名前の無い読書家たちへ

家宇治 克

第1話 いつもの人

── 電子書籍の何がいいんだ。



手軽に読めたところで、画面をじっと見ていれば目が痛いし、画面が明るくても暗くても字が読めない。

購入が簡単でも、サイトやアプリが終了したら、読めなくなるってのに。


違法サイトだの、決済方法だの、複雑怪奇なものの何がいいのやら。


(悪態ついたところで、なぁ)


本屋のカウンターで、スマホを眺めてため息をつく。相変わらず、がらんとした店内と、ぽつぽついるお客さんを眺めて、またため息をこぼした。


野暮ったいメガネを押し上げて、私はスマホを投げ出す。



「また、くだらねぇサイト見てんのかよ」



レジに本を二冊ほど積んで、常連の男は私を見下ろす。

私はボサボサの頭をかいて、本のバーコードを読み取る。


「あたしの勝手でしょ~? それに、サイトじゃなくてニュース!」


「どっちも同じじゃねぇか」


「全然違うわよ。『サイト閉鎖に伴う購入後の作品の扱いについて』ってタイトルの」


「あぁ、一年しか経ってないとこ。炎上中のな……」


常連のレジを手馴れた速さで打ちつつ、私たちは何となく会話を続ける。

この常連は端的に言ってそう……変なやつだ。

いつでもイヤフォンを外さないところは、礼儀的に気になるが、クレームをつけることも無く、二日に一回は店で本を買っていく。歴史小説や古典文学、海外の舞台本等、ジャンルは幅広い。

猟奇殺人のミステリーと、感動必須の児童文学と、古事記を同時に買っていった時は、彼の精神状態を心配した。

格好だって、スーツを着ている時もあれば、ジャージの時もあり、夜遅くに来ることもあれば、午後の四時すぎくらいに来ることもある。でも朝には来ない。

一体何の仕事をしているのやら。


でも彼との会話は心地よくて、何となく続けている。


「酷い話だよなぁ。買ってもサイトが閉じたら読めないって」


「だから電子書籍って嫌いなのよね」


「それ以外の理由があるだろ」


「あたしは、紙媒体最強派だから」


「それは分かる。紙しか勝たん」


本のいい所というのは、一度買うだけで半永久的に所有できるという点だ。管理もきちんと行えば、破損も劣化も少ない。日焼けは紙やすりで軽くけずってやれば解決する。


それに、目も痛くならないし、無駄かつ邪魔な広告も出てこない。他の情報が入ってこないから、物語に集中出来るといったメリットだってある。


「レジ袋いる?」


「いらん」


「おっけ」


高校生のような短い会話をはさみ、彼に本を手渡す。

彼は静かな店内を見渡して、私に尋ねた。



「最近、あちこちで書店が閉まっていくだろ?」



私は、その次に出る言葉が分かってしまった。だから、その続きを聞く前に答えた。



「うちは閉めないよ」



どうして電子書籍が流行ったくらいで、昔からある店が廃れなくちゃいけないのか。

それを聞いて、常連は安心したように笑う。いや、笑ったのかも分からないくらい、微妙な表情の変化だ。


「良かった。ここくらいなんだよな。人が少ねぇとこ」


「ディスられてる? ねぇ、それディスってる??」


「静かだし、暗いし、マイナーなの多いし」


「お前、エロ本買ったら、でかい声でそのタイトル読み上げてやるからな」


常連の男はからかうだけからかって、店を後にする。追いかけるもの面倒で、私は中指を立てて見送った。

その後で、彼の不安げな一言が、頭の中で繰り返される。


『最近、あちこちで書店が閉まっていくだろ?』


頼まれたって、閉めてやるものか。

私が息巻いていると、小さな女の子が、レジに来た。

まだ小学生にならない子供が、自分の顔より大きい絵本を持って、レジの上に置こうと背伸びをする。

後ろからやってきた父親は、娘の初めての買い物をそっと見守っていた。


私はそれを受け取って、会計をする。

親から預かったであろうお金を受け取り、レシートと一緒に本を渡す。


(あぁ、この瞬間)


自分のものになった嬉しさと、気に入った物語に触れる期待。

帰ることも待てないこの胸の高鳴りを、ここ以外のどこで手に入れられようか。


本屋にしかない、見て、触れて、迎え入れる喜びを、電子書籍で味わえるものか。


女の子の本を握りしめて帰る後ろ姿が、輝いて見える。レジを通して、帰る後ろ姿を見るのが、私の何よりの喜びだ。


売れないのは困るが、寂れてもいい。探して、出会って、知る──この、人とひとならざるものの一期一会が、楽しいのだから。


「最後まで、あがいてみせるさ~」


私は背伸びをして、頬杖をつく。

立ち読みしてハマる高校生や、見つからなかった書籍と出会えた老人を見つめて、今日が終えていくのを楽しんだ。

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