雛祭り
旗尾 鉄
第1話
毎年、雛祭りにはおばあちゃんと過ごしている。私にとって、一年で一番大切な日だ。
昔ながらの大きな七段飾りのお雛様を飾って、家族みんなでお寿司を食べる。このお雛様は、私が生まれた時に、おじいちゃんとおばあちゃんが買ってくれたものだ。子供の頃からずっと続いてる、わが家の恒例行事。
おばあちゃんは雛人形を見るのが好きだ。毎年、雛人形を飾ると、目を細めて嬉しそうに眺める。そんなおばあちゃんを見ていると、いつもあの年のことを思い出す。
七年前、私がまだ小学生だったときだ。
その年の雛祭りの前日、おばあちゃんは心筋梗塞で倒れ、病院へ運ばれた。
駆け付けた病院で、おばあちゃんは酸素マスクをつけて眠っていた。医師の説明を受けて帰ってきた後、両親は、おばあちゃんは明日手術することになった、とだけ私に伝えた。それ以上詳しいことは聞けなかったが、両親の話を盗み聞きした私は、「五分五分」という言葉を耳にしてしまった。
自分の部屋で、私は一人、恐怖に襲われた。おばあちゃんが死んでしまう。おばあちゃんがいなくなる。もう会えなくなる。子供の頃からおばあちゃん子だった私には、そんなことは耐えられなかった。絶対に、嫌だった。
いつの間にか眠ってしまったらしい。目が覚めると、もう朝方だった。寝ている間に泣いていたようで、頬を伝った涙の痕が乾いて、少しひりひりした。こんなに悲しい気持ちで迎える三月三日は初めてだった。
その時突然、私は以前なにかの本で読んだ『流しびな』のことを思い出した。雛祭りの元になった風習で、人形を川に流して、病気や災厄の身代わりになってもらう行事だ。これしかないと思った。
リビングに飾ってあるお雛様を流す気はなかった。だってあれは、おばあちゃんが大好きなお雛様だから。退院してきたら、また一緒に見るお雛様だから。
私は、自分の部屋に飾ってある、ドナルドダックのぬいぐるみを抱えた。はじめてディズニーランドへ行ったときに買ってもらった、思い出のぬいぐるみだ。一番のお気に入りで、大事に大事にしてきたドナルド。でも、このドナルドなら、私の願いを聞き届けてくれそうな気がした。
ドナルドを抱えて、私は家の近くの川へ走った。最後にもう一度、しっかりと抱きしめて願いを伝え、橋の上から川へ投げ込んだ。
川面に浮かんだドナルドは、顔を私のほうに向けた状態で、ゆっくりと流れていった。「オッケー、任せておきな!」、そう言ってくれたような気がした。私は、泣きながら彼を見送った。
おばあちゃんの手術は成功し、後遺症もなく退院できた。今年も、家族みんなで雛祭りを楽しむことができる。
私は四月から、県外の大学に進学する。でも、これからも三月三日には必ず帰ってくるつもりだ。
来年も、再来年も、ずっとずっと一緒に雛祭りしようね、おばあちゃん。
雛祭り 旗尾 鉄 @hatao_iron
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます