【KAC20231】徒然なるままに~KAC2023①

鶴崎 和明(つるさき かずあき)

第一段 本屋離れ

 幼少の頃、長崎は浜町のアーケード街には大きな本屋があった。

 当時の私は本を読むという習慣があまりなく、もっぱら漫画ばかりを漁っていたのだが、それでも、居並ぶ表紙に圧倒されたのを今でも朧気に覚えている。

 図書館もまた同じような場所ではあるのだが、古書特有の匂いが漂わず、新品ゆえの輝きに満ちた空間というのはそれだけ魅力的であったのだろう。

 幼子の思考回路などこれで十分なのだ。


 中高生ともなれば、本屋は新たなものとの出会いの場に変化していくのだが、貧乏性の私は常にその面構えを確かめてから買うようにしていた。

 だからこそ、実際に触れて目にして納得することが大切であり、そのような一冊に出会えた時の喜びはひとしおであった。

 同時に一目惚れもある。

 思わぬ新刊に出会い、真新しい世界が目の前に広がると、それだけで一日が満ち足りたもののように感じられた。


 しかし、最近はよく行く書店が本の売り場を狭め、通りの本屋が店じまいをしている。

 ネット通販や本離れなど様々な理由が挙げられようが、そうした光景を目にするのはどこか切ない。

 陳腐化された言い回しをすれば、出会いが失われつつあると表現できようか。

 確かに通販でも本を探すことはできるのだが、目的に応じたものや機械に勧められたものを見るだけでは、心の丘を越えることはできない。

 頭の空白を埋めるように、目を遣った先に現れた思わぬ本こそが心を飛躍させる。

 そのような空間が狭められ、或いは失われつつある。


 そして、それが或いは思想の狭窄きょうさくに繋がるのかもしれない。


 君知るや 山のせせらぎ 日本海 朝の琵琶湖に 映える青碧せいへき


 近頃はそうした新刊を扱う本屋よりも古書店を伺うことの方が楽しくなっている。

 雑多に積まれた本の迷宮で、思わぬ時代と出会えることがたのしい。

 老いの初めに立ったということか、という一抹の寂しさを感じないでもないが、どうにも変えられそうもない。



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