花と惑星

恋の、終わりに、眩しい朝陽を…。

「沢山話したね。いっぱい遊んだね。いつも一緒だったね。…でも、もう終わりなんだよね…?」


花澄かすみは、電話越しに、涙声で光也みつやに言った。光也の返事は特にない。つまりは、無言である。しかし、花澄にはわかった。光也も泣いている…と。そして、花澄は知っている。光也は決して涙など見せる男ではない。きっと、電話口でもそれを悟られないようにしている。


「こんな風に終わっちゃって、ごめんね…」


「…元気でな。花澄」


「うん…。みっちゃんも」




この夜が、永遠に続けばいい…。花澄はそう願った。もう、朝など…光也のいない、朝など、なんの意味もない…と。それなのに、別れるしかなかった。2人は、高校1年生の時付き合い始めた。自他ともに認める仲良しカップルで、大学生になっても、遠距離恋愛を続け、たまに行われた高校の同窓会でも、もうこのまま結婚か…と、みんなにからかわれていた。




「ねぇ、みっちゃん…」


「…ん?」


「すき…だったよ」


ズルい…。花澄は、自分で言っておいてそう思った。しかし、跡をつけたかった。傷をつけたかった。あざを残したかった。光也の中に、自分の欠片を、1つでも多く刻み付けたかった。


「花澄、幸せになれよ」


「…ん」


「じゃあな…切るよ?」


最後まで優しいな…。『切るよ?』って聞いてくれる。いきなり切ったりしない。こんな風にズルい別れ方をしようとしているのに…。花澄は、さっきの言葉をなしにしたかった。酷いことをしてしまった…と後悔した。



2人は、大学を卒業して、社会人になって、そこからすれ違いが生じるようになった。光也は営業マン。花澄は看護師。お互い、忙しい生活の中、その上遠距離恋愛で、信じてたものが疑うもとに、真実が嘘に、誤魔化しが裏切りに、変わって行ってしまった。嫌いで別れるんじゃない。お互い、すきすぎて、辛かった。お互い、遠すぎて、寂しかった。そして、お互い、近くにいる人に惹かれ始めてしまったのだ…。



「じゃあね、みっちゃん」


「あぁ…じゃあな、花澄」


2人は、別れの言葉を…いや、愛の言葉を惜しみつつ、電話を切った。




カーテン越しに、少し街が明るくなりかけている。朝になったから、花澄はカーテンを開け、薄い光を部屋に入れた。ガラガラと窓を開けると、少しひんやりとした空気が部屋に流れ込んできた。ビルの隙間に朝焼けが見える。窓いう窓が輝いて、花澄の恋は…大好きで、大好きで、たまらなかった、光也との恋は終わった。


何度も、何度も、朝はやってくる。花澄の中に、絶望にも希望にも平等に、地球が一回りして、朝は繰り返しやってくる。花澄の一晩中、泣き明かした瞳で、招く朝焼けは、痛いくらい奇麗だった。



朝になって開けた窓の側には、小さな花が咲いている。朝露で艶めいて、花澄は光也を想った。この花は、光也がプレゼントしてくれたものだった。花澄は、泣き止んだはずの瞳からまた涙を零し、花を、千切った。その花は、怖いくらい、儚かった。



それでも、この花は、永遠に、花澄の…花澄と光也の中で咲き続ける。左手にカーテンを、右手に千切った花を持ち、花澄は呟いた。



「私の恋も、こんなに奇麗…だったかな?ただ…儚いだけの恋…だったかな?」



そっと朝陽に包まれた窓辺で、しばらく、何もかもを忘れていたい、花澄だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

花と惑星 @m-amiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ