2つ目のお願い

 ☆★★

 その日、彼が私に切り出した。

「ごめん、これで終わりにしてくれ。お前の気持ちにはもう答えることが出来ないんだ」


 彼とは付き合っていたというわけではない。

 私が一方的に好意を寄せていただけなのだが、彼だって満更ではなかったと感じていた。

 大学時代からの付き合いで、お互いに地元だったので卒業後も度々会っていた。


 誕生日にはプレゼントを送り合ったり、二人でディナーに行って祝ったことも有った。

 きっと上手く行くと私が勝手に思っていただけなのかもしれない。

「別に付き合っていた訳じゃなかったけれど…。でも私の気持ちは知っていたよね。貴方だって私のことを嫌っていたわけじゃあなかったよね」


「ああ、もちろん知ってたさ。嫌いじゃない。もしかしたら付き合っていたかもしれない。でもな、結婚したい人ができた。だからもうこれ以上は…」

 ああ、そうなんだ。

 私振られてしまったんだ。

 私の気持ちに答えてくれなかったと言って彼に文句を言える筋合いもなければ、彼が好きになった女性を恨む訳にもゆかない。


 鬱屈した気持ちを抱きながら家に帰った。

 その日妖精さんのぬいぐるみを抱きしめて泣いた。

 彼と結婚したかった。彼のお嫁さんになりたかった。

 そう思って泣き続けた。


 ★★★

「ママー ママー ねえママったら!」

 五歳の娘が呼んでいる。

 マンションの私の部屋のようだ。


 結婚して七年になる。

 五歳の娘と二歳になる息子がいる。いつの間にかもう二児の母に成ってしまった。


 …あれから二月後、彼の婚約者は交通事故で死んでしまった。

 仕事で軽自動車で営業所周りをしていて追突されたそうだ。

 大学時代のサークルの友人から知らされて失意の彼を励ましているうちにこうなってしまった。


 下心が有ったわけではない。それでも弱みに付け込むようで心苦しかった。

 彼から結婚を切り出された時にはあのぬいぐるみの事が心に浮かんで直ぐに返事ができなかった。

 私が望んだことが彼にとって最悪の形で叶ってしまったのだから。


 それでもずっと好きだった彼の申し出を拒むことは出来なかった。そして今がある。

 亡くなった顔も知らない彼女には悪いが私は幸せだ。


「ママ。このぬいぐるみ欲しい。この妖精さん可愛いもん。ユズちゃんのお友だちにするんだ」

 私は娘を見てハッとする。

 押し入れの奥に仕舞っておいたあの妖精さんのぬいぐるみを引っ張り出してきているのだ。


 偶然なのだ。それは分かっているが心の中に澱のように溜まった何かが私を不安の海に突き落とす。

「駄目よ! それはとても大事な物なの。代わりにトト◯のぬいぐるみを買ってあげるから。それはママに返して!」

 ぬいぐるみ程度のことで声を荒らげて怒鳴ってしまった。


 娘は涙目になりながらも妖精のぬいぐるみを抱きしめる。

「イ・ヤ・ダ! ユズちゃんのだもん。ユズちゃんのお友だちにするんだもん」

 そう言って私の手をすり抜けて駆け出してゆく。


 慌てて追いかけるが娘はマンションのドアを開けて表に走り出した。

 理由なんか無い。只々心に浮かぶ。あのぬいぐるみは娘を不幸にする、きっと。

「このぬいぐるみくれなきゃ嫌だ! ユズちゃんの妖精さんだもん!」


 マンションの階段を駆け降りようとする娘が見えた。よろめいて足をもつれさせている。

 私は娘を踊り場に突き飛ばし、その勢いで階段を踏み外す。

 スローモーションのように階段を落ちながら思った。

 これで最後の願いが叶うのだろうか? 娘の願った通りきっとあの妖精のぬいぐるみは娘の生涯の友だちになるだろう。


 何かを願うということはその代償を支払うこと。

 その代償を押し付ける行為を或る人は願いと言い、また或る人は恨みと言うんだろうな。

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三つのお願い ヌリカベ @nurikabe-yamato

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