第12話 火のないところに煙は立たない


 私が、ロワール令息の婚約を断ったことは、瞬く間に広まった。

 学園には沢山の目と耳と口があるのだから、そこで堂々と振ってしまえば、広まるのは当たり前だ。

 学院の女子からは詰め寄られ、散々考え直せと言われ続けた。また、教師たちからもそれとなく進言されつつ、腫れ物のように扱われた。


「オルテンシア嬢も、本当に馬鹿な女よね」

「浮気でもしてたなら隠せばよかったのに」

「勿体ないわよね」

 お花を積みに行ったら、扉の向こう側で下級生の令嬢たちがくすくすと笑っていた。勿論、私が扉を開けて首を傾げると、バツの悪そうに逃げていったが。


 そんな見知らぬ人たちよりも、私としては家族からの反応のが堪えた。

 姉からは「何かあったのか」と心配の手紙が届き、妹からは「勿体ない!」と手紙が届く。

 父からは、「心配するな」と短い手紙を頂いた。ちなみに元婚約者からは、もう存在を無視されるようになったので、逆に楽になった。


 そして、今現在エイリアに渡されたプティサロン三流ゴシップ誌の表題を見て、私は思わず苦笑いをする。


『紫陽花令嬢の愚かな移ろいに、南国の大輪も枯れる』

 ただでさえ沢山の婚約を台無しにしてきた私、見出しの下にはつらつらと今までの婚約破棄してきた相手の名前が並んでいる。どうして破棄になったかと書かないのは、その理由が至極つまらないものだからだろう。

 当たり前だ、私は移ろがれた被害者なのだから。

 ただ、ゴシップ誌的には、それはつまらないから、格好の餌になるように切り取ってしまえばいいという意図が透けて見えた。


 更には婚約者を探すためにパーティに出入りしてたのに、移ろいでこんな『優良株』を振った私が如何に愚かか、というのも長々と書かれている。


 言われなくても、愚かな行為をしたのかなは重々承知している。


 どうせならと他の記事も目を通してみる。使い古された噂と、見たことも聞いたこともない噂。

 どこぞの夫人はやんごとなきお方と不倫している、とある貴族は男を囲っている、とある貴族の嫡男は女を鞭打ちにするのが好き、とある執事は他国のスパイ、とある貴族が死んだのは機密事項を漏らしたせい。呆れた気持ちで記事を読んでれば、そっと私の肩に優しい手の温もりを感じた。


「ジア、本当にいいの? ロワール令息のこと」

 手の主であるエイリアは、複雑な表情で私を見ている。


「ええ、私にはもったいないお方よ」

「……理由はそれだけなの?」

 エイリアの問いかけに、私はなんと言葉にしたら良いのかと思わず視線を彷徨わした後、「それだけよ」と無理やり微笑んだ。


「何かあったら、教えてね。私はジアの味方よ」

 優しく私を抱きしめるエイリアを、優しく抱きしめ返す。ああ、友愛はある。彼女のことが好きだ。


 でも、でも、でも。

 言葉にならない困惑が、私の心臓を掴むようだ。ぎりりと痛む。何度だって、あの時の泣きそうなロワール令息のことを思い出してしまう。


 でも、でも、でも。

 積もり積もった『でも』に埋もれていく気持ちだ。


 それでも、時間は待ってくれない。

 この国では結婚というものは、ある種生きていくための条件。


 女神は国の繁栄を願い、女神の子は女神の愛に生きよ。

 何度唱えたかわからないその言葉。

 私もまた国の繁栄のために、結婚しないといけないのだ。

 愚かだと周りから言われるようになってから、少し月日が経ち、私はその間勉強だけはと打ち込んできた。

 そんな時に噂も掻き消すほどに大きな事が起きた。


 隣国であるフィルリ国から、宣戦布告がされたのだ。

 理由としては、モンシェリ国がフィルリ国と接する山の資源を決められた範囲を越えてきたからとのこと。

 実際その理由が本当なのかどうかわからないが、宣戦布告がされた以上、余程交渉でまとまるという奇跡が無ければ戦争は避けられない。


 戦争が起きれば、人の死は必ず起きる。

 男も女もだ。

 そして、この非常事態の場合、国は未婚の男女に対して「結婚する義務」を発動させる。

 アイア様の国では、死ぬ時に独り身であるのは地獄へ堕ちる事になると言われているからだ。

 特に前線に向かう者達は、見つからなければ、未婚の女性を適当に充てがわれることになる。


 それは、相手の女側も同じ。当然、婚約者のいない私にも降りかかる。

 ならば、準備しなくてはならない。せめて、私が息をしやすい人を見つける必要があるのだ。



 それから一週間後の、王国軍部近くのカフェテラス。

 身嗜みを整えた私は、一人の男性と会っていた。彼は顔に大きな傷があり、寡黙で真面目そうな四十近くの男は、酷く緊張した面持ちで私を見ている。じっと私を睨むその目に、私が選らんだ甲斐があると正直安心した・・・・・・


「グラウニー騎士爵、どうしました?」

「いえ、何故、自分かと思いまして」

「率直なのですね。私の噂は?」

「婚約破棄した回数のみは本当だと。あとは、裏取りができていないと」


 剣や銃の腕、なによりもその屈強な精神と肉体、何よりも嘘を忌み嫌い信用されている。

 その信頼から更に実績を積んだ彼は騎士爵を賜ったこの男はランドロス・グラウニー騎士爵。今私が望んだという形で、見合いをしている相手である。


「貴女ほど、美しく若い女性なら私なんぞ……」

「いえ、貴方が良いのです」

 逃げ腰の彼にすっぱりと言い切れば、グラウニー騎士爵は、驚いたように目を少し大きく開いた。見つめ合う私達、


「たまには、三流ゴシップを読むのも良いものだと思いました」

 私はそう言って、切り抜いたゴシップ誌の記事をグラウニー騎士爵に差し出した。そこには、とある貴族の男が新興貴族を囲っているという記事。


「この囲われている男というのは、貴方のことよね」

 ご丁寧に扇子の先で指し示すと、彼の喉仏がゆっくりと上下に動く。その顔には、滲み汗が浮かんでいた。


「何故、そう思うのですか」

 身長に選ばれた言葉だが、ここで否定しない時点でほぼ自白してるようなもの。けれど、嘘が嫌いな彼にとって、これが限界なのだろう。


「簡単よ。天涯孤独かつ引きこもりの伯爵の元に、出身も年齢も境遇も違う貴方が、花束を抱えて通う理由なんてたかが知れてるわ」

「何故それを。もしや、脅しに来てるのか!」

 どうやら図星なのか、彼は大きな声で怒鳴った。

 私に対して、自白してるようなものである。

 それなりの人たちがいるカフェテリアの中で、怒鳴れば案の定皆の視線はぐさぐさと私達を貫いていく。

 私はただでさえ時の人・・・だから、彼と違って冷たいの眼差しこちらを見ている。


 ああ、眼の前にいる鋭く私を睨む男は、戦いにおいてだけ頭が回るよう。貴族的な言葉の応酬は少し足りないというのは、今後の生活のためにも良い収穫だ。


「違うわよ。寧ろ、お互いのための話をしたいの」

 仕方ないとばかりに、どうどうと彼を落ち着ける。それにしても、吐かせるための色々証拠や根拠を用意してきたのに、こんなにも彼が嘘が下手だとは知らなかった。


「お互い?」

「ねぇ、事務仕事・・・・はお好き?」

  とりあえず、私の提案に食いついた彼に更に質問する。そうすると、内容のせいかグラウニー騎士爵は思いっきり顔を顰めた。今戦争準備をせねばいけないのに、今彼は「奥様を亡くした」という理由だけで、事務仕事を無理やりさせられている。何度も前線部隊への配置換えの嘆願書を出してるそうだが、一向に変わらないのもそういうところだろう。

 だからこそ、彼の耳には魅力的に聞こえるはずだ。


「ねぇ、私達、名義だけの結婚しましょうよ」

「は?」

 信じられないものを見るかのような目で、彼は私を見た。アイア教を進行する女にとって愛する人と結婚をし、子供を授かることが誉れ。

 その教えに反して、私は今愛のない結婚を彼に求めたのだ。


「最初に言っておくわ、私は人を愛せない・・・・・・ってことに気づきましたの。だからこそ、夫から愛を求められても私は答えることはできない。でも、貴方なら私に惚れることはないでしょ?」

「それはそうだが」

「貴方にとっても悪い話ではないのです。王都からオルテンシア領の間、少しだけ遠回りをすればグラウニー領もある。婚約者や妻に会いに行く、それだけで休暇申請も取れるでしょう」


 彼の目が大きく開かれ、そして、瞳が宙を彷徨った。




 そして、三週間後。

 私達は書類だけの結婚をした。

 

 

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馬鹿な紫陽花令嬢の結婚にまつわるエトセトラ 木曜日御前 @narehatedeath888

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