第八話〜成長〜
ルーン魔術の修行を始め、幾許かの月日が経った。
少し背も伸び、髪も伸びた。目にかかって鬱陶しいからそろそろ切ろうと思う。
どれだけ時間が経っているのか正確にはわからないが、おそらく師匠と会ってからもう一年は経っている。
それでもまだ俺は、ルーン魔術の修行を行っている。
初めの暴発による火傷から始まり、ルーン文字を学び、魔力の知覚、放出、吸収、集中、さまざまな訓練をこなしてきた。
訓練開始直後は己の不甲斐なさに弱気にもなったりしたが、そんな自分の弱さも受け入れつつ、やらなければ死ぬという恐怖を常に抱き続けてなんとか今日まで心折れずにやってくることが出来た。
今では起きてから寝るまでの間に、基礎訓練に加え、本格的なルーン魔術の修行も行うことが出来るようにはなっている。
触媒を用意し、ルーン文字を刻み、魔力を蓄えさせる。魔術式の構築だ。
触媒は師匠が用意した物。まだ城の外に出ることは許可されていない。出てもバンシーに襲われて死ぬだけだから。
それは俺も理解しているので反論はない。
魔術式の構築は、今までやってきた基礎の複合であり応用でもある。
今まで俺は、自身の魔力を自己の領分で完結していた。自身の体内に魔力を吸収し、特定の部分へ集中、そして放出する。
どれも己の体内でのコントロールに収まっていた。
しかし、魔術式の構築では触媒に、つまりは己以外に自身の魔力を与え、その中でコントロールしなければいけない。
これが想像以上に難しい。
流すだけなら簡単だ。しかし流した魔力をコントロールしなければ魔力は霧散するか暴走を起こす。初日の自分のように。
魔術式を構築しコントロールすると言うことは、触媒自体の物質としての性質イデアに己の魔力を付与させるということであり、自身の力の結晶を作り上げることを意味する。
訓練初期から現在まで、俺は暴発を起こしたことはない。
何故なら初日に暴発する恐ろしさを体験しているからだ。身を持って味わうとはよく言ったものである。おかげで慎重になりすぎて中々触媒に魔力を流すことも出来なかったが。
ルーン文字を刻む指先へ魔力を集中し、刻み終えたら少しずつ自身の魔力を注ぐ。己と触媒、常に両方へ意識を向けなければいけない。そして触媒へ与えられる魔力は少量ずつであるのに対して、己の内に内包している魔力は与える以上に吸い取られる。
これは俺の魔力コントロールがまだまだ杜撰であるせいだ。効率よく魔力が触媒へ伝達できていない証拠だった。
だから常に全身で魔力を吸収することを怠ってはいけない。そうしなければ魔力欠乏症となってしまう為。
色々なことを同時に行いすぎて頭がパンクしそうになる。最初の頃は脳が処理に耐えられずよく鼻血を流していた物である。
辛い。
辛いが、ようやくこのレベルまで来ることが出来た。最初の頃と比べ、己の成長を感じることが出来ている。
基礎訓練を終えたのは体感で一月前のことだった。基礎でそれだけの時間を要した俺は、やはり魔術の才能がないのかもしれない。
しかし、魔術式の構築の訓練を始めてからは調子がいいのだ。現にお粗末ながらではあるが、少しずつ触媒に己の魔力を付与し、魔力欠乏症を起こさずにコントロールすることが出来ている。
基礎訓練に一年近い時間をかけたとは思えないほどの進歩ぶりではないだろうか。
とは言ったものの、まだまだ未熟であることは変わりない。
俺がじわじわと額から汗を流して必死であるのに対して、この程度なら師匠は優雅にティータイムを過ごしながらこなすだろう。
今だって愚者の間にあった適当な書物を片手に読書をしながら俺より的確に、効率よく触媒へと魔力を貯蔵していく。
基礎をこなし、魔力をより正確に知覚できるようになって、師匠の技術の凄さがようやくわかった。
触媒に流れる魔力は無駄がなく、滑らかに淀みなく触媒を構成するあらゆる物質と混ざりあう。それがとても美しく感じる。
俺もいつかは、師匠のような技術で魔力をコントロールできるのだろうか……
「ふむ…魔力を触媒へ集中させながらも吸収も同時に扱えているな」
触媒への魔力供給を終えると、同時に師匠も本を閉じてこちらを向いてそう言った。何やら感心しているようである。
「まあこればっかり訓練してきたんだからな。アンタほど効率よくは出来ねえけど」
必要以上に魔力の消費をしている点でも、失った端から魔力を取り入れる点においても、まだまだ無駄が多い。
なのに師匠はこちらの返答を聞いてもブツブツ呟いては一人で頷くばかり。
「なるほどな…0から1を得るまでは時間がかかるようだが、1から10へ発展させることは得意らしい」
本来、魔力の扱いというのは人間生まれた時から感覚的に行えるものである。自身に内包された魔力を感覚的に肉体の一部へ集めて微力ながら腕力を強化するなど、自意識を得た子供でも無意識に行っている。
天才的な人物であればそれこそ赤子の頃から魔力を具現化させることすら可能とするだろう。
その元々備わっている感覚から個々人の方法で、それこそ天才であれば直感で使用していれば自然と技術を伸ばしていくのだ。
デアドラでいえば、その才能はまるでなかった。
彼は魔力というものを感覚で扱うという先天的な才能が皆無である。それ故、魔力というものを論理的に自身の中で理解する必要があった。自身の中で魔力操作技術を落とし込むの一年以上。多くの時間を費やした。
しかし……
「魔力の同時操作を行う際、お前はどの様にこれを行っている?」
「どの様にって……一つ一つのやり方は訓練してわかってんだから、あとはそれらの繋ぎ合わせだろ?でもただ同時に行おうとすると各操作のプロセスで相互干渉が起きて上手く機能できないだろ?」
魔力を術式として具現するまでのプロセスは、シンプルに考えると2つの工程で出来ている。
① 魔力を集める。
② 魔力を放出する。
簡単に言ってしまうとこの2つの工程のみだ。では、、魔力吸収とは何なのか。
魔力吸収は基礎ではあっても、自身の魔力を操作し、術式を構築、発動するには必要としない技術である。
意図的に行わなくとも、魔力というのは自然に時間が経てば自身の器の限界まで回復するものだからである。
それでも基礎となっているのは、戦争など戦時中であれば、自然回復を待っていては手遅れになってしまう為。強制的に回復する術が必要だと考えられているからである。
故に、一般的には『魔力は使用しながら吸収する』という考え事態が普通ではないのである。あるとすれば第三者が供給するなどの手段が主流である。
その為、術式を構築し魔力を使用ながら溜めることも同時に行うなどという考え方は現代魔法では用いられない考えであった。
もし考えた者がいたとしても、習得は困難を極めるだろう。
現代魔法は魔力を如何に効率よく集中させることができるかが鍵となる。それが魔法の改変力に一番直結するからである。
対して魔力の吸収は、全身のあらゆる箇所から行なわれる。口や鼻、爪先から毛穴一つ一つなど。あげればキリがないほど多くの場所からである。
それら一つ一つに意識を通すことで魔力の吸収力をコントロールすることが可能になる。
しかしそれは、改変力を高める為に行う一点への集中とは逆を意識することである。
並の常人では成し得ない魔力操作である。
しかしデアドラはというと。
「だからシンプルにタスクを一つに限定してるんだよ」
彼曰く、魔力を一点に集中させることも各組織で吸収することも言ってしまえば『魔力を集める』という一つの共通タスクであると定義できるとのこと。ならば後は意識を仮想的に二つ用意し、その一つのタスクを一点に集める意識と全身で行う意識、二つの意識で行えば解決できるとのことだった。
「…お前は一体何を言っておるのだ?」
「ああっ?師匠もそうやって同時にこなしてんじゃねえのかよ?」
「意識を仮想的に二つ用意するとはなんだ?」
「はあ?師匠ならそれくらいできるだろ?ほら、人間の意識ってのは脳の機能だろ?んで脳には右脳と左脳、二つの意識領域がある。普段は片方ずつ稼働するけどそれを両方使って意識を分割するんだよ」
だから初めてこれやった時は脳が暴走して鼻血出ちまったんだよなぁなどとデアドラは軽く言い放っている。
否、そんなことを意識的に行うなど異常だ。脳を意識して使い分けるなど人間に与えられた機能ではない。
稀に、二重人格などと呼ばれる人間はいるが、これはそれとも違う。
「意識的に二つの意識を使い分けるか……突飛な発想ではあるが…おもしろい」
自分はあくまで極限まで鍛え上げられた集中力を持ってそれを成しているスカーディア。弟子にもその境地へ導くはずであったが、いつの間にか全く別の方法を編み出していた。
しかし、それが面白いと思った。この弟子には魔術に対して期待以上の才能はなかった。だが、これには予想を裏切るだけの何かが備わっている。
現にデアドラは、一万年存在するスカーディアでさえ考えなかったことを思いつき、実行に移したのだ。
自分が教えること以上の成果を上げる。
それこそがスカーディアが求める彼女の英雄像であるのだから。
「良い…実に良いぞ……少しばかり遠回りした甲斐があったというものだ。遠回りも悪くないということだな」
「んだよ急に笑い出して気持ち悪いな…あんたが笑ってると不吉の前触れみたいで君が悪い」
「そう悪いものでもない。決めたぞデアドラ!明日からはついに戦闘訓練に入るぞ!心しておけ!」
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