ネクロマンサー系美女子甦原さんは、ぬいぐるみに閉じ込めた魂が幽体離脱中のクラスメイトとはまだ知らない

十坂真黑

ネクロマンサー系女子甦原さんは、ぬいぐるみに閉じ込めた魂が幽体離脱中のクラスメイトとはまだ知らない


 僕の特技は幽体離脱だ。自分の肉体から魂だけが、すぽんと抜け出て自由に飛び回ることのできる、あの幽体離脱である。


 と言っても生まれた時からできた訳ではない。ある日夜中に目を覚ました僕は、ベッドでアホ面を晒して眠る自分自身を天井辺りでぷかぷか浮かびながら眺めていた。

 その後、三日に一度くらいの確率で幽体離脱が起きるようになった。そしてだんだんと自分の意思で出来るようになり、今に至る。

 

 肉体の重みから解放される空中散歩は、気分転換にはちょうどいい。

 いつものように魂だけで外を漂いながら、僕がとあるマンションの一室の窓を横切った時だった。


「え?」


 僕は突然激しい光に包まれた。


 そして気がつくと、見知らぬ部屋の中にいたのだった。


 おそるおそる辺りを見回す。

 カーテンの色やベッドサイドのおびただしい量のぬいぐるみを見るに、女の子の部屋の中みたいだ。


 だが妙だ。縮図がおかしいのだ。

 ベッドなど、僕の体の数百倍もありそうだ。どんな巨人の部屋なんだ? けれど、部屋の内装次第は取り立てておかしなところはない。


 ……いや、一箇所だけ、普通の女子の部屋とは一線を画す風景があった。

 テーブルいっぱいに、黒いインクで描かれた巨大な魔法陣。

 黒魔術にでも使いそうな、禍々しいオーラを放っている。


「目覚めましたか? 浮遊霊さん」


 そう言って僕を覗き込んだのは、部屋の主に相応しい、巨大な女の子だった。

 けれど、その顔には見覚えがある。

 彼女は……もしや同じクラスの甦原そばらさんでは?


 彼女を一言で説明すると、スクールカースト上位、一軍の美少女だ。

 美人で勉強が出来て気立が良くて、当然クラス中から人気が高い。おっとりした口調にやや癖っけ気味の髪、マシュマロみたいに真っ白ですべやかな肌。

 天使のような甦原さんは、半径五メートル地点にいるものすべてに癒しパワーを与える。


 甦原さんは僕を見ていった。


「わたしは甦原唯生そばらゆいといいます。あなたをそのぬいぐるみに閉じ込めたのはわたしです」


 と、とても丁寧な自己紹介をする。

 なんだって? ぬいぐるみ?

 

 僕は正面に置かれた姿見に目を向ける。

 鏡に映るのは、だらしなく舌を出した犬のぬいぐるみ。

 どうやら今の僕の姿はこれらしい。

 なるほど、周囲のものや甦原さんが巨大化したのではなく、僕がぬいぐるみサイズに小さくなっていたのだ。


「なぜ? と言いたげな表情ですね?」


 甦原さんには、この犬のぬいぐるみの顔がそんな風に見えるのか。


「十時からわたしの推し、キリきゅんのライブ配信が始まります。あなたはキリきゅんの配信を私と一緒に見てもらいます」


 そう言って彼女が見せてくれたのは、僕が普段配信者として利用している配信アプリの画面だった。


 説明が遅れてしまったけど、実は僕は趣味でVライバーをしている。


 ライバーとしての僕の名前はザン 騎焔キエンという。

 ファンタジックな格好をした剣士キャラだ。

 ファンからはキリとか、キエンと呼ばれることが多い。


 当然クラスメイトどころか、家族のみんなにも内緒。

 まだまだマイナーだけど、固定ファンも付いてきた頃だ。

 この三年間、週に一度欠かさずライブ配信を続けていて、今日もこの後、夜十時から配信を予定している。


『十時から配信予定のキリきゅん』って……もしかしてもしかするとそれって僕のことでは?


 ひそかにテンションのぶち上がる僕をよそに、甦原さんはうっとりした顔で言う。


「推しについて語り合いたい。それは全人類が共通して抱く、三大欲求にも並ぶ原始的な欲望と言ってもいいでしょう。

 ですが……悲しいことにわたしはクラスでは推しについて話せる友人がいません。

 しかし日に日に募る語りたい欲……こまめに吐き出さなくては、いずれ自分の中でその欲求が爆発し、授業中に推しのキリきゅんのきゅんきゅんポイントを大声で叫びちらしてしまうかもしれません」


 そんな甦原さんも、ちょっとだけ見てみたい気もする。


「友人に布教しようにも、残念ながらわたしの周りにはVライバーに関心を示してくれるような子はいませんでした。

 そこで考えたのです、友達が推しを好きになってくれないなら、推しを好きになってくれる友達を作ればよいのだと!」


 そして、甦原さんは高らかに宣言する。


「そのためにわたしはあなたをネクロマンシーしたのです!」


 それから彼女は饒舌に語り始めた。

 甦原さんの家系はいにしえから死霊術に長けていた事。特に彼女は、霊体を特定の物体に憑依させる降霊術ネクロマンシーにかけては右に出るものはいないこと。


 つまり甦原さんは、自分の推しライバーを布教するために、浮遊霊(だと思われている)僕をぬいぐるみに閉じ込めたのだという。

 自ら呼び出した魂ならば、術師として自分に素直に従うだろう、と。なかなか強引な方法だ。


「大丈夫! 配信を見れば、あなたもすぐにキリきゅんの魅力にハマるはずです」


 甦原さんはあどけない笑顔を浮かべる。


「どうせ幽霊なんて毎日やることもなくプータローと同じじゃないですか。生き甲斐のない毎日のあなたに、推しを尊ぶ楽しさを教えてあげるのです。うれしいでしょう?」


 天使のような顔をした甦原さんだけれど、霊に対しては案外辛辣だった。

 幽霊に生き甲斐って、これほどアンバランスな言葉は無いと思うけど。

 けれど、どうやら彼女は完全に僕をそこら辺の浮遊霊だと思っているらしい。


 まあ、まさか幽体離脱が趣味のクラスメイトがいるなんて思いやしないだろう。


 それにしても、彼女が僕をこんなにも推してくれているなんて、とても嬉しい。

 自分のファンと間近で関わる機会なんてないし、何より相手がクラスの美少女、甦原さんだなんて。


 しかしそれとこれとは話が別だ。

 僕は壁の時計を確認する。

 時刻はちょうど夜の九時半を回ったところ。

 まずい。あと三十分で僕の配信の時間だ。


 まだまだ駆け出しのライバーの身としては、定期の配信は絶対に休むことはできない。しかも告知なくを休んだとあれば信用問題に関わる。なんとしても避けたい。

 しかしぬいぐるみに閉じ込められている今、僕に出来ることなどないに等しい。

 うう……どうしよう。


『そばらさんは、どうしてそのらいばーのことが好きなの?』


 僕はとりあえず会話のとっかかりとして、そう切り出してみた。

 ぬいぐるみボディが影響してか、普段の僕よりもふわふわした頭の悪そうな喋り方になってしまった。

 一応僕と甦原さんはクラスメイトで面識はあるのだから、声や話し方でバレたら嫌だなと思っての配慮だったのだけど。


 僕に出来ることは会話しかない。

 なんとかして見つけ出すんだ。

 配信時間である夜十時までに、このぬいぐるみから抜け出す方法を。


「えへへ、よくぞ聞いてくれました。……キリきゅんは緊張すると辺なところで噛んじゃったり、結構な割合で漢字読み間違えちゃったりするんですけど、そこが可愛いんです。厨二病キャラなので電波発言も多いんですけど、そのキャラ設定に振り回されてる感じもまた尊くて」


 彼女は笑顔でとんでもない爆弾を投下した。

 はずかしいいぃぃい。

 僕は羞恥に身もだえる。

 はっちゃけている瞬間の自分の言動について他人から説明される、という拷問。

 僕は生来、過去の自分の配信を確認出来ないほど恥ずかしがり屋なのだ。

 

 自分自身に目つぶしをしたくなる衝動に襲われる。現実逃避と自戒の意味も込めて。


 僕はいま耳すら塞げないぬいぐるみの姿なのだから、まさに地獄。


「そうだ、生配信が始まる前にキリきゅんの過去のアーカイブを見て勉強しましょう。そうしたら、あなたもきっとその魅力に取り憑かれるはずです」


 それはさすがに勘弁してほしい。

 特に過去の自分の下手くそな喋りとか、昂ったテンションのまました自分語りとか、もう痛くて聞いてられない。考えただけで悶死してしまう。


「それにキリきゅんは頑張り屋さんなんです。一度やると決めたら必ずやり遂げるし、これまで予定した配信を休んだことが無いんですよ。これまでパーフェクト皆勤賞なんです」


 いや、今日その皆勤賞が破られようとしている原因が甦原さん、君なんだよ……。


 先日の林間学校では日程が配信の日と被ってしまい、泣く泣く仮病を使って一人家で配信をした経験を持つ僕である。


「そんなキリきゅんも……実はクラスでは目立たない男の子なんです。そのギャップがまたいいんですよね」


 ぽろっと飛び出した彼女の言葉に耳を疑った。

 まさか生方さん、斬 騎焔が僕である事を知って……。

 確かに地元ネタも話してるし、口が滑って個人情報を配信で暴露しまったこともあるから、見る人が見たら分かるのかもしれない。


 もしかして……僕が中の人だと分かってるから推してくれてたりして。

 思考が都合のいい方にずれていく。


 ……やっぱり今日の配信、なんとしてもやり遂げなければ。

 彼女の期待を裏切るわけにはいかない。


『甦原さん』


 今度は正真正銘、僕の声色でそう呼びかけた。


『実は僕、同じクラスの山内なんだ。信じられないと思うけど』


 一瞬の沈黙。

 数秒の後、甦原さんは可愛らしく首を傾げた。


「えっと、それってどちらさんでしたっけ?」


「いや、だから君が推してくれてる斬 騎焔の中の人で」


「いやいやいや。何ですその売れなそうな名前のライバー。わたしが推してるのは推しも押されれぬ売れっ子、キーリ・スペクタクルきゅんですよ?」


『……え?』


 ……人違いならぬライバー違いでしたか。

 普通に恥ずかしい。いっそこのまま昇天してしまいたい。


 さりげなく、甦原さんがクラスメイトであるはずの僕の名前をまるっきり知らないという切ない事実も発覚してしまった。僕は二重のダメージを受ける。


「あ、そろそろ始まりますよ。キリきゅんのライブ配信」


 甦原さんは嬉しそうにノートパソコンを開き、僕に画面を見せてくれた。


 その後、甦原さんと一緒にキーリ・スペクタクルの配信を見た。

 彼の配信は控えめに言ってめちゃめちゃ面白かった。

 キーリは元祖厨二病キャラと呼ばれていて、その筋では有名らしい。


 僕のように趣味ではなく専属ライバーのキーリは、毎日夜十時からライブ配信を欠かさず行っている。

 仕事を終えた会社員や学生が見やすい時間帯だから、そういえばこの時間帯に配信をするライバーはとても多い。


 配信が終わると甦原さんは普通にぬいぐるみから僕の魂を解放してくれたので、家に帰るなり早速キーリをお気に入り登録した。今では僕もすっかりキーリファンだ。


 ……この出来事がきっかけで、甦原さんとは推し友として密かに交友関係が続いていくのだけど、それはまた別の話。





 

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