暴れないようにするために、これまた数百年に一人、特別な魂を持った人間が生まれてくるんだ。
その魂は薬みたいなもので、それを食らうことにより鬼は鎮まるらしい。
だからその選ばれた一人のことを『
自覚がなかったんだけど、どうやら僕がその薬人らしくってね。
しかも僕、歴代の中でも特に力が強いらしくて、鬼がそのせいで早く目覚めちゃったんだって。
そうしてやってきたそいつは、あろうことか僕ではなく、僕の血を分けた君を薬人だと思ってしまった。
……そう、君が倒れたのは僕のせいだったんだ。
幸いというべきか。
その鬼の存在を知っている人達が、君の魂が全て食らわれる前に何とか間に合ってね。
それでも奪われてしまった魂のほとんどを取り戻せず、君は眠り続けることになってしまった。
ならばどうして今、目覚めたのかって?
ちょっとばかり、その助けてくれた人達に力を貸してもらっているんだ。
僕が最後のお仕事をする前に、君と少しの間だけ話をさせてくれているんだよ。
大丈夫、全てが終わったら君の魂は全部返ってくると約束してもらっているからね。
今もその人達と一緒にいるんだけどさ。
全員が真っ白なお坊さんみたいな服を着て、全く
さて、そろそろ時間だ。
君はまた眠りにつくことだろう。
でもすぐにまた目が覚めるから、心配しなくていいからね。
起きたらママが手を握ってくれているはずだよ。
だからすぐに握り返してあげて。
これは僕はもう出来ないから、代わりにお願いするね。
……。
えっとね、巻き込んでしまって本当にごめん。
君の大切な時間を奪ってしまったこと。
大切な君とママの笑顔を、3年も失わせてしまったこと。
ママは僕が悪いわけじゃないと言ってくれたけれど、やっぱり謝らせて。
そしてどうかお願い。
僕はもう見ることができないけれど、どうかたくさんの笑顔と大切な時間をこれからは過ごしてください。
僕の元に生まれてきてくれて本当にありがとう。
大切な僕の美晴。
僕の魂と鬼が消えた時、美しい光が生まれてくるそうです。
きっとそれは空へと向かい、君の名のように鮮やかに輝いてくれることでしょう。
最後の僕が生きた証、どうか受け取ってください。
今までありがとう。
じゃあ、……いってきます。
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