エレナのぬいぐるみ

古朗伍

エレナのぬいぐるみ

 オレには、心に残った“しこり”のような思い出がある。


 それは小学の頃の話だ。小さな島の学級閉鎖も寸前の学校で退屈な日々に刺激を求めて無茶な事をオレは繰り返していた。


 蜂の巣をつつくなんて日課で、断崖絶壁から海に飛び込んだり、村長の猟銃を持ち出したり、とにかく悪ガキだったと思う。

 島では駐在警官を親に持つ双子のアニキとアネキくらいしか話すヤツは居なかった。

 そして二人とも中学生で受験も終わり、島の外の学校に行く時期だった。


「トシは相変わらず元気だな」

「トシキ。あんた、さっさとガキを卒業しないと将来苦労するわよ?」

「知らねぇよ。オレは今が楽しいんだ」


 アニキもアネキも、なんやかんや言いながらもオレのやることを否定する事はなかった。

 呆れたり、一緒に釣りや海で泳いだり。受験とか言う時期はずっと勉強しててつまんなかったけど。二人の事は本当の兄姉の様に感じてたし、その忠告も少しはわかっていた。

 来年からはこの二人は居なくなると思うと寂しくて、その気持ちを紛らわす為に強がっていたのだ。


 故にやることは変わらない。

 危険な事は何のその。その都度、親父から拳骨を貰い、母は周囲に謝るが、今思えば相当に親不孝だったと思う。


 それでも鋼のメンタルを持つオレはへこたれない。金曜日ロードショーで見た、ターミ○ーター2のジョ○・コナー。アイツはマジでイカすぜ。島じゃ無かったらバイクでも盗んで走り回してやるんだけどなぁ。乗り物は軽トラしかないし、エンジンをかけた所で親父に見つかって拳骨をもらった。


「じゃあな、トシ。都会あっちに行くときは連絡をくれ。力になれると思う」

「あたしらも居なくなるんだから。トシキ、馬鹿な事は止めなさいよ?」


 アニキとアネキもそう言って島を出ていった。

 それからのオレは少し、やることがつまんなくなった。そして、森の中にアニキとアネキで作った秘密基地に入り浸った。

 そんなある日、秘密基地から帰ると何やら家が騒がしい。

 村長の軽トラも止まってる。オレは最近は何もやらかしていない。漁の旗に、“あいるびーばっく”とラクガキしたくらいだ。油性で。


「お帰りなさい、トシキ」

「お母さん。誰か来てるの?」


 母は優しい。この優しさを親父は見習って欲しいものだ。


「お客さん。あんまり失礼の無いようにね」


 そう言って母は靴を揃えて台所へ。村長の手土産か、魚や野菜などを貰ったらしい。

 オレはそっと居間を覗くと、そこには“人形”が“ぬいぐるみ”を抱えて座っていた。


「ん? トシキ、丁度良かった」


 親父がオレに気づくと、一斉に視線がこちらへ向く。無論、“人形”の視線も。


「この子はロシア人のエレナ・ペルキナちゃん。村長の友人のお孫さんだ。訳あってここに滞在する事になった」

「あ……どうも」


 白髪に蒼い瞳と白い肌。本気の本気で人形だと思ったソレは、どうやら人間だったらしい。


「トシキ、エレナちゃんは日本の生活に不馴れだ。歳はお前の一個下。ここに住む者同士、アニキとして色々と教えてやってくれ」

「は? 住む? ここに?」


 親父にそう返答して、エレナを見ると彼女はぬいぐるみを抱きしめたまま、ペコリと会釈する。


「ヨロシク、オネガイ、シマス」


 ぎこちない挨拶。それが、オレとエレナとの出会いだった。






 オレに怖いモノは何もない。だからエレナには普通に妹の様に接した。

 箸の持ち方や、和式トイレの使い方とか、エレナは解らない事だらけだったので、全部教えてやった。彼女は常にぬいぐるみを手放さなかったが、そんな事は特に気にしない。

 自由な生き方がオレのスタイル! 無論、オレのハードな遊びも見せてやった!


「トシキ、危ないヨ。それに怒らレル」

「大丈夫だって!」

「ワタシ、トシキが怪我するのイヤ」

「……わかったよ」


 そんな感じでエレナは悪戯や危険な遊びには乗らなかった。今思えばオレがぶっ飛んでただけなのだろう。

 変わりに秘密基地に連れて行くと、とても嬉しそうにしてくれた。


「す、凄いデス! トシキが作ったのデスカ!?」

「まぁな! 雨と風も防げる優れモンだ! 台風でもビクともしなかったんだぜ!」

「ハリケーンでモ!?」


 眼を輝かせるエレナに秘密基地の凄さを語るのは誇らしかった。

 そこで、オレは秘密基地から一番の宝物を取り出す。


「見ろ! エレナ! コイツはインスタントカメラだ! アニキが都会の土産に送ってくれたんだぜ!」

「カメラ……」

「丁度良いから、記念に撮ってやるよ」

「イヤッ!」


 と、オレがカメラを向けるとエレナはぬいぐるみを抱えてその場で縮こまる様に伏せてしまった。


「おいおいどうした?」

「写りたくナイ……」


 そのままエレナはブルブル震えて動かない。

 その時のオレは短絡的で、単に一人で写るのが恥ずかしいのかと思い、


「なんだよ、だったらそう言えよ」


 側に寄って、フレームに出来るだけエレナを入れるために肩を寄せる。エレナは驚いて顔を上げるとそのまま、カメラ目線でシャッターが切られた。


「……」

「オレも一人で写るのは嫌だからわかるぜ。何となく恥ずかしいからな!」


 オレは次が撮れる様にダイヤルを回す。何か銃をリロードしてるみたいでカッコいいんだこれが。


「トシキ……」

「なんだ?」

「ワタシ……平気だっタ……」

「何が?」


 すると、エレナはぬいぐるみを抱えたまま、オレに抱きついて来る。


「怖カッタから……」


 そして、顔を上げると笑顔でオレにこう言った。


「アリガトウ、トシキ」


 何だかわからんが、エレナが笑ってくれたので良しとした。






「よし、完璧だな」


 なんやかんやでエレナと過ごす様になってから1ヶ月が経った。

 来た当初はずっと抱えていたぬいぐるみをエレナは手放す事が増えて、前よりも笑顔が多くなったと思う。オレと遊ばない時は、お母さんの手伝いをする所を良く見かけた。


 そこで、オレは新たな遊びを思い付いた。

 題して、宝探し、だ。ヒントを置いてエレナのぬいぐるみを秘密基地――ではなく、その近くの木上に隠す。

 昨晩見た、金曜日ロードショーのインディー○ョーンズから受けたインスピレーション。絶対に、これだ! と思ったね!


「トシキー」


 エレナは部屋に置いていたオレの手製の『宝の地図』を持って秘密基地に現れた。


「来たな! お前の宝はこの秘密基地のどこかにある! さぁ! 見つけてみろ!」


 ドコカナー、とエレナは秘密基地の中を探す。甘い、甘いぜ。そんな所に隠してはいない。きちんと暗号を解かなきゃな!


「ウーン。トシキ、コウサンヨ」


 ひとしきりに探し回ったエレナは、どうしても見つからない様子にオレを見る。


「モウスグご飯ダカラ。ぬいぐるみ、返しテ」

「しょうがない! ぬいぐるみは……あそこだ!」


 と、オレが指を指すそこには、ぬいぐるみが――無かった。


「? 何もナイヨ?」

「あ、いや。多分落ちたんだ」


 オレは確かに木上に隠した。下から見えない様に少し枝から上に出すような位置で。


「ウーンナイ」

「あれ? そんな……そんな……」


 必死に探す。木の周りや、上に登って枝の隙間、木から顔を出して上から周りを見回した。

 とにかく必死で探した。しかし、夕焼けは夕闇に変わり始める。オレはどうしようもなくて木から降りた。


「エレナ……その……」

「帰ろ、トシキ」


 エレナはそう言ってくれたが、オレは彼女の顔を見れなかった。






 その後、何となくエレナとは顔を合わせづらくなった。挨拶をそこそこに、学校が終わったら秘密基地の周りを暗くなるまで探す。

 何度も何度も同じ所を探し、何も収穫が得られずに帰宅する。


「トシキ、人形は――」

「あ……ごめん……」


 オレはエレナに合わす顔が無かった。ここに来た当初は本当に大事に、あのぬいぐるみを抱えていた。だからとても大切な物だったのだろう。それをオレは自分勝手な行動で失くしてしまったのだ。


 どこに行ったのか。

 オレはエレナと遊ぶよりも後ろめたさが勝り、時間があれば、ぬいぐるみの捜索ばかりしていた。


「……ただいま」


 本日も何も収穫を得られずに帰宅する。エレナとまともに話をしなくなってから一週間だった。


「お帰りなさい。手を洗って来なさい」


 母の声に洗面所に行くと、石鹸で手を洗う。ふとある事に気がついた。


「あれ?」


 エレナの歯ブラシが無くなっている。

 オレはエレナと母が寝ている部屋に入る。そこにはエレナの持ってきていた旅行鞄が無くなっていた。


「お母さん! エレナは!?」

「エレナちゃん? 今日帰ったわよ?」

「え……なんで!? オレは何も知らなかったよ!」

「朝言ったじゃない。今日はエレナちゃんが帰るって」


 オレはぬいぐるみを探す事ばかり考えててその他全てが上の空だった。


「そんな……オレ……エレナに謝ってもいないのに……」

「喧嘩でもしてたの? エレナちゃんはそんな風には見えなかったけど……」


 顔を伏せて泣き出すと、母が心配して目線を合わせてくれた。

 オレは、エレナのぬいぐるみを失くしてしまった事を母に打ち明けた。


「なるほど。それで、エレナちゃんとも遊ばずに学校から帰ったら秘密基地ばかり行っていたのね」

「オレのせいで……エレナは怒って帰っちゃったんだ……」


 取り返しのつかない事をしたと心から後悔した。


「トシキ。泣いていれば全てが許されると思っているのかい?」


 その時、島の役場兼郵便局に勤務してる親父が帰ってきた。


「お前の知ってるイカした奴らは、皆困ったら、泣いて立ち止まっているのかい?」

「……お母さん。オレ……エレナに人形を返したい」

「でも見つからないんでしょ?」

「……同じ物を作る。作ってエレナに返す!」


 ぬいぐるみに込められたエレナの想い出は返せないが、それでも何もせずにこのまま流す事は出来なかった。


 次の日から、母と一緒にぬいぐるみの形を思い出す作業から始めた。

 しかし、毎日の様に見ていたのに、その形は中々に思い出せない。


「写真でもあればね……エレナちゃん、写真はダメだったから」

「あるよ!」


 母の言葉にオレは宝物のインスタントカメラを秘密基地から走って持ってくる。


「じゃあ、父さんが明日に本土の街へ行くからその時に現像を頼んでくるよ」


 親父は普段は優しい。怒ると有無を言わさず拳骨が飛ぶが。

 現像を待つ間、少しでもぬいぐるみの形を思い出し絵に描いて行く。島の人たちにも描いた絵を見せて、少しずつ修正を重ねて、不確かだったぬいぐるみの姿が形になって行った。


「トシキ。はい」


 親父が役所に現像した写真が届いたと持ってきた。

 そこには幾つかの景色の写真の中に、オレとエレナが上目使いで写ってる物がある。そして、彼女の腕の中にはぬいぐるみの姿があった。


「それじゃこの形ね」

「うん! これだよ!」


 島の皆の記憶と、写真を合わせてぬいぐるみの造形がスケッチに描かれた。

 それは、エレナがずっと持ち歩いていた人形そのものであると記憶が一致する。


「次の問題は材料ね」


 母はそう言いながら、パソコンを開く。普段はパスワードがかかっているので使えるのは親父と母だけだ。

 母は、ネットショップからぬいぐるみの材料を買い物籠に入れていく。そして、集計を出した。


「全部で1万円はかかるわ」

「いち……万円……」


 当時のオレは1万円がどれだけの大金か知っていた。隠してるお小遣いを合わせても500円行くか行かないかしか持ち合わせはない。


「どうする?」

「お母さん。今日からお手伝いさせて!」


 オレはぬいぐるみの材料費を貯める事に決めた。






「なんだ? トシキ。また悪戯でもしようってか?」

「その……今までごめんなさい。オレ……いち万円稼がないと行けないんだ!」


 オレは母の手伝いだけじゃなくて、漁師のおじさん達の所にも出向いた。

 今までの事を謝ると、おじさんたちは目を丸くして、変なモンでも食ったか? と言ったのでオレは理由を説明した。


「よし。そう言う事なら色々あるぜ」


 おじさん達は怒るでも笑うでも無く、任せとけ、と言いたげにオレにも出来る雑用を任してくれた。


 それからオレの生活で悪戯をすると言う事は消えた。学校が終わったら、暗くなるまで港で手伝いをして家に帰る。家でも進んで手伝いをして、50円や100円を少しずつ恐竜の貯金箱に貯めていく。


 そんな生活が半年は続き、遂に1万円が貯まった。休みや年末の村の集まりに手伝いをした時に貰えた500円の収入が大きかっただろう。後、お年玉も全部恐竜に食わせた。

 サンタさんも気を利かせて、ぬいぐるみの作り方の本をクリスマスプレゼントで持ってきてくれた。


 オレは小銭だらけでも貯まった1万円を母に渡すと、母はその場でぬいぐるみの材料を手渡してくれた。

 どうやら買っていてくれたらしい。

 オレはその日から、ぬいぐるみの作製に取りかかった。


「……駄目だ」


 全然上手く行かない。作り方の本を何度も読んでいたが、実際にやってみると全くエレナのぬいぐるみにはならなかった。

 ぬいぐるみの作製だけは他の人には頼りたくなかった。

 オレがやらないといけない。少しでも誰かに手伝ってもらったら、エレナに心から渡すことはできないから。


 再び、材料を買う為に手伝いに精を出す。

 そして、失敗。しかし、少しずつ修正をしてエレナのぬいぐるみに近づいていく。


 トライ&エラー。


 材料を買う為に始めた手伝いは歳を重ねるにしたがって、より多くの事を任させる様になり、港では船に乗って網を上げる作業も手伝える様になった。

 それに比例してくれる賃金も上がっていき、昔ほどに時間を掛けずに材料を買い足す事が出来たのである。

 そして、


「母さん」


 オレは、何十体目かになる“エレナのぬいぐるみ”を作り上げて、母に見せた。


「うん。手触りと大きさも覚えがある、エレナちゃんのぬいぐるみね」


 オレも完成したと思ったぬいぐるみは、母からもお墨付きを貰った。

 この時のオレは中学二年生。我ながら不器用だと思ったが、それでもあの日失くしたぬいぐるみが目の前にあった。


 その後、父に頼んで丁寧に梱包し、村長からエレナの住所を聞いて送って貰う事になった。


「送り先は外国じゃ。じゃが、引っ越してるかもしれんし、届いて返事が帰ってくるのに半年から一年はかかるかもしれん。手紙を入れてこっちの連絡先も書いとけ」


 そう言われて手紙も包みに入れる事になったが、オレは連絡先は書かなかった。

 大切な物を失くした後ろめたさもあったのだ。ただ一言、ごめん、とだけ書いて手紙を畳むと、ぬいぐるみは島からエレナの元へ出発した。


 それからは、皆の手伝いを続けた。

 目的だったぬいぐるみが完成してからは、お金はいいよ、と言っても皆が、渡さんと気持ち悪い、と言うのに目標も無しに恐竜の貯金箱には再びお金が貯まっていく。

 オレはそのお金を、過去に悪戯でダメにした旗を買い換えて返したり、民家に作られた蜂の巣を駆除する費用に当てたりと、他の為に使う様にした。


 皆のおかげで、エレナにぬいぐるみを送る事が出来たからだ。

 修学旅行は本土で一人暮らしをしてるアニキとアネキの所に泊まり、そんな事があったと二人に話した。


「そうか。エレナさんにぬいぐるみを送れたか」

「だから言ったでしょ? ガキを卒業しないと、苦労するって」


 年末や盆休みに帰ってきた時に二人にはぬいぐるみを作る事情を話してあった。だから電話ではなく、直接話しをしたかった。


「それで、返事は帰ってきたの?」


 アネキの言葉にオレは少し笑って返す。


「いや……こっちの住所は書かなかったし」

「アンタ馬鹿じゃないの?」

「まぁまぁ」


 呆れるアネキに、それを嗜めるアニキ。

 オレとしてはやっぱり怖かったんだと思う。エレナに悪いことをして、ぬいぐるみを作ったから許してください、なんてオレの都合も良いところだ。

 だから、このままで良いと思っていた。


 それから受験に入って、勉強と手伝いを両立しつつ、ロシア語を別で勉強した。

 理由は月並みだが、エレナと会った時に誠意を込めて謝る為だ。


 そして、受験は問題なく終わり、第一志望高に合格。アニキとアネキは、大学で更に都会へ行くことになり、その部屋をオレが住む事になった。

 二人部屋で相当に広く、その分家賃も高いが、島の皆が出してくれると言った。

 最初は断ったけど今まで、仕事を手伝ってくれたお礼、と言われてその行為に甘える事にしたのだ。






「なるほど、良いエピソードだった」


 そして、オレは高校生になって、インターナショナルハイスクールに通っている。

 外国人が多いこの学校はオレを含めて日本人は片手で数える程しかいない。


「オレの人生において最大の汚点だよ。カミーユ」

「そんなことはない。なぁ、バジーナ」


 オレは夏休みの出校日に同じクラスメイトのカミーユとバジーナにその話をした。

 コイツらは野球部のエースで今年、甲子園に足を踏み入れた事を出校日に聞かされたのだ。

 無論、応援には行く。次は古豪の白亜高校が相手らしい。


「ああ。ところで幾つか疑問があるんだが良いか?」

「なんだ?」


 オレの話を聞いてバジーナが尋ねてくる。


「例のぬいぐるみは結局見つからなかったのか?」

「あー。あれな。一応は見つかった。犯人も分かった」

「おお。教えてくれ」

「島には高所に鷹が巣を作っててな。木の上から顔を出したぬぐるみを獲物だと勘違いして捕まえたのが真相だ」


 今から半年ほど前に父から連絡があってボロボロのぬいぐるみが道に落ちてるのを見つけたそうだ。

 一応は送ってもらって綺麗に洗って破れた所を修復して今の部屋に置いてある。


「エレナは何故、写真を怖がったんだ?」


 良く聞いてるな、と思いつつバジーナのその質問にも答える。


「高校に入ってから知ったんだが、エレナってロシアでは有名な子役だったらしい。そんで、ロリコン野郎に色々と粘着されてて盗撮された写真とかたくさん送られて来て精神的に参ってたらしい」


 それは村長から教えてもらった。

 エレナの両親がソレを何とかする間、古馴染みである村長の島に滞在することになったそうだ。情報が閉鎖状態の島では、エレナがロシアではそこまで有名な存在だとは知らなかった。


「なるほどな。すっきりしたよ」

「どうも」


 色々な事があって彼女は島に来た。滞在したのは一ヶ月とちょっとだったけど、オレにとっては人生が変わった出会いだっただろう。


「ところでトシキ」

「ん?」

「君は足が速く、捕球も上手い」

「観察眼やバッティングセンスも良いしな!」

「トシキ、野球部に――」

「入んねぇよ」


 島育ちと手伝いで作られた肉体は知らず内に高スペックになっていたらしい。

 こうして、運動部の面々から勧誘を受けるが、その都度断っていた。


「バイトで忙しくてね」

「今からそんなにマネーを貯めても仕方ないだろう?」

「青春はベイスボールで謳歌しないとな!」

「……やっぱり、“しこり”が取れねぇんだわ」


 オレは二人にそう言って笑う。

 家賃や生活費は毎月、両親と島の皆から振り込まれているが、それとは別にバイトをして金を貯めていた。

 その理由はエレナに会いに行く為だ。

 あれから今まで何の音沙汰もない。やはり、ぬいぐるみは届かなかったのだろう。

 だからこそ、今度は直接謝りに行かなければならない。

 二人には応援に行くと行って別れて、無駄に広い部屋のマンションへ帰宅する。


「えっと……往復の飛行機代はクリアーと……向こうでの滞在費は――」


 夏休みに入ってからシフトを増やしたので、目標金額には高校卒業くらいには届きそうだ。


「……ん?」


 すると、部屋の扉の前に誰か立っている。

 それはとても可愛いロシア人の女の子で、長い白髪を三つ編みにして、オレの部屋のインターホンを鳴らしていた。

 傍らに置かれたキャリーケースの上には、良く見たぬいぐるみが――


「アッ」


 すると、女の子がオレに気がついた。

 綺麗な蒼い瞳が嬉しそうに向けられて彼女は手を振る。


「トシキー」






 これが、オレの初恋の話。

 そして、エレナとひと悶着もふた悶着あって、共に未来を歩く様になるのは、また別の話だ。

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エレナのぬいぐるみ 古朗伍 @furukawa

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