君が本屋にいるなんて

香久乃このみ

なぜ陽キャが私の名前を

 小学生の頃は、親の仕事の都合で転校が多かった。

 ただでさえ人付き合いの苦手な私は、必然的に図書室に居場所を見出すようになっていた。

 ぐるりと取り囲む書架に溢れる、心躍る広い世界。それらに多く触れるにつれ、私自身の中からも新たな物語が芽吹き始める。

 本は私にエネルギーを与える存在であり、そして創作時にはアドバイスをくれる存在であった。


 大学生になった頃には、すっかり創作活動が日常となっていた。

 毎日のように小説を書き、ネットに上げる。コンテストにも挑戦し、書籍化こそまだではあったが、時折小さな賞に入選するくらいにはなっていた。

「よし、今月はこれを買おう」

 私は数冊の本を抱える。新たな創作の糧にするため、毎月バイト代から1,2万円分の本を買うのが習慣だった。

(今回は攻めてるな)

 自分の抱えた書籍のジャンルに、少し笑ってしまう。

 カーマスートラなど世界の性愛書が3冊。犯罪や殺害方法に関するものが2冊。ナイフなどの武器に関するものが3冊。エロティック&バイオレンス。勿論、全て新たな創作に生かすための資料だ。

 自分にとって縁の薄いものに関する知識は、こうして本が与えてくれる。


 上機嫌で会計に向かった私だったが、その足が止まった。

(ウソ! なんで!?)

 レジにいたのは、中学時代の同級生の石原だった。

 一度だけ同じクラスになったことのある陽キャ。別のクラスにいても、その名前を頻繁に耳にしたほどの有名人だ。

(いつもの店員さんは? どうして石原君が本屋に!?)

 陽キャが本屋で働いていても別におかしくはない。おかしくはないのだが。

(ど、どうしよう……)

 私は抱えた本に目を落とす。女子大生が買うには、ちょっとインパクトが強い書籍ばかりだ。冊数も含めて。

(でも、ここの本屋ほど品揃えのいい店、他に近くにないし)

 私は覚悟を決めてレジへと向かうことにした。

(大丈夫。5年も前に一度同じクラスになっただけの陰キャの顔なんて、覚えてないよ。普通にサッと行ってサッと買って帰ろう)


 さりげない風を装い、会計カウンターに本を置いた時だった。

「あれ? 西川じゃん! 久しぶり!」

 ぐはっ!! 

 即座に名前を呼ばれ、クリティカルヒットを食らう。

「え、あの……」

「俺、俺! 中学の時同じクラスだった石原! 覚えてる?」

 覚えていますとも、えぇ。

 返答に詰まる私を見て、石原はカリカリと頭をかく。

「あんま会話しなかったし、覚えてないかー。教室とか図書室で、よく本を読んでた西川だよな? あれ? もしかして間違えた?」

「ううん、合ってる」

 反射的に答えてしまい、しまったと思う。せっかく相手が、人違いかもしれないと思ってくれたのに、私のバカ!

「やっぱ、そっかー。って、うはは!」

 石原は私が持ってきた本を見て、吹き出した。

「お前、どんな本読んでんだよ」

 ぐぅう、だから嫌だったんだ。きっと数時間後には陽キャネットワークで、あらゆる知り合いに私の情報が広まるに違いない。「あの陰キャ、エロとグロの本を山ほど買ってたぜ」と。


 石原は慣れた手つきでバーコードを読み取りはじめる。

「カバーと紙袋どうされますか?」

「カバー、お願いします。袋は要りません」

 言って再び「しまった!」と思う。これだけの冊数にカバーをお願いしたら、また余計な時間をここで過ごすことになる。さっさと店から出たいのに!

「西川さー」

 カバーを器用につけながら、石原は口を開く。

「中学ん時、いつもめっちゃ本読んでたじゃん? 俺、西川が読んでた本のタイトルチェックして、割と後で読んでたんだぜ。全部面白かった」

「え?」

「あ、ストーカーとかじゃないから! 通報しないで!」

 彼の言葉につい吹いてしまう。石川は一瞬こちらに目を向け、そしてニッと笑った。

「実は俺も結構、本が好きでさ」

「……意外」

「それ、よく言われる」

 石川は肩をすくめる。

「なんでだろうな。プロフィールの趣味の欄に、いつもちゃんと『サッカー・読書』って書いてんのに」

 アクティブなイメージが強すぎるせいだろう。『読書』は付け足したようにしか見えなかった。


 やがて石原は全てのカバーを付け終える。私が本をカバンにしまうと、石原はニコニコと手を振った。

「その本、俺も読んでみるわ。西川が読んでるのなら絶対に面白いし。んじゃ、また来いな」

 私は苦笑いしながら手を振って店を出た。

(また来い、か)

 私は足早にその場から離れる。

(いや、行けるかっ!)


 ――完――

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