ぬいぐるみのおうち

月見 夕

こっちを見てる

 小学生の頃、通学路に「ぬいぐるみのおうち」があった。


 その家の窓辺には、出窓にびっしりとキャラクター物のぬいぐるみが置かれていた。

 組体操のピラミッドみたいに隙間なく積まれたぬいぐるみが壁になり、部屋の中がどんな風になっているのか窺い知ることはできなかった。

 ぬいぐるみ達は皆、窓の外に笑顔を向けていたのだけど、それが手を振ってるように見えて可愛くて、だから誰からともなくその家を「ぬいぐるみのおうち」と呼んでいたのだと思う。

 ぬいぐるみの種類は週替わりだったから、今週はどんなぬいぐるみが飾られてるのかと友達と話しながら見に行くのが、下校時のひとつの楽しみだったのだ。


 ある日のこと、私達は集団下校をすることになった。

 比較的近所に住む子供達でグループを作り、団子状になって下校する。いつも誰かしらと帰っているけれど、たまにはこんな風に固まって帰るのも楽しい。私達はまるで遠足にでも行くようなはしゃぎようで帰途についた。


「あ、リコーダー忘れちゃった」


 私はその日の宿題に使うリコーダーを教室に忘れてきてしまった。うっかりしていた。

 友達に断り、ひとり踵を返して学校に走る。誰もいない教室に残されたリコーダーを引っ掴んで校門を出ると、夕暮れの帰り道には誰もいなくなっていた。

 あーあ、忘れ物なんてしなかったら、今頃みんなと一緒に帰れたのに。小石を蹴りながら、仕方なく私はひとりで帰ることにした。


 蹴った小石がどこかに飛んでいき、ふと見上げるとそこはぬいぐるみのおうちの前だった。

 今日はたくさんのクマが窓辺に所狭しと並んでいる。

 つぶらな瞳のそれらの表情を一体一体眺めていると、一ヶ所だけぽかりと隙間が空いていた。

 クマさん、ひとつだけ足りなかったのかな。

 そう思って暗い隙間に目を凝らし――私は悲鳴を上げて駆け出した。


 暗がりには、虚ろな目をしたおじさんの両目が浮かび上がっていた。

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ぬいぐるみのおうち 月見 夕 @tsukimi0518

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