KAC20231 本屋

@WA3bon

深夜営業の本屋

 本屋。かつてはどの街にも軒を連ねていたのだという。

 しかし最近はとんとその姿を見かけることがない。今や気軽に電子書籍を入手できるからだ。

 手のひらサイズの端末で何十、何百という本を持ち歩ける。これを紙の本でやろうと思えば……それだけで何らかの荒行の域になってしまう。これだけでも如何に利便性が発達したか明明白白だ。

 そんなわけであるからして、今日も今日とてこの本屋には客などいないのである。

「ま、バイトとしちゃ楽でいいんだけどな」

 無人の店内に独り言がこぼれ落ちる。

 カウンターの奥で足を組んで腰掛ける、十代後半の男性。この書店のアルバイト店員だ。


 アルバイトという身分ならば、極論店の儲けなどあまり影響はない。ただ、時給を支払ってくれればいいのだから。ほとほと勤労意識を欠いた認識ではあるが……。

「客が来ないんじゃ、勤労のしようもありませんよねっと」

 再びひとりごちながら、手にしたスマートフォンに目を落とす。時刻は深夜一時。 

 まったく経営者は何を考えているのやら。この書店の営業時間は夜十時から翌朝五時までなのである。

 これでは客など来ようハズもない。電子書籍がどうとかいう以前の話として。

 ただ、彼にとっては夜型のライフスタイルに合致していて都合がいい。どうしてこんな時間に店を開けているのかなど、興味の埒外である。


「まぁこう暇じゃさすがに眠くなってくる……」

 ピン、ポン……。

 不意に、途切れ途切れの電子音が鳴った。来客を告げるものだ。

「らっしゃーせ」

 あくびをかみ殺すと気の抜けた声をかける。

 客が来たら来たらで仕事はしなくてはならない。勤労意識にかけていても、失職はしたくないのだ。

 ──しかし、こんな時間に本屋? どんな客だ?

 この本屋、客が来ない上にふざけた営業時間なのだが、万引き対策だけは異常な熱の入れ具合なのだ。

 店内には対角線上にカメラを配置し、さらにセンターには全方位をカバーするドーム型のカメラだ。死角がない。

「……こうしてみると、万引き対策ってより……なにかを見張ってる、ような……?」

 ふと頭をよぎった変な考えを追い出すと、カメラのモニターを覗き込む。

 

 髪の長い、おそらくは女性だ。粒子の荒い映像なので顔までは詳しくは見えないが。

 今は入ってすぐの雑誌コーナーに居る。

 彼と同じく、夜型の人間が仕事帰りに立ち寄ったのだろうか。

 そう思えばなにやら親近感めいたものが沸いてくる。

「ん? どこ行った?」

 モニターから一瞬、視線を外した。そのスキに、客はどこかへ移動したようだ。

 今度は壁沿いに設置された専門書の前だ。

「……待て待て待て。なんか、おかしくないか?」

 ふと。違和感に気づく。

 カメラが捉えているこの女性。動いていないのだ。全く。

 普通は立ち止まっていてもどこかしらは動くものだろう。肩とか、なによりあの長い髪とか。

 だが、モニターの女は微動だにしていない。まるで、カメラのレンズに貼り付けられた絵のように静止しているのだ。


「いやでもこ、これだけ荒い監視カメラだから……」

 言い聞かせるようにして、努めて落ち着こうとする。しかし。

「え?」

 絶句してしまった。スーッと、女が真横にスライドし始めたのだ。横を向いたまま、本棚に沿って。

「なっ!?」

 思わず視線を店内に向けそうになる。専門書のコーナーを突き当たれば、このカウンターからも見える位置に来る。

 ──見たらダメだ!

 本能的にそう感じ取った彼は、ギュッと眼を閉じてカウンターの奥にうずくまる。

 早く去ってくれ! そう念じながら。


 一体どれだけの時間そうしていたか。

 ピン、ポン。再び電子音が聞こえてきた。あの女の客が出ていったのだろう。

「な、なんだったんだよ──」

 安堵しつつ身を起こした彼。だが……。

 目の前には、髪の長い女。そしてさらにもうひとり。革ジャンの男だ。眼があるはずの眼孔が、まるで奈落のように真っ暗な男。

 前歯がほぼ抜け落ちた口を大きく歪ませて、まるで笑っているかのようだ。


 それからはよく覚えていない。

 ピピピピッ、という、勤務終了を告げるアラーム音がなるまで気を失っていたようだ。

 それから店内を見回すも、そこには誰もいない。監視カメラにも何も写ってはいなかった。


 あとから聞いた話だが、あの本屋があった場所で以前に殺人事件があったらしい。

 ストーカーに追い回された女性がめった刺しにされたとか……。

 もしあの場所に、駆け込める場所があったのなら。本屋の経営者はそんな事を考えてあそこに店を構えたという。

 本屋の需要は今後も減っていくだろう。

 それでも、ただそこにあるだけで救われる人……に限らない存在が居るのかもしれない。


「……と思ったけど、ストーカーの男も一緒に……? 今でも追いかけ回されて?」

 そこまで考えて、頭を振る。ただのフリーターである彼には関係のないことだ。フリーターらしく、今日もアルバイトに勤しむのみである。

 ピン、ポン。

「らっしゃーせー」

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