KAC20232 「ぬいぐるみ」②

小烏 つむぎ

KAC20232  「母のぬいぐるみ」

 まいかけるの姉弟は、母が独り暮らしをしていた古い家の玄関をガラガラと開けた。玄関は母が救急車で慌ただしく運ばれたあと、何度か荷物を取りに来たときに片付けてある。


 二人は台所で母が使っていた小ぶりな茶碗を水切りカゴから取り上げた。一ヶ所小さく欠けたそれは、16年ほど前にかけるが中学校の修学旅行の土産にと母に贈ったものだった。


 元気なうちの終活をしないとと、母は3年ほどかけて断捨離をしていた。娘のまいはその時何度か手伝いに来ているので、家の中のことはおおよそ把握している。まいは母が寝室に使っていた奥の部屋に向かった。


「姉ちゃん、なにしてるん?」

「お母さんのの着物。

お母さん、自分で用意してるから。」

「幽霊とかが着てるあれのこと?」

「そうだけど、違う。

ほら、これよ。

覚えてない?」


 まいは母の婚礼箪笥の真ん中の引出しから少し色褪せたたとう紙を取り出して広げた。中には濃い蒼の地色に白い鳩が群れ飛ぶ訪問着と銀色の帯が入っていた。


 「あ!中学の卒業式のときオカンが着てたやつ!」

「あんたあの時やけに母さんにつっかかってたよね。」

「オカンだけ着物で…いたたまれんかった。

……違う。

ホンマはめちゃ、キレイかった。

ダチに『おまんとこのオカン、キレイやん』って言われて……照れくさかったんだ。」


 かけるは少し湿った声で言った。まいが肩をトンと叩いた。


 「お年頃やったもんな。

あんたはサッカーやるって県外の高校に進学が決まってたし、お母さん、気合い入ってたわ。」


 鼻をすすりながらティッシュペーパーを探しに立ち上ったかけるが、あっと小さく声をあげた。


 「なに?」


 尋ねるまいかけるは、箪笥たんすの上5年前に亡くなった父の写真と腕時計の隣のとぼけた顔のぬいぐるみを示した。


 「あ、これ!

洋子おばさんがくれたやつ!

かけるにそっくりだって!」

「うん、オカンに何回も見せられた。」


 のんびりの昼寝でもしているかのような丸い顔の、ほどよく握れる太さの胴体に短いとってつけたような手足がついたぬいぐるみ。そのぬいぐるみは手作りのユニホームを着ていた。ユニホームの背中には怪我をしてプロを辞めるまで、かけるが付けていた背番号。


 「オカン、縫い目ガタガタやんか。」

「お母さん、縫い物得意じゃなかったもんねぇ。」


 二人の声に嗚咽が混じる。


 玄関の下駄箱の上では、まいが母の日に贈ったカーネーションが鉢いっぱいに花を咲かせていた。


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近況ノートに、モデルのぬいぐるみの写真を載せました

https://kakuyomu.jp/users/9875hh564/news/16817330654054745883

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