【KAC20231本屋】雪豹キメラと幻想古書店

羽鳥(眞城白歌)

ガラクタの町、コトノハ通り、とある古書店。


 その子、元々は海賊だったらしいよ。

 王様クジラのぬいぐるみを抱きしめて、想い出を話してくれたっけ。


 生まれはおぼえていないという。育ちは、海賊船。

 お宝探しに浪漫ろまんを求める奴らが寄り集まった、家族みたいに仲の良い海賊団だったらしい。船長が、代替わりするまでは。


 海に生きる彼らは強く、勇敢で、強い絆があった。

 だから成せると錯覚したのだろうね。

 お宝より権力を。蒼波そうはつらなる海原より、白亜の煉瓦で築かれた城を。いつしか求めるようになった彼らは、陸に上り、革命を起こした。


 結果は――言わずもがな、ってやつさ。


 団員たちは散り散りになり、その子も独りきりでさまようことになった。

 荷物もなく、路銀もなく。何の役にも立たないぬいぐるみを一つ抱えていた。そう、王様クジラのぬいぐるみ。

 そんななりで、遠くまでけるはずもない。


 行き倒れたのが彼の家の玄関先だったのは、幸運ラッキーだった。

 彼はね、物語をる人で。僕のように詩吟うたにするのとは違い、紙に文字で書き連ねてゆく人種ひとだ。

 小さな古書店を営んでいて、大きな夢を抱くわけでもなく、あの町の片隅で慎ましく暮らしてた。普段から空想と文字の世界にどっぷり浸かっていた彼は、家の前にらないいきものがうずくまっていても、たいして驚かなかったらしい。


 行き場のなかったその子は彼に拾われて、海賊から古書店員になった。

 器用な子だったから、よく学んでよく働いた。本の手入れも、料理も、お掃除も、なんだってこなした。読むことと書くこと以外、身だしなみや生活のことに無頓着な彼だったから、互いにとって幸運……運命の出会いだったのかもね。


 広く輝かしい蒼海での日々を失ったあの子にとって、どこまでも深い幻想と文字の海は新たな開拓地だった。

 ふたりの毎日はあたたかく穏やかに、続いていったと思うよ。


 世界が終わったあの日まで。




  ♪




 今よりいくらか昔に、世界は終わりを迎えたらしい。


 あるものは炎が降ったと言い、あるものは氷が侵蝕したと言う。

 地を揺るがす振動がすべてを砕いたのだとも、天をくほど高い波がすべてをぬぐい去ったのだとも、言い伝えられるはさまざまだが、真相を知るものはいない。

 確実に言えるのは、それまで存在していた事物や機構の一切が消失し、世界が白い瓦礫がれき砂礫されきに覆いつくされたということだけだった。


 壊れきった町でも、かつての面影を遺している場所はある。その一画に、つぎはぎだらけの古書店がたたずんでいた。

 ややかしいだ扉を壊さぬよう慎重に押し開け、店内へ踏み込む。一瞬、古本屋独特の懐かしい匂いを感じたように錯覚するも、見回した店内に本は一冊もない。

 壁を覆い、店内ところ狭しと立ち並ぶ本棚には、真白な灰がうずたかく積もっている。


「いらしゃいませにゃん」


 子供のような、どこか舌っ足らずにも聞こえる声がして、棚の陰から白いいきものが顔を覗かせた。白くふわふわな毛皮に灰銀の花模様が美しい、ユキヒョウの子供。背には不恰好な飾りのように、深緑の小さな翼がぴょこんと生えている。

 世界が終わる前のいつか、どこかの誰かが造っててた『合成獣キメラ』と呼ばれるいきものだ。背の翼はまがいもので、飛ぶことはできないらしい。その代わり、長くふわふわな尻尾は気分を反映してよく動く。


「イーシィにゃん、久しぶり。を、届けにきたよ」

「りれしゃん、お久しにゃん。きてくれてありがとにゃ」


 生前の彼と同じ呼び方で、リレイはを呼ぶ。そうして欲しいと望まれたからだ。

 呼びかけるこえければ、名前なんてものはいつしか意味を失い消えてしまうから。


 世界が終わったあの日、この町で、この古書店で何が起きたのか、リレイは知らない。安否を確かめに訪れたとき目にした当時の光景は、いま見ているのとほとんど変わらない。つまり、彼は、おそらく――。

 想像が及ぶゆえに、リレイは今もくことができずにいる。いて知ってしまったら、どんな顔で彼女に相対すればいいかわからなくなりそうで。イーシィも、話すつもりはないのだろう。世界が終わる前と同じように、カウンターに乗って古書店員の振る舞いをする。


 いつかけたら、という想いを胸に押し隠し、リレイは時々こうやって旅の中で見たものやいたことをとして届けにくる。イーシィはそれを聴き取り、記憶に留め、ここを訪れるひとに語り聴かせているらしい。

 この店にあった紙の本は全てが燃え尽き灰となった。彼が書き溜めていた物語も、おそらく同様に。

 今も残っているのは、イーシィが読んで記憶していた物語のみ。人でないゆえ書き記すすべを持たず、そもそも紙やペンを探しだすことすら困難な世界だが、彼女はそうやって彼がのこした古書店を守り続けているのだった。




 ♪




 思えばここ最近は慌ただしいことが多くて、しばらく行っていなかったっけ。

 そろそろ、新しい物語を届けにいかないとね。


 うん?

 彼女、独りで寂しくないのかって?


 僕もそう思って、旅に誘ったことがあるよ。でもやんわり断られちゃったのさ。

 しあわせって、人それぞれだから。


 でも、そうだね。キミと彼女あのこもイーシィに紹介してあげたいし、僕も久しぶりに会いたいし。

 今度みんなで一緒に、あの古書店へ行ってみようか。

 




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【KAC20231本屋】雪豹キメラと幻想古書店 羽鳥(眞城白歌) @Hatori

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