女子高生は名探偵の顔をするーぬいぐるみー

MACK

* * *


「わかりました! この美少女JK探偵、川端かわばた侑花ゆかがお引き受けします」


 日曜だというのに、校則に従ってきちんと後ろで束ねた長い髪を揺らし、制服のリボンを見せ付けるように胸を張って自信ありげに言うと、強面の五十半ばのベテラン警部はソファーから軽く腰を浮かし、喜色も露わに声を上げた。


「ありがとう、侑花ゆかくん!」


 にっこり微笑んで応えたものの、内心は冷や汗と「あわわ、どうしよう」と右往左往している自分がいる。実は、解決の糸口は全く見えていない。

 以前、大富豪の別荘で起きた密室殺人事件で、清掃バイトを請け負っていた彼女はヒントがぽろぽろ降って来るような幸運に恵まれ、迷宮入りと言われた事件の犯人を見つけ出してしまったのだ。

 それからはあれよあれよと女子高生探偵と祭り上げられ、こうやって警察からの捜査協力の要請が来るようになったのだが、いつも難易度が高い。ここまで、運だけで要請に応えて来た。


「すぐ資料を持ってくる、待っていてくれ」


 そう言い残し警部は応接間を後にする。実はこの部屋にはもう一人いて、侑花ゆかの二歳年上の従兄弟、裕也ゆうやは呆れた溜息をつく。短く黒髪を整え、凛々しい眼鏡姿も相まってこちらの方が探偵っぽい賢さを醸し出す。


「また安請け合いしたな」

「だって警察のプライドも年上の尊厳も捨てて頭を下げられたら断わりにくいじゃない! それにもう現場に来ちゃってるし」

「あと、おまえがJK探偵と呼ばれているのは初耳だ」

「ぐっ。どうせならそう呼ばれたいじゃん。裕也ゆうやも別に、ついて来なくていいんだからねっ」

「ボロが出ないようサポートしてくれと、泣きついて来たのはおまえだろう。大学生も暇じゃないんだぞ!」

「ごめんなさい、そうでした」


 土下座の勢いで侑花ゆかは頭を下げた。

 探偵には助手が必須。各種フォローのボロを出さないために依頼したのだった。本当の所は、休日に付き合ってもらう口実に探偵をはじめた節もある。推理小説好きの従兄弟は、最初の事件解決で話題になった際に真っ先に連絡をしてくれたので、以前から好意を寄せていた侑花ゆかは好機だと思ったのだ。

 そんな乙女心を知る様子もなく、「フォローにも限度がある」と腕を組んで憤慨しているところ、警部が戻って来て資料を広げた。


「被害者はこの家の女主人。趣味はぬいぐるみ等の人形の収集。この趣味が高じて借金を背負い、金に困ったようだ。偶然、広域詐欺グループの犯罪証拠を手に入れた彼女は、それを使ってグループのリーダーを恐喝して金を手に入れようとし、殺された。予感があったのか彼女自身からあらかじめ通報があったため、犯人はほぼ現行犯という形で逮捕出来たのだが……」

「広域詐欺グループの、犯罪証拠が見つからないという事ですね?」


 助手の裕也ゆうやがそう言えば、警部は頷く。


「被害者の部屋に隠されていたはずなのだが、見つからない」

「部屋から無くなっている物はないんですか?」


 侑花ゆかも探偵らしく質問を繰り出す。


「被害者は動画サイトに部屋内部のコレクションを公開していて、その動画と照らし合わせても無くなったものはなさそうだ。この部屋の隅々から、コレクションの人形やぬいぐるみもすべてスキャンをかけて、内部を確認済だ」

「証拠の存在自体がブラフだった……いや、それなら殺人に至るだろうか。犯罪証拠は確かに存在したはず。犯人は即逮捕されているから、この建物から証拠は持ち出されていない」

「実は詐欺事件の一部は時効が近く、屋敷全体を捜索する時間が今は惜しい。それで今回の依頼に」


 何故か裕也ゆうやが顎に手を添え、探偵のごとく推理を始める。いけない、このままでは美青年大学生探偵が誕生してしまう。彼が侑花ゆかを助手にする可能性は0%だ。


「その部屋の動画と実際の部屋を見比べたいのですが!」


 教室で挙手するように右手を挙げて、侑花ゆかが存在をアピールすると、警部は手際良く部屋へと案内し、タブレット端末で件の動画を表示してくれる。

 動画の風景と、室内を必死で見比べる。スキャンのために動かされたのか、多少位置や角度が変わってしまっているが、人形やぬいぐるみのコレクションは全て動画内のものと変わらない。

 超難易度の間違い探しのようだが、優秀な警察官が目を皿のようにしてチェックしたはず。だから数と種類は合っているのだ。

 いつもだったら、ここで重大なヒントになるものに警部が触れて、机の上から落ちたり、重要参考人物が扉を開けて飛び込んできたりするのに、今日はその気配が一切ない。冷や汗をかきながら裕也ゆうやを見れば、彼はこの難問を解くべく思考に浸っていて、侑花ゆかに助け船を出す様子は皆無。これで失敗したら彼に笑われる。その笑い方を想像し、先日雑貨屋で彼にせせら笑われた出来事を思い出した。


「あっ、わかった!」


 半分以上当てずっぽうだったが、彼女はコレクション棚の中にあるフワフワのぬいぐるみに指先を向けた。某遊園地の季節限定マスコット。


「マニアなら、同じぬいぐるみを保存用にもう一つ買っているはず。それとこの部屋にあった物がすり替えられているんだわ!」


 警部は頷くと部下の警官に指示を出し、保存用倉庫に向かわせる。

 間をおかずして「ぬいぐるみの中にUSBメモリがありました!」という歓声が上がる。


「流石だ侑花ゆかくん、よく気付いたね」

「ぬいぐるみは工業製品でも、毛並みで微妙に顔が違うんですよ。毛足が長いと特に。動画内の物と、この部屋にあるぬいぐるみの顔が違いましたので」

「流石の着眼点……!」


 心からの感動を屈強な顔に溢れさせ、警部は少女の両手を掴んでぶんぶんと熱烈な握手をした。裕也ゆうやがそっと割って入り、その手を不機嫌に引き剥がず。はっと我に返った警部は、恐縮しきりで謝礼の話諸々を裕也ゆうやとし、後処理に向かった。


 並んで歩く帰途、侑花ゆかの頭を裕也ゆうやがくしゃりと撫でる。


「出来るじゃん、推理」

「そりゃあ美少女JK探偵ですから?」

「増えた……」


 先日二つの同じぬいぐるみを、どっちにするかで延々悩んで決めかねた侑花ゆか。「どっちも同じじゃん」と一蹴した裕也ゆうや


「あのぬいぐるみ、両方買ってやる。本物の探偵になったお祝いに」


 彼の真意をはかりかねた彼女は、その心理を読み取るため、今日一番の名探偵の顔をした。


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女子高生は名探偵の顔をするーぬいぐるみー MACK @cyocorune

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