第4話
悠人が出て行ってから二ヶ月。恵理子は日常を取り戻していた。
世の中では青田悠人の小説が本当にカクヨム書房から出版することになっていた。世に出るまであと三ヶ月といったところだ。
恵理子は休日の朝を恋人とともにベッドで迎えた。
「おはよう、悠人くん。また今日から一緒だね」
「…………」
結局、悠人は昨日恵理子のマンションに帰ってきた。
黒井書店から悠人を迎えにくるよう、連絡があったのだ。実家に戻ったと地元の友人たちから聞いていたが、いつのまにこちらに来ていたのか。
黒井から事情を聞いた恵理子は彼を連れてマンションに帰った。そして並んでぐっすりと眠ったのだ。
起きたら隣に悠人がいる。恵理子にとってこんなに幸せなことはない。
「コーヒーでも飲もうかな、悠人くんも起きよう」
「…………」
恵理子は悠人を連れ寝室を出て彼をソファで休ませると、コーヒーを淹れて自分もソファに座った。そしてソファに置いた本を手に取り、話しかける。
「ねえ悠人くん。帰ってきてくれて本当によかった……。私、悠人くんがいない人生なんて考えられなかったから」
恵理子はコーヒーをゆっくり一口飲んで話を続けた。
「今こうして書籍化が決まったから言うけど、私、悠人くんが小説家じゃなくても好きだったと思う。けど悠人くんが小説家でいたいって気持ちもわかってたから、応援してたんだ。だから本当に嬉しい」
もう一口コーヒーを飲み、カップを置いて再び口を開く。
「悠人くんが私のこと好きでいてくれるのはずっとわかってたよ。だから浮気だって生活費をもらえないことだって気にならなかった。それに悠人くん、あれ以来朝帰りはしなかった。必ず帰ってきてくれてたでしょう? 私、その度にああ、愛されてるなあって思ってたんだ。そうそう、本当は結婚して私の扶養に入って貰えばもっと簡単なのにって思ってたんだけど、それはさすがに悠人くんが気後れしてしまうかなって……。それに、次に書籍化したらって、悠人くん婚姻届記入して、プロポーズの準備してるのも知ってるんだからね。もうすぐだね、楽しみ。婚姻届出すときは一緒に行こうね」
恵理子は手にしていた本の表紙を撫でた。高級そうな革表紙の本だった。タイトルも高級感のある黒い艶やかな糸で「美しき死神に花束を」と刺繍されている。恵理子の瞳はうっとりとそれを眺め、何度も優しく撫でている。
「悠人くん……」
本の表紙にそっと口づける。恵理子はにっこりと微笑んだ。分厚い一重まぶたで目が潰れ、糸のようだ。
「ふふ、大好きだよ。悠人くん、私が綺麗じゃないから恥ずかしい思いしてたよね。ごめんね。私と付き合ってること大学では内緒にしてたもんね。でももう周りなんて気にしなくていいね。私ね、ずっとこの本みたいになりたかった。私の考えたお話に悠人くんの表紙。まるで私たちが溶け合って一つになったみたい」
恵理子は本を、ぎゅっと両手で抱きしめた。
「愛してるよ、悠人くん」
自分の腕の中にいる悠人を慈しむように、恵理子は囁いた。
「悠人くん、これからはずうっとふたり、一緒だよ」
◇◆◇◆
一年後……。
第二回黒井書店小説大賞!
大賞受賞作はカクヨム書房より書籍化確約!
さらに副賞として、賞金一〇〇万円と世界に一冊あなただけの特別装丁本を進呈!
たくさんのご応募をお待ちしております。
応募規定……
寂れてシャッター街と化した古い商店街。
ある晴れた春の日の朝。
黒井書店の壁面には「第二回黒井書店小説大賞」の募集要項が書かれたポスターが貼られた。
店主の
そして彼は店内に入り、いつも通りに店番を始める。
>>終わり
書籍化した男【KAC20231】 松浦どれみ @doremi-m
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