第九話〜戦闘訓練〜



「これより戦闘訓練を始めるぞ」


 ルーン魔術の訓練は継続で続けながら、しかしこれからは戦闘訓練も同時に行っていく。


 まだ完全にルーン魔術を完全に習得したわけでもないのにいいのかと思うデアドラではあったが、ここに来てから魔術の修行ばかりで身体が訛って来ていたのも事実。


 何よりこっちの方がデアドラ好みの訓練でもある。


 「まずはお前が使用する得物を決める。なにか希望はあるか?」


 「何がいいって、師匠は確か槍使いだろ?俺もそっち方面に育てるんじゃないのか?」


 デアドラの脳裏に、初めてスカーディアがバンシーを蹂躙していた姿が思い浮かぶ。

 あの時のスカーディアは何の飾り気もなく、圧倒的に己を魅了していたと言っても過言ではないほどに鮮烈な印象をデアドラに与えた。あのような強さを手に入れることができるのであれば、武器には然してこだわりがないのがデアドラの本音であった。


「別に我に合わせる必要はない。各々自分が得意とする武器はあるだろうし、そこを伸ばした方がいいのは必然だ。何を使おうが訓練には支障はない」


「って言われてもな…得意な武器なんて……」


「お前には人を殺した経験があるのだろう?その時は何を使用して殺した?流石に素手ではなかろう」


「っとにアンタ……こっちの気を少しも気にしねえな……あの時は無我夢中で…………」


 デアドラは忌まわしい記憶を辿る。



初めはガラスの破片だった。


会話に夢中で歩く素人兵に気付かれないように息を潜め、タイミングを見て背後から喉を切り裂いた。

 次に仲間が殺られて、動揺しているもう一人の目に喉を切り裂いたガラスを投げつけて視界を潰し、殺した男の剣を奪って心臓に突き立てた。

 

それからはずっと同じことの繰り返しだ。

 

槍、剣、銃、あらゆるものを使って奪って奇襲する。そんなことの繰り返しだった。


だから何が得意だったかなんてことは自分でもわからない。あの時考えていたのはどう使えば効率よく敵を殺せるか。それだけだった


「やっぱり槍でいいよ。師匠の槍捌きに魅了されて弟子入りを決めたは確かなんだから」


「ふむ。そうか……しかし勘違いしているようだから教えるが、我は別に槍使いというわけではないぞ」


「えっ?そうなのか?」


「うむ。初めてお前に戦って見せた時はバンシーの量が多かったから槍を用いたが、別に剣を使用するときだってある。我に武器による得意不得意は存在ない。我は完璧だからな」


見事なドヤ顔を浮かべるスカーディア。自分と違っていつも自信に満ちていて妬ましいとデアドラは思う。


「ではこうしようか。まずはお前が槍を使う。対して我は剣を使おう。そうすれば一度に両方の武器について知ることができる」


「ちょっと待てよ。俺は槍の正しい握り方も振り方もろくに知らねえんだぞ?アンタが教えてくれるんじゃねんのかよ」


「まずは習うより慣れよ。武器の正しい作法等存在しない。でなければ流派等生まれん」


相変わらず無茶苦茶だと思うが、こうなった師匠は何を言おうがこちらの意見は何一つ通らないことはこの一年以上を一緒に過ごして学んだデアドラ。こういう時は大人しく従う限るともはや諦めの境地へ至っていた。


スカーディアが右手に槍を、左手に剣を生み出す。槍の切っ先を持ってデアドラに握るよう促す。


差し出された槍を握ると、デアドラの手に伝わってきた感触は冷たい鉄の感触ではなく、植物の手触りだった。


「この槍…木で出来てるのか」


「左様。これはスカディラビィアに生えている樹木で名をエルダーという。軽いし硬さの中にもしなやかさを兼ね備えている良い素材だぞ」


デアドラは柄の部分をノックするように叩いてみたり、穂先に力を加えて柔軟さを調べる。子供の自分の身長よりも長い槍だが軽く扱えそうであることを確認し、デアドラも満足げであった。


「武器もそろった。では始めるぞ。構えよ」


スカーディアの手にもいつの間にか一振りの剣が握られており、やる気満々といった様子。


デアドラは小さな両手に槍を両手で握り締め、不格好ながらそれっぽい構えを取る。


スカーディアの動き出しを待っていても仕方ない。がむしゃらに自分から攻めなくては意味がないとデアドラは考え、槍を突き出そうと腕に力を込めた次の瞬間。


「えっ……?」


一瞬何が起きたのか理解できなかった。


突然自分の視界に鮮血が散った。ガーデンに弾け飛ぶ血液が、芝生を赤く彩る。


噴き出した血の出どころは自身の腹。そこから刃が飛び出していた。

じわじわ感じる激しい痛みに蝕まれながら、首を何とか背後に向けると、そこには先ほどまで正面にいたはずの師がおり、その手には自分の腹を貫いている剣がしっかり握られており、柄から流れてきたデアドラの血で汚れていた。


「……え??」


デアドラはなに一つ理解できぬまま、意識を暗闇の中へと落としていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

弓道者 sloth @corch

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ