ある知性体の欲求

ポテトギア

ある知性体の欲求

 人間とは面白い生き物だ。

 直線と曲線の組み合わせで成り立つ『文字』を並べて『文章』を作り、それを『書物』という形にしてこの世に残す。そうして、先人たちが生み出した記録は後世に受け継がれていくのだ。人はそれを『歴史』と呼び、『知識』と呼ぶ。

 人類が文明を築く事が出来たのは「火を扱えたから」と言う者もいるが、文明を途絶えさせず繋げる事が出来たのは、間違いなく『文字』のおかげだろう。


 そして、歴史を紡ぐ書物とは、必ずしも事実の記録のみとは限らない。経済書、参考書、料理本、小説、雑誌……文字や本は様々な形で人に寄り添い、道を示し、社会を支えている。読めば読むほど博識になり、読めば読むほど想像力が豊かになる。

 知性ある生物として人間を人間たらしめる柱のひとつが、本なのだ。


 たった一冊で、ひとりの人生を左右してしまうかもしれない。レールを切り替え、その人をまだ見ぬ場所へと誘うかもしれない鍵。


 そんな力を持つ『本』が所狭しと並ぶ、本屋という場所。ここはまさしく、神の全知の一欠片と呼べるのではないだろうか。


「ごめん、途中からよく分からなかった」


 感じた事をそのまま口にした結果、隣でお目当ての漫画を探している友人に悲しい一言を返された。


「す、すみません……私の話、意味不明でしたよね」

「いや、面白いなーとは思ったよ?初めて来たとはいえ、こんな小さな本屋に入っただけでそんなに壮大な感想を語れるなんて」


 一人の少女が本棚に顔を近付けて漫画を探し、もう一人の少女はそんな友人の姿を隣で眺めている。

 二人がいるのは、学校の帰り道にある小さな本屋。高校の教室を三つか四つ繋げたくらいの一階建ての建物で、品揃えも『そこそこ』と言った程度。シリーズものの漫画や小説は、人気作でも無い限りは最新巻でないと置いていないほどだ。


 学校帰りに書店へ寄り道。女子高生の日常としてはさして珍しくもない光景だ。

 ―――その一人が、女子高生の皮を被った神様でも無い限りは。


「神様なんて人間よりもスゴイ存在でしょ?だから本なんか見ても何とも思わないと思ってたよ」

「そうでしょうか……?神も人間と大して変わりませんよ。それに私は、この場所を見て、本というものを感じて、素直に感動しました」

「アルマりんは神様の中でも感受性豊かなのかもね。まあ私は神様なんてほとんど会った事ないけど……おっ、あったあった」


 純白の髪を伸ばす友人を変なあだ名で呼びながら、少女は本棚から漫画本を抜き取る。目的のものが見つかったようだ。嬉しそうに頬が緩んでいた。


「私なんていつも、今日みたいに漫画を買いに来てるだけだしね。品物を手に取ってお会計して、すぐに帰る。人間にとって本がどんな役割なのかー、なんて考えた事もないよ。たぶん他の人もそうなんじゃないかな」

「そうなんでしょうか……?」

「そうだよ。たぶんね」


 笑顔と共に曖昧な答えを返す友人を見ながら、少女の姿をした神は考える。


 人間とは不思議な生き物だ。

 知識欲は三大欲求に含まれない。人間が動物として生きていくには必要のないモノだ。けれど、人は出来るだけ多くを知ろうとする。様々な経験を通して見聞を深めたり、不正な手段を用いてまで見てはいけないものを見ようとしたり。善悪を問わず、人は常に何かを知りたがっている。

 そして、その欲望を正しく満たすためのツールとして、本が存在するのだろう。


 ふと視線を動かすと、目の前には一冊の漫画があった。聞いた事もないタイトルだが、表紙のイラストには惹かれるものがあった。

 古代の人間は絵を文字として使っていたとされている。娯楽としての漫画やイラストとは似て非なるものだろうが、「絵を通して何かを知る」という点においては、絵も文字も同じだろう。


 自然と目の前の漫画本に手が伸びる。人と人との恋愛を題材とした少女漫画のようだ。愛という不確定な概念すらもまた、人は本を通して理解しようとしているのだろうか。


「不思議ですね。神の私でさえも、何かを知りたいと思うみたいです」

「ん?アルマりんは少女漫画が気になるの?」

「内容が気になるというよりは、文字や絵を通してこの物語を作った人が何を思っているいるのかが気になる、という感じでしょうか……」


 何かを生み出す者は、きっと想いを込めて生み出しているはずだ。料理を作る者、機械を開発する者、物語を綴る者。

 本が知識や記録と共に『意思』を伝えているからこそ、今の人々がそれを理解し解釈する事が出来るのかもしれない。


「作者のメッセージか……楽しみ方が独特だね。筆者の気持ちを答えなさいってヤツ?私苦手なんだよねー」

「この前の試験の問題ですね。私も解けませんでした」

「だよね分からないよね。超能力者じゃないと解けないよねあれ」

「超能力者じゃない方で正解していた方もいましたけど」


 先ほどまでとは打って変わって高校生らしい話をしながら、二人してレジへ向かう。その途中で、ふと立ち止まった。


「そう言えばその少女漫画16巻だけど、アルマりん15巻まで持ってるの?」

「え……?あ、本当ですね、第16巻と書かれてます」

「気になったなら1巻から読んだ方がいいよ?あーでも、この本屋小さいから置いてなさそうだね」


 元来た道を引き返してみても、棚には最新巻とそのひとつ前の巻しか並んでいなかった。第1巻から揃えるのならば取り寄せるか通販で買うしかなさそうだ。


「そうだ!今からウチ来ない?その漫画、確か昔に集めてた気がするし貸したげるよ。15巻まであったか覚えて無いけど、それでも良ければ」

「良いんですか?その漫画は人美さんの物なのに」

「いーのいーの。漫画の貸し借りなんてよくある事だよ。むしろアルマりんをウチに呼ぶの初めてだしね。これを口実にお招きしてあげようぞ」


 財産の共有。それもまた、知識を他者へと共有し受け継ぐ『本』としての正しい役割なのかもしれない。そして本を通じて人との関わりを深めていくのもまた、知識欲、あるいは探求心を満たす手段なのだろう。


 なんて難しい事を考えながらも、白髪の少女は友人の誘いに、笑みを湛えて答えた。


「それじゃあ、お言葉に甘えてお邪魔するとしましょうか」


 記録を。知識を。感情を。何かを「知りたい」と思うのは、知性体としての抗いがたい欲求だ。

 先ほど彼女自身が何気なく口にした言葉だが、神様も大概、人とそう変わらないのかもしれない。

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